(1)
「うわ、うわ、うわーーーー!」アガサの叫び声に、男の人はちょび髭を撫でた。
「叫びたいのは、我輩のほうなんじゃがの」
白いターバンを巻いた、やや褐色の肌をした男。とはいっても、言葉使いや見かけよりは、若干若そうである。白い服に黄色い帯をつけた格好は、どうもアラブ人のような格好だ。
あわてて腹から降りたアガサの足元は、一瞬へこんでしまった。見ると、何と赤っぽい色の凝った模様入りの絨毯だった。
「あ、あなたは誰?」
「燃える髪のお嬢さん、我輩はイシャム・サラディン。この学校では有名人だと思っていたが、まだまだ人気はそれほどでもないようじゃの」
腹も出ているが、顔もまん丸。いかにも重そうなイシャムであるが、まるで風船のように軽やかに立ち上がり、お辞儀をして見せた。
「あーあ、イシャムさん。おいらちゃんと知っていたぜ。我が学校一の土のソーサリエ。ねーさんの無礼を許してくれよ。なんせ、ねーさん、この学校で一番の新参者でさ、あんたと逆なんだよな」
イシャムは、どうもそれを褒め言葉だとは思わなかったらしい。
大きな体を丸め、人差し指同士をつき合わせていじいじしている。
「どうせ、我輩は卒業できんよ……」
チョコレートのような色をした土の精霊がフォローする。
「イシャム様は学校には必要な人材ですから、マダム・フルールが離さないのですよ」
急にイシャムの顔が明るくなった。
「おお! そうであった! さすが我輩の精霊だけあるよ。ジンは!」
その大きな口に圧倒されるアガサであった。
「イシャム様? 何ごとでありますか?」
背後から声が響いた。アガサが振り向くと、別のソーサリエが、やはり空飛ぶ絨毯に乗って飛んでいる。絨毯の色は鮮やかな青が基調だった。
やはりターバンを巻いたアラビア風の少年だったが、こちらのほうはイシャムと違って細身だった。むらのない鳶色の肌で、彫りの深い顔をした美貌の持ち主であり、アガサは映画に出てきそうな人だな、と思った。
さらに、彼の連れている精霊フーリは風属性である。
「土と風は、力を合わせてこのソーサリエの学校の土台崩壊を抑え、修復しているんだ」
小声でフレイは囁いた。
「今日がたまたま修復日だったようだな。ねーさん、おいらたち、ついているぜ!」
そうしている間に、風のソーサリエの青い絨毯が土のソーサリエの赤い絨毯と折り重なった。
いきなり美少年が口を開いた。
「うわ、どうしたのです? この燃える髪の麗しの姫君は?」
「う、うるし?」
相手は漆黒の瞳を持つ美少年である。さすがのアガサも真っ赤になった。
麗しいなどと、今まで言われたことがないし、お嬢さんだけでもすごいと思ったのに、今度は姫君なのだから。
「ねーさん、勘違いしなさんな。アリ・サファドは、美的感覚に問題ありだから」
失礼なフレイの言葉に、風の精霊フーリが反発した。
「アリ様の美的感覚は限りなく特殊で優れております。一般常識で計らないでいただきたいものです」
アガサにとっては、この精霊のほうがもっと失礼かもしれない。
一般常識で計らない特殊な美的感覚とはいかに? アガサは眉をひそめて考えてみたが、たったひとつの結論しか出ない。
そのような話は、まったく気にしないように、イシャムは髭を引っ張りながら言った。
「それがよ、アリ。空から降ってきたんだわさ」
「それはバッラーの神の思し召しとしか思えません。美しい人」
アリは、絨毯の上に立ち上がり、すっとアガサに挨拶をした。
「ご機嫌・よう」
アガサが目を丸くしているうちに、フレイが代わりに返事をした。
「よう・ご機嫌」
「ななな、なによ、その返事! ちょっとふざけ過ぎていない?」
アガサが慌ててフレイに囁く。フレイは大まじめに答えた。
「まぁ、変だけどさ。それはマダム・フルールの誤訳ってことで」
その証拠に、アリもイシャムもニコニコしていた。
「ご機嫌・よう」
イシャムの改めての挨拶に、アガサも首をひねりながら、どう考えても奇妙な返事をした。
「よう・ご機嫌」