ソーサリエ〜アガサとアガタと火の精霊

第2章 学校で一番問題の場所


(3)

 アガサは、まるでバレエリーナのように片足で立っていた。その肩の上に、フレイも片足で立っている。
 もはや、抜けていない場所は爪先立ちしている今の場所しかなく、フレイはとにかく、アガサにはこのポーズも限界である。
「が、学生牢から落ちて死ぬなんて、絶対に嫌!」
「そそそ、そんなあたりめーなこと、今更いうなって! ねーさん」

 足元は真っ青な空と時々流れる白い雲。
 だが、下を向けば間違いなく落ちてしまう。床下から吹き込む風に煽られて、アガサの髪は逆立っていた。
 いや、もしかしたら恐怖のためだったかもしれない。
「キャー誰かぁーーーー、助けてぇーーーーー!」
 叫んでみても、声は風に呑まれて消えた。
「だいたいねーさん! 人に頼ってばかりつーのも問題! たまには自分でどうにかしなきゃ!」
 アガサは肩先のフレイを睨んだ。
「な、何言っているのよ! 元を正せば、ごく普通の平凡な女の子をこんな変人にしたのは誰よ!」
「……う、それを言われると、おいら立場ない……」
 肩先に爪先立ちしていたフレイは、まるで瀕死の白鳥のようによろめいて、ひらひらと舞い落ちた。
「きゃー! フレイ!」
 慌てて受け止めようとして、下を向き、手を出したのがまずかった。
 爪先立ちのバランスが崩れたのは、アガサのほうだった。
「あ? あわわわわ???」
 瀕死の白鳥……ならぬ、岩場のペンギンのように腕を振り回してバランスをとったが、それは無駄な抵抗だった。
 アガサの体は、哀れわずかな床から離れ、学生牢の床に開いた穴から、空の中へと吸い込まれた。
「うわわわーーー! ねーさん!」
 フレイの悲鳴が聞こえた。

 これは死ぬ。
 努力と根性があったって、地面に叩きつけられて死ぬんだ!
 あぁ、私の恋はこんな悲恋で終わるなんて!

 それでもアガサは諦めが悪かった。
 落ちながらもフレイに向かって命令した。
「フレイ! 私の体を持ち上げて!」
「わー! ちゃんとおいらを利用して!」
 フレイは飛べるはずだが、羽をたたんでアガサのあとを追ってくる。
「利用って? 私、ソーサリエじゃないからできないっ!」
「できなかったら死ぬんだぞ! 地面に叩きつけられて、べちゃっと!」
 実に気持ちの悪い姿を想像して、アガサは青くなった。
 それならば、焦げた熊ちゃんのほうがまだマシだ。
「べちゃ、なんて嫌! べちゃなんてぇ!」

 ベチャ!

 激しい衝撃。
 哀れ、アガサは地面に叩きつけられて、即死……かと思った。
 だが、地面に着いたにしては早すぎるし、体がつぶれたにしては、痛みがそれほどでもない。
 死ぬって……こんなことか? とも思ったが、それにしては目の前のフレイがうれしそうに踊っているし、何かが変だった。
「おーっ、空から女の子が降って来た」
 いきなり地面から地鳴りのような声。アガサはびっくりして跳ね起きた。
 地面ではなかった。そこは、ふっくらした男の人の腹の上だった。