ソーサリエ〜アガサとアガタと火の精霊

第2章 ソーサリエの伝説


(3)

 ソーサリエは、人間が猿であった時代から天空に王国を築いていたんだ。時に人々の神となり、時に恐れの対象にもなってきたが、今ほど密接な関係にはなかった。
 なぜって、当時の天空は今よりももっと広く、ソーサリエは下界で人々と交わって暮らす必要なんてなかったからね。
 天空に浮かぶ大地は、所々に穴がある程度で、街も畑も、山も谷も、川も海も存在していたんだ。
 人々は、下界のことなど何も知らず、一生を過ごすことが多かった。精霊の力を利用している限り、常に豊かで飢える者もなかった。
 そして、精霊たちもみんな仲良くやっていたものさ。

「何だか、天国みたいだね」
「まぁね、天国って言われていた時代もあったな」

 基本的に、精霊の属性は4つ。
 火・水・土・風。今も変わらないけれどね。
 これらの力は、お互いに反発する力があり、誤用すると危険だといわれているんだ。また、同調するところもあり、組み合わせで色々なこともできるのさ。
 たとえば、風と火と土を使って、大きな山を砕き、その石を利用して建物を建てたり、水と土を使って荒地を畑に変えたり。
 ところが、どうがんばっても反発力が強すぎて、お互いどうにもできないのが、火と水の力だった。
 この精霊同士が近づくと、お互いがお互いを打ち消そうとして暴走してしまう。

「つまり……さっきみたいに?」
「分別がつけばいいんだけどねえ」
「ファビアンみたいに?」
「アイツは年齢のわりに、分別つきすぎ!」
 本当にフレイはファビアンが嫌いなようである。こほんと咳払いして、話を続けた。

 ソーサリエが力をつけて、精霊の暴走を抑えることができれば、何の問題もないけれど、子供同士は属性ごとに別々に育てられるんだ。  だから、同属性以外の結婚は厳禁。
 たまに、火と土、水と風などの喜ばしからぬカップリングもあったけれど、子供の属性が違ったりすると、一緒に育てることはできない。
 だから、当然のように同属性のカップリングばかりだった。
 火と水に至っては、大人同士でも気が緩んだら暴走することがあるので、誰も結婚なんか考えなった。
 夫婦喧嘩で家が吹っ飛ぶこともありえるし、街が崩壊する危険性もあったから、誰も火と水を一緒にすることはなかった。

 今から一万年ほど前に、ソーサリエ大学が作られた。
 ここでは、さらに属性の研究が進められて、その結果、火と水の融合は、ものすごいエネルギーを持っていることが発見されてね。
 その研究をした者が、火の精霊バーンを付けていたルイ・ヴァンセンヌと、水の精霊レインを付けたマリエ・ブローニュだった。
 この二人は大学で研究を共に重ねるうちに恋に落ち、まわりの反対を押し切って結婚してしまった。
 人々は、何か恐ろしいことが起きるのでは? と、恐れたが、二人の仲はとてもよくて、研究も素晴らしいものばかりだった。
 当時のソーサリエの王国は、賢王の政策もあって今の時代よりもずっと豊かだったといわれている。
 火と水の融合エネルギーは、ロウソクなしで灯りをつけることができたし、巨大なモーターを動かすこともできた。今の電力のようなもので、しかも、無尽蔵に近い力を生み出していた。

「ところが、悪夢はやってきた」

 ルイとマリエは、力のあるソーサリエだったから、お互いの精霊を完全に制御することができていたんだ。
 だが、生まれてきた子供は違う。
 二人は、もしも、子供の精霊が火であったらルイが、水であったらマリエが育てて、子供が力を制御できるようになってから、家族として共に過ごそうと考えていた。それは、寂しさもあるけれども、掟を破って愛を貫いたからには堪えるべき試練だと思っていた。
 しかし、現実は甘くはないんだよね。
 生まれてきた子供は、なんと火と水の属性を併せ持った、奇形の精霊が付いてしまったんだ。
 当然、子供は精霊を制御できない。
 当時の血の濃いソーサリエにとって、精霊の死はソーサリエの死をも意味したから、精霊を殺すこともできない。
 ルイとマリエは、お互いの力を出し合って、火水の精霊を抑えきろうとした。

「でもさ、そんなこと、できると思う?」
「で……できるんじゃない? 努力と根性さえあれば……」
 ち、ち、ち、とフレイは口をとんがらせて、首を振った。
「それができると思うのは、傲慢ってことさ」

 子供の成長とともに力をつけていった火水の精霊は、ついにその力を解放してしまった。
 彼が望む・望まないに関わらず、自ら内に秘めた力が暴走してしまった。
 その結果、とんでもないことがどんどん起きちまった。
 ソーサリエの王国は大爆発して、崩壊し、ばらばらの大地になってしまった。多くの人々が、虹の雲の中に落ち、命を失った。

「う……あの時見た変な影って……」
「まぁ、一万年ほど前から住み着いた、いわば亡霊ってヤツさ」

 生き残った人々は、多くが下界へと逃げた。しかし、火水の力は下界をも破壊するほど強かった。
 雷ごうごうピカピカ。大洪水・大噴火・そして寒波。

「ノアの洪水とか……たぶんこの時の話だったと思ったなぁ」
「そ、それもソーサリエのせいなの?」
「まぁ、普通の人ってさ、説明付きにくいことは、全部神話にしちまうからな」

 ルイとマリエは、力を振り絞って火水の精霊を結晶の中に閉じ込めて、永久にその力を封じることにする。
 その結果、二人の子供は死んじまったよ。結局は、自分たちの子供よりも世界を救うことを選んだんだ。
 二人は自分たちの愛を恥じて離婚した。
 たしかに、ルイとマリエの罪は大きかった。
 しかし、その後、ソーサリエの世界を救い、蘇らせた功績のおかげで、彼らは今でも尊敬されている。

「……てのが、ソーサリエの伝説であり、歴史なんだ。この学校は、元々が大学で、その時の遺物のひとつさ。王宮なんざ、跡形もネェ……」
 アガサは思わずフレイの話にのめりこんでいた。
「イミコが恐れていたのは……占いなんかの相性ではなかったのね?」
 呆けたアガサの言葉に、フレイは立ち上がった。
「あったりまえさ! いまだに天空は崩れかけているんだぜ! 土のソーサリエたちの技術によって、一進一退の現状が維持されているだけで、ほっとけば千年後には、跡形もなくなるぜ!」

 悲しい物語だ。
 愛し合う二人の相性が、世界を崩壊させてしまうなんて。

「その、ルイの末裔がジャン‐ルイ・ド・ヴァンセンヌで、マリエの末裔がファビアン・ルイ・デ・ブローニュってわけ。ルイとマリエは離婚した後もよき友人として、ソーサリエのために研究を重ね、遠戚と名乗りあっているわけ」
「……」
 アガサは無言になってしまった。

 こんな悲しいご先祖様を持っているファビアンが、火の精霊を連れているアガサ・ブラウンと、恋人になりたいと思うだろうか?
 ――いや、思うはずがない。
 この恋は、アガサが熊ちゃんだからとか、髭面パジャマだからとか、タイツかぶりの忍びの者だからとか、そんな子供じた問題以前に大問題なのだ。

「じゃあ……ファビアンを好きになるのは、やめたほうがいいんだ。でも……。初めて会ったときは、問題なかった。私、生まれつきのソーサリエじゃないから、大丈夫じゃないかなぁ?」
 無理やりこじつけるアガサの希望は、簡単に打ち砕かれた。
「あのさぁ……。おいらが付いている限り、ソーサリエの才能がないのは、もっと危険なの! あん時も今回も、ヤツの制御が利いていたから大丈夫だったけれどさ。それだって、けっこうヤツにはキツイはずさ。おいらだって、無理やり水のソーサリエの制御を受けるのは、気持ちわりいんだ」
「……」
「まぁ、ホール・パスを手に入れるくらいにおいらを制御できるようになったら、お友だち程度にはなれると思うぜ」
 慰めにもならない。
「もっと早くに教えてよね」
「ずっとファビアンは駄目だって、おいらは言い続けてきたぞ!」

 それはそうだけど……。
 もう、諦めるなんて無理。
 ――だって、本当の名前を呼ばれてしまったもの。
 あの甘い声で。

 アガサって……。