ソーサリエ〜アガサとアガタと火の精霊

第2章 総監生ジャンジャン


(4)

火がつけられない――ということを秘密にして、火をつけるアドバイスを引き出すのは至難の技だった。
 イミコといえば緊張したままで、パンまでスプーンで食べようとしているし、カエンはなぜか、ジャン‐ルイの精霊・パーンと話し込んでいる。フレイはどこへいったものやら姿がない。
 アガサは孤軍奮闘で、ジャン‐ルイと話を続けていた。
 話はあちらこちらに飛んで、どうにかこうにか、ソーサリエの話題にたどり着いた。

「究極のソーサリエとはね、マダム・フルールのように『無』になることなんだよ。あの人の場合、常に精霊を連れているわけではないんだ。自分の好きな時、好きなように、好きな精霊を呼び出せるんだ。僕らの憧れだよ」
「マダム……が? ですかぁ?」
 アガサは、うっとりするジャン‐ルイの顔を見て、あらためてマダム・フルールのことを思い出してみた。
 が、認識はそう簡単には変わらない。
「たしかに、普通の人とは思えませんでした」
 Hも発音してくれないし……とは、さすがに言えなかった。
「そうだろ? 彼女は素晴らしいソーサリエなんだ!」
 頬を染めて話す様子は、先ほどの勇ましい生徒総監の姿とは違っている。
「ジャンジャンもいつか、無のソーサリエになるの?」
 何気ないアガサの質問に、キラキラと輝いていたジャン‐ルイの瞳は、あっという間に暗くなってしまった。
 両手を広げていた手も、ふにゃりとテーブルの上に落下した。
「……どんなに勉強したって、無理だよ。素質っていうものもあるからね。たぶん、無のソーサリエになれるなんて……今なら可能性があるのはファビぐらいだろうなぁ……」
「ファビアン・ルイ・デ・ブローニュですかぁ!」
 思わず叫んでしまったアガサである。
 一瞬、あたりがシーンと静まり返った。

 まずいまずい。
 火のソーサリエと水のソーサリエが犬猿の仲だとしたら、この名前は敵の名に違いない。

 アガサは真っ赤になって、無礼な自分の口を思いっきり手で押さえこんだ。
「なぜ、彼の名を知っているの?」
 沈黙を破ったのは、ジャン‐ルイのほうだった。が、彼はその質問を自己完結させてしまった。
「あぁ、そうだよね。ファビは女の子の憧れの的だから、名前は広く知れ渡っている。僕を知らない子はいても、ヤツを知らない子はいないだろうなぁ」
「そ、そそそそそそんなことありません!」
 突然、大きな声を上げて、イミコが立ち上がった。
 再び沈黙の世界。
 今度は、イミコが口を押さえて真っ赤になる番だった。
「イミコ、嘘はいけません。あなたはファビアン・ルイ・デ・ブローニュのことは知っていましたが、火のソーサリエ生徒総監であられるジャン‐ルイ・ド・ヴァンセンヌの存在は知らなかったではありませんか?」
 バーンと会話していたはずのカエンが、強烈な言葉の一撃をくわえたので、イミコの顔は破裂するのでは? と思われるほど、茹ってしまった。
 押さえ込んだ口元から、ムガムガと音が漏れていて、反論しようとしているらしい。が、音にならなくて正解だ。たぶん、墓穴を掘ることになるだろう。
 しかし、そのどうしようもない空気の流れを断ち切ったのは、やはりジャン‐ルイだった。
 苦笑とも思える笑い声をあげると、彼はイミコに視線を向けた。
「僕はね、別にファビアンの人気をどうの……とは思っていないんだ。ヤツは、ちょっととっつきにくいところがあるけれど、いいヤツだしね。僕がねたましく思うのは、人気よりもヤツの素質だよ」
 あまりにもあっけなく、自分の心のうちを認めてしまう。
 そのジャン‐ルイのさっぱりしたところに、イミコはますます感動したらしく、口を押さえていた手を祈るように組み合わせて、うるうるしていた。
 しかし、恋するアガサは言葉尻を逃さない。
「あの……ジャンジャンって、ファビアンとはお友達なんですか? 火のソーサリエと水のソーサリエなのに?」
「あ? ああ、僕らは遠戚関係にあるからね」
 なんともそっけなく、ジャン‐ルイは答えた。

 

 水と火のソーサリエが遠戚?
 そんなことがあるのだろうか?
 アガサの足りない頭はこんがらがってしまった。
 どうしてこういう時に限って、いろいろ説明したがりのフレイが行方不明なんだろう?

「僕らは、家族ぐるみで付き合いがあるよ。別に節度を守れば、火も水も関係ないからね」
「そそそそれって、危険じゃないんですか?」
 イミコの質問に、アガサは目を丸くした。
 何で火と水のソーサリエが一緒にいるだけで、危険とまで言い切るのだろう? 相性ごときで。
 だが、せっかくイミコが口をききはじめたのだ。黙っていよう。
「なぜ1年生2年生がホール・パスをもらえないか? と、同じ理由だよ。調整できない力は限りなく危険だけど、分別がつけば問題はないよ」

 ――つまり、それは。
 もしも私に分別があれば、水のソーサリエと恋人同士になってもいいってことよね?
 などと、ひとりで考えて、アガサはニマニマした。
 こういう時は、常に側にいてアガサの心を読み取るフレイがいないことを感謝してしまうアガサであった。
 
「だいたい、もしも『無のソーサリエ』になろうと思う者が、水だから火だからで、選り好みしていられないだろ? すべて同じように勉強する必要がある」
 ジャン‐ルイの話は続いていた。
「火のソーサリエが火の魔法を習得することは、実に簡単なことだ。でも、他の魔法を習得するのは至難の技だよ。中央図書館には、別属性のソーサリエのための簡単な入門書がたくさんあるのだけれど、僕はどうしても他の魔法が習得できそうにないんだ。まぁ、ファビも火の魔法には苦労しているようだけど」
 アガサは、ファビアンの話題が出るたびにうっとりし、イミコはジャン‐ルイの話そのものにうっとりしていた。
 もうすっかり、本来の目的は忘れている二人であった。
「とにかく、君たち1年生は、早くに火の魔法を習得して……それからだね。がんばれよ」
 にっこり笑顔とともに、ジャン‐ルイは話に終止符を打った。