ソーサリエ〜アガサとアガタと火の精霊

第1章 精霊現れる


(2)

 アガサの家は、ロンドン郊外の田舎にある。
 列車でたった1時間の場所なのに、ワープしたかのように田舎なのだ。まぁ、大都会の郊外というものは、えてしてこのようなものである。
 父はしがないブルーカラーマン。村の工場で働いている。母も村の郵便局で働いている。
 共働きなのに、なぜか貧乏。父は天のように高い税金のせいにし、母は地底のように低い給料のせいにする。しかも子供が4人もいる。不良の兄と性格の悪い姉、そして変人のアガサ、悪知恵が働く妹である。
 温かくて幸せな家庭……とあれば、救いようもある。だが実際には、ブラウン夫妻の夫婦仲は最悪ときているから、たまったものではない。
 喧嘩の原因に、アガサがなることもあった。なぜなら、アガサの家族は皆揃って金髪に青い目をしていたのに、アガサだけが赤毛に赤茶の目をしていたからである。
 いかにもきかなそうな釣りあがった目をしているが、アガサはけしてきつい性格ではない。たぶん、自然と自分の連れている精霊の顔に似てしまったのだろう。この顔つきも家族とは違いすぎる。
 村には、チェンジリング――つまりとりかえっ子の伝説がある。妖精にミルクをプレゼントしなければ、機嫌を損ねた妖精が赤ちゃんを連れて行ってしまうのだ。かわりに魔物の子供を残して。
 しかし、アガサの父親は妖精なんか信じていなかったので、妻が浮気してできた子供がアガサなのだと信じていた。しかもまずいことに、アガサの母はそれを否定しつつも、事実に関しては自信がなかったのである。
 ゆえに、母は相手の弱みを探る行為に躍起になり、巧みに隠された父の浮気の事実を突き止めていた。
 お互いのカードは、フィフティ・フィフティ。二人の喧嘩は、常にどちらがお互いに悪いことをしているのか? の攻め合いになり、子供たちは屋根裏部屋に逃げるしかなかった。
 アガサの兄は、ふてくされて言うのだ。
「ちぇ、こんな家、燃えちまえばいいのに!」
 アガサは、そのたびにヒヤッとする。
 精霊が兄の頭の上に止まりそうになったりして、慌てて兄の頭を叩いたこともある。それが原因で大喧嘩になり、姉や妹に告げ口されておしおきを受けたこともあった。
 大火事になる前に、兄が家出してくれたことを、アガサはありがたく思う。
 風の噂では、兄はパンクロックに夢中になっていて、ロンドンで修行中……というか、夜な夜な歌いまくっているということだ。送られてきた写真を見て、アガサは笑ってしまった。彼は金髪を真っ赤に染めていたからだ。

 春先は、じめじめとした天気が続く。
 それだけでアガサは憂鬱になる。子供の頃にピクニックに行った草原の青空がもう一度みたい。でも、今となっては、青空なんて夢だったような気すらする。
 精霊は相変わらずアガサの部屋にいて、時々部屋の物を焦がしてくれる。きっと、これほど霧の多い湿った気候の地方でなければ、それだけで火事になってしまうだろう。
 よくアガサは思うのだ。
 ――もしかして、私って別の世界にいるべき人間なんじゃないのかしら? 普通にしていたら、誰もが私をヘンだというし、人に合わせていたらとても窮屈ですもの。
 それに……。この世界の人間ならば、たぶん精霊なんて連れていないもの。


 アガサには、もうひとつの秘密があった。それは、UFOを見てしまう、ということだった。
 今日も学校帰りの上空に、丸い円盤状の物が浮かんで見える。でも、アガサはそれを誰にも言わなかった。言ったところで、誰も相手にしてくれないからである。
 でも、一度だけ宇宙人を信じているクラスメイトに打ち明けたことがある。アガサは、わりと彼のことが好きだったし、彼もちょっと変わり者だったからである。
 彼は、チャネリングという宇宙人との交流を信じていて、アガサの精霊も宇宙からの使者に違いないと言った。そのとたん、アガサの精霊が彼の頭に乗ってしまったので、彼との友情はそれっきりになってしまった。
 いまだに頭の禿が直らず、アガサを見ると、彼は逃げ出す。初恋の相手に嫌われるのは、正直言って悲しいことではあったが、アガサはさほど落ち込まなかった。
 もとより、アガサも宇宙人との交信などできるとも思っていなかったし、精霊が宇宙人だとも思っていなかった。つまるところ、同じ変人でも彼とアガサは別種の変人だったのである。
 丸い円盤状の物は、確かに存在しているはずなのだか、ヒースローの管制塔もそのために支障を受けているとは聞かないし、誰もUFOだと騒ぐものもいなかったので、アガサは自分の目を疑うことにした。実害のある精霊よりは、それは簡単なことだった。
 ただ、今日の円盤は、いつもの円盤よりも大きく見える。もしかしたら、地上に近づいているのかもしれない。
 いっそのこと、私を連れて宇宙の彼方に去ってくれればいいのに……などと、アガサは思ったりした。
 まさか、それが事実になるとは思わずに。