ソーサリエ〜アガサとアガタと火の精霊

第2章 正しい火のつけ方


(2)

「まずは、水のソーサリエのことよりも、ろうそくに火を灯すことが先決でしょう?」
 このメンバーの中で一番冷静なのがカエンだった。
 カエンの提案で、イミコがしぶしぶ見本を見せる。ろうそくを机の上におき、ただ手をかざしただけで、火がついたり消えたりを繰り返す。
「本当に簡単そうに見えるんだけれどなぁ……」
 思わず呟いたアガサの言葉に、イミコは跳ね上がった。
「そ、そ、そんなこと! 私もマスターするのに苦労したんです!」
「では、どんな特訓をしたのですか?」
 アガサとイミコの間を飛びながら、冷たい視線でカエンがイミコを見据えた。イミコは口ごもり、うんうんと唸ってしまった。
「アガタさん、イミコはろうそくに火をつけることを、息をするがごとくに簡単にできるのです。どうやって息をすることを憶えたのか? など説明できるはずがありません」
 再び泣き出して窓辺に走りそうなイミコを、アガサは慌てて抱きしめて大きな声で言った。
「あ、あ、ありがとう! 私のことを思ってくれて! あなたの気持ちがうれしいわ!」
 きゅっと抱き返すイミコの仕草に、アガサはほっとした。
 ……ただし、疲れる。
 きっと、毎度何かがあるたびに、イミコを抱きしめないとダメに違いない。
「カエンさん、問題は私がどうしたらフレイと協力して火をつけられるか? なのよね? どうしたらいいの?」
 カエンは、アガサが抱きしめているイミコの頭の上に降り立ち、アガサと視線を同じ高さにした。
「まずは、この部屋で火をつける練習を試みてはいけません。火事になってしまいますから」
 ……さすが、冷たいヤツである。
 フレイが飛び上がってイミコの頭の上に降り立った。
「カエン、てめーそれは確かだけど、もっと思いやりある言い方はできんのか? ほーんと、てめーら、性格足して2で割れよ!」
 今にもイミコの頭の上で火を吹きそうな二人に、アガサは割って入った。
「つまり、まずはこの学校のどこかで、練習場所を見出さなければならないってことね? それと、火のつけ方を教えてくれる人か、本を探すことね?」
「そのとおりです」
 かっかと燃えているフレイの横で、カエンが冷静に返事をした。
 その言葉を聞いて、いきなりイミコが飛び上がった。おかげで、頭上のフレイとカエンは跳ね上がる勢いである。
「あ、いけない! アガタが落ち着いたら、授業の説明を受けるために、プロフェッスール・モエの元へ連れて言うように言われていたんだわ!」
「げげげ、マジかよ。冗談は顔だけにしろ」
 つい、口から漏れたフレイの言葉のせいで、アガサは再びイミコを強く抱きしめるはめになった。
 

 ソーサリエの子供たちは、12歳を迎えると学校にくる。
 つまり、この学校にはまとまった入学式も卒業式もない。各自、それぞれに入学し、各自それぞれに卒業してゆくのだ。
 ゆえに、授業のとり方も複雑である。
 各自の習得に合わせて受けることができる授業が異なり、授業を受けるとそれぞれに試験があり、合格すると単位をもらえる。
 単位が10個集まると1年生、20個集まると2年生……というように、入学の年数に関係なくグレードが上がっていくのだ。
 プロフェッスール・モエは、ソーサリエの学校の先生の一人であり、火のソーサリエの授業のすべてを管理している。
 イミコとアガサはそれぞれの精霊を連れて部屋を出た。
 モエ先生の部屋は、どうやらこの建物の1階にあるらしい。この部屋まで上ってきた長い階段を思い出すと、さすがにアガサもうんざりしたが、イミコは別の方向に歩いてゆく。
「あ、さっきの階段は非常用さ。ねーさん」
 アガサの疑問にフレイが答える。しかし、なぜ非常階段を使ったのかは答えなかった。
 回廊の中心あたりの位置に大きくて豪華な階段があらわれた。しかし、その階段を上り下りしている人の姿はなかった。
 まったく生徒がいないわけではない。回廊も中心近くになると、何人かの生徒の姿を見るし、授業に向かうらしい人たちが階段に向かって歩いてくる。
 が、彼らは階段を使わない。なんと階段の中心にある大きな吹き抜けを使うのだ。
 アガサは思わず絶句した。
 おしゃべりしながら歩いてきた二人の生徒が、吹き抜けの中に姿を消したとき、飛び降りたと思って、悲鳴を上げそうになった。
 しかし、同時に別の生徒たちが吹き抜けの中を上の階に向かって上っていく姿を見て、今度は呆れて言葉を失ったのである。
「精霊の魔法によるエレベーターですわ」
 イミコが説明してくれた。
「この建物はとても古いから、エレベーターはないんです。でも、魔法があるから……でも」
「ゴメンヨ、ねーさん。おいらの力を、ねーさんは使えないらしいから、ねーさんは階段を使うっきゃないってわけだ」
 それが……延々と続く非常階段を上らされた理由か……。
 アガサは納得した。納得したと同時にゲンナリした。
 つまり。
 他の生徒たちは授業の行き帰りを、魔法で簡単にできるけれど、アガサは汗をかきかき、階段を使うことになるのだ。
「ちなみに、この階から一階までの階段の数ですが、232段です」
 ちっともありがたくない言葉をカエンが説明してくれた。