ソーサリエ〜アガサとアガタと火の精霊

第2章 正しい火のつけ方


(1)

 やや空腹感がまぎれると、俄然元気になってしまうのが、アガサのいいところ……というか、ちゃっかりしているところなのだろう。
 だから、イミコのように死のうとも思わず、人の思うところなど気にせず、マイペースでやってこられたのだ。
「イミコ、実は私、仮入学なのよ」
 アガサはエビセンをぱりぱりしながらも、素直にイミコに今までの経緯を説明した。
「私、本当はソーサリエじゃないの。でも、どうしてもソーサリエにならなきゃいけない。まずは、ろうそくに火をつける練習をしなければならないんだけど……。それって、難しい?」
 イミコは目を白黒させて、緑茶を一気に飲み干して言った。
「あ、う、そ、それって……む、むむずかしい。で、でも、落ち込むことはないのよ。本当に難しくて……普通の人にはできなくて当然……」
「そういう嘘はいけません」
 突然、イミコの精霊・カエンが口を挟んだ。
 直立不動のポーズのまま、二人の間に浮いている様は、日本人形のようだ。とはいっても、アガサの知っている日本人形といったら、こけしのことなのだが。
「イミコ、何度言ったらわかるのですか? そういった下手な気の回し方をするから、あなたはお友達からも馬鹿にされるのですよ」
 カエンは、言葉はきれいだが、性格はきついらしい。
「ああ! ひどいわ! 私、アガタのことを思って……」
 イミコはその場で泣き出してしまい、崩れ落ちてしまった。
 放っておくと、そのまま窓から飛び降りそうな傷つきようである。
 イミコは些細なことを気にするらしい。ちょっと……世話が焼けるタイプかもしれない。

 泣いているイミコの髪の上に止まったカエンは、冷たくにこりと微笑んだ。
 その間、羽以外はほとんど動かしていないのでは? と思うほどの静的な動作である。
「本当のソーサリエであれば、たとえ学校で何も学ばなくても、火ぐらいは簡単につけることができるのです。それは、あくびするくらい簡単なことです」
 もう少しで火事を起こしそうだった試験を思い出して、アガサは苦笑した。
「でも、私にとっては簡単じゃない……」
「1ケ月後にイギリスに帰ることを考え、フレイ亡き後の人生を謳歌したほうが、私はあなたのためになると思います」
 そのカエンの言葉に、怒りだしたのはアガサよりもフレイだった。
 ろうそく風呂から飛び出すと、手も足も羽も同じくらいにばたばたと動かして、激しい抗議をし始めた。
「てめー、なんつーこと言うんだよ! 友だち甲斐のないヤツめ! おいら、そんなことになったら1千年も罰を受けて復活できないんだぞ! そうしたら、てめーが薄情者でどうしようもないことを、ずーっとあの世の中心で叫び続けてやるからな!」
 カエンがぎろりと睨む。
 ほとんど動きがなく、首だけ動いたさまは……やはりこけしかもしれない。まあ、顔は精霊らしく小作りなのだが。
「それが、芳しきローソク風呂の御礼というわけですか?」

 すべてを焼きつくすカエンの言葉の暴力で、イミコとフレイはノックアウトされていた。
 しかし、ここは根性のアガサ。
 言葉ごときの暴力などなれたものである。
「ねぇ、カエンさん。私はフレイと離れたくはないの」
 アガサは、少しだけ考え込んでから言葉を続けた。
「それに、私はもうすでに熊ちゃんになってお葬式もあげられちゃった身だから、のこのこ帰るわけにはいかないの。たとえ、マダム・フルールの魔法のおかげで、どこかの王国の姫君として新しい人生をもらったところで、それは私、アガサ・ブラウンじゃないもの。絶対にイヤ!」
 別に、自分の人生がそこまで固執するほどの物ではないことを、アガサは充分に知っている。

 ――でも、絶対にここでソーサリエとしてがんばらなくちゃ、せっかくの初恋も終わりじゃない?

 言葉にしなかったその言葉を読み取って、フレイがブツブツと文句を言った。
「アガタ。こういっちゃなんだけど、ファビアン・ルイは氷の王子様だぜ? 絶対に惚れちゃなんねぇ相手なんだからな!」
 ソーサリエは自分の精霊に嘘はつけない。すっかり餌にされてフレイはいじけていた。ところが……。
「え? あの人、ファビアンっていうの?」
 アガサの上ずった声に、フレイはしまったとばかりに、ローソク風呂に撃沈してしまった。
「ファビアン・ルイ……ですか? それは駄目です!」
 泣いていたイミコが急に顔を上げた。
 彼女らしからぬいきなりの強い否定に、アガサは驚いた。
「アガタ、ファビアンは水のソーサリエですもの。私たち火のソーサリエとは相性が悪すぎるわ。あの人とお知り合いになろうなんて、お互いが傷つくだけよ! お願いだからやめてちょうだい」

 う。疲れる……。
 火と水で相性が悪いからといって、なぜまた人の恋路を反対するのだろう?
 イミコは、どうやら占いで一喜一憂するタイプにちがいない。
 星占いで、今日は最悪なんてでたら、それだけで死にたくなるのでなかろうか?
 しかし、それを言ってしまったら、繊細なイミコはショックで窓辺に走って飛び降りてしまうかもしれない。
 じゃなかったら、明日の朝、ソーサリエの学校の城壁の上に、きちんと並んだ靴を見てしまうかもしれない。そしてその中に『ごめんなさい』などと手紙が残されていたりしたら……。
 アガサはやや世話の焼けるイミコを気遣って、反論をすることをやめた。
「い、イヤだなぁ? 別に私、あんな人と知り合いになろうなんて思っていないわよ。学長室で会った時、あまりにも横柄な態度だったから、誰なのかな? と思っただけで……」
 イミコは鼻をすすりながら訴えた。
「当然ですわ! 水のソーサリエと火のソーサリエは、相性が悪いんですから」
 アガサの初恋は――すでに三度目ほどの初恋なのだが、前途多難である。