評判の細工師(5)
こうして二人は別れました。
細工師は部屋に一人残り、最後の鈴磨きに誠心誠意を込めました。
夜明けももうすぐ、一番鶏が鳴くころ、細工師は最後の鈴を磨き上げ、じっとその美しい造形に心を奪われておりました。
それは姫の左耳の端につける鈴でした。
魔がさした……とは、このことを言うのでしょうか? ふとした出来心が起きました。
姫に自分の思い出をお渡しできた、でも自分には姫の思い出となるものがない……。千個の鈴のひとつくらい、思い出にいただいてもかまわないだろう。
そう考えて、一度は箱に戻しかけた銀の鈴をひとつだけ、細工師はポケットに忍ばせました。
それは、一度もお客の物に手をつけず、正当な価格で仕事をしてきた真面目な細工師が、人生で唯一犯した罪でした。
城から戻ると、細工師は一眠りし、翌日には店をたたんでしまいました。
そしてお世話になったお客様に一軒一軒挨拶をして、トンカチを片手に、小さな荷物ひとつで国を出て行きました。
もう二度と、この国には戻らないと誓って……。
姫の幸せを祈る気持ちに嘘はないのですが、となりの国の王子様と幸せそうな日々を送る姫の姿を見つづけるなどと想像しただけで、胸が張り裂けそうでした。かといって、不幸になった姫の姿を考えるのは、もっと苦しいことでした。
旅の途中、細工師は一度だけ後ろを振り返りました。
そしてポケットから銀の小さな鈴を取り出して、そっと唇を寄せました。
自分の行為が、鈴鳴り姫にとんでもない不幸をもたらすなどとは、まったく思わずに。