評判の細工師(4)
姫は美しいだけではありませんでした。
優しく、しかも逆境に負けない強さを持っていました。
あれだけ人々に嫌われていて、まったくゆがんだ性格にならないということは、まさに奇跡に等しいでしょう。
細工師は、ますます姫を深く愛するようになりました。
姫にとっても、ただ唯一本当の姿を見せることのできる青年が、とても大事な人となりました。
鈴のおかげで人と満足にお話することもままならない姫にとって、細工師が話して聞かせる街の様子はとても楽しく、満月の夜を待ちかがれる毎日です。
姫が細工師に恋をしていると自覚するまで、それほど時間はかかりませんでした。二人はお互いを大事に思いました。
しかし身分が違います。
真面目な細工師は、姫の愛らしい唇に口づけするどころか愛しているの一言も言えず、こつこつと銀の鈴を磨きつづけるばかりです。
姫のほうも、自分は醜いとばかり思っていましたので、優しい瞳で語りかけてくれるのも細工師の人柄によるもので、贈り物も特別な物ではなかったのだと悲しく思うようになりました。
そうして時ばかりが過ぎ去ってゆきました。
姫はもう少しで十五歳になろうとしていました。
ある日、細工師のもとにまた城からの使いがやってきました。
「鈴鳴り姫様が十六歳におなりになったら、となりの国の第三王子を婿に迎える。それまでに花嫁を飾る最高の装身具を作り上げてくれ」
細工師が持っていたトンカチを思わず落としてしまったのは、いうまでもありません。
仕方がありません。
たった一人の世継ぎのお姫様です。最近すっかり弱ってしまった王様を安心させるためにも、王位を継がせる婿養子が必要なのです。
所詮は身分違いの恋なのだ……。
細工師は何度も自分に言い聞かせましたが、どうしても納得ができず、食事も喉を通らない有様でした。
それでも満月の夜、すっかりやせ細った青白い顔で、細工師は銀磨きに訪れました。
そして、姫の瞳も涙のせいでルビーのように真っ赤になっていることに心を痛め、思わず抱きしめて口づけしました。
二人は、お互いがどれだけ深く愛し合っているのかを語り合いました。
このまま二人、城から抜け出し、どこか遠い国で幸せになりたいと願いました。
しかし、それは許されませんでした。
姫は、年老いた王様を置いてはどこへもいけませんでした。
細工師も、自分がとても姫を養えるような甲斐性もなく、しかも王様を尊敬していましたので、そのような卑怯なまねはできないと思いました。自分のことはどうでもよい、姫の幸せを願おうと決めました。
ですが、さすがに姫の花嫁姿を飾るものなど作れはしません。
お城からの依頼を断れば、この国を追われてしまうでしょう。なぜかと勘ぐる者も現われれば、ますます姫の悪い噂が立つことにもなりかねません。
「お別れです。愛しい姫。私は店をたたんで遠くの国へ行きます。どうぞ私のことは忘れてください。でも、すこしでも私を哀れに思っていただけるのでしたら、月の石を私のかわりにいつもお側に置いてください。それだけで、私はきっと幸せになれます」
姫は、こくりとうなずいて、細工師の胸に顔をうずめると、涙が枯れるのではないか? と思われるほど泣きました。