鈴鳴り姫と銀の騎士

二人の魔女(2)


 王様はとても優しい人でした。お后様もとても美しくて優しい人でした。
 土地は肥え、農作物は豊かで、牧草地は青々として、家畜も人も誰もが朗らかでした。
 他の国の人々は、この小さな国のことを【月の魔法に守られた幸福の国】と呼んでいました。
 ところが……。
 新月の夜でした。
 お后様が突然産気づき、お城は大騒ぎになりました。
 しかも、大変な難産でしたので、国中の医者が集められ、祈祷師が呼び寄せられ、生れてくる赤ん坊とお后様のために夜通し祈りが捧げられました。民人も皆、お城の尖塔に手をあわせ、二人のために祈ったのです。
 朝を待たずして、かわいい姫君が生れました。
 しかし、かわいそうなお后様は我が子の顔を見ることもなく、お亡くなりになりました。
 国中は喜び、そして悲しみました。王様は生れたばかりの姫を抱きしめ、お后様を失った悲しみに泣きました。 
 でも、本当の辛い出来事はこれからだったのです。

新月

 あわただしさもおさまらず、朝が訪れぬ夜のうちに、お城の尖塔のてっぺんに、新月の魔女が降り立ちました。
 髪の毛は新月のように真黒で、顔は暗闇に浮かび上がるように青白く、目は釣りあがっていて血のように真っ赤でした。
 裏地が紫の闇色のマントをなびかせて、雷のような声で王様を呼びました。
 王様はその姿を見て、姫を取り落としそうになるほど驚きました。なぜ、新月の魔女が現われたのか、すぐに気がついたからです。

新月の魔女 「おぬし、わらわへの祈りを欠いたな?」
 怒りのために、魔女の黒髪は逆立って扇のように広がり、目は充血してさらに赤く染まっていました。
「どうせ、わらわは嫌われ者よ。おぬしは、満月の魔女の力がこの国に満ち足りてさえおれば、わらわなど不要と思っているのであろう?」

 王様は、恐怖のあまりに蒼白になり、お后様と一緒に棺桶に入れなければならないのかと思われるほどでした。
「いいえ、とんでもございません。今夜はいろいろ取り込んでいたためで……」
 優しいけれど気の弱い王様は、震える声で答えました。
 魔女は王様の手の中の小さな赤子を見つけると、すべてを察して妖しく微笑みました。
「わらわに祈れば、救えるものは救ってあげたというのにのう。国中勢ぞろいしてわらわを無視し、こんなもののために祈ったか? ほう?」
 まるで真っ赤な三日月のように引き上げられた口元です。王様は、魔女の微笑みの中によからぬものを感じて、この子だけは手を出さぬよう、と懇願しました。
 しかし魔女は高らかに笑うと、闇色のマントを翻し、漆黒の闇へと飛び立ちました。
「呪いを誕生祝いにつけてあげよう。新月の夜には気をつけよ。それまで姫を預けておくぞ」
 それは恐ろしい言葉でした。
 からからと響く魔女の笑い声が耳に残り、王様は気も狂わんばかりにおびえ、泣き出してしまいました。
 魔女が去ったあと、待ちかねたように朝が来ました。

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