東の山(2)
魔女の住まう岩屋は、尖った山の頂上にありました。
黒々とした尖峰は、灰色の空を突き刺すかのようにそびえていました。かなり急な階段が果てしなく目の前にあります。
両手両足を使わなければ、とても登れそうにありません。もしも足を滑らせたなら、命はないでしょう。
しかし、岩屋には姫がいるはずなのです。細工師は躊躇することなく登りはじめました。
階段を作っている岩はまるで氷で、渡る風はナイフのように冷たいのでした。
細工師は何度も休憩し、そのたびに指先に息を吹きかけ温めなければなりませんでした。指先はひび割れ、血が噴出しました。凍傷になって指先が腐ってしまえば、もう美しい装飾品を作ることはできません。
でも、この世の中に姫ほどの宝があるでしょうか? 作りだせない大事な宝です。 細工師はさらに上へと登っていきました。
階段を登り始めて三日目でした。
下を見ると目が回りそうな高みまで達しました。細工師は凍えた手で満月の魔女からもらった乾パンを食べていました。
すると、どこからともなく小さな翼竜が現れて、攻撃を仕掛けてきたのです。
一匹二匹のときは、剣を引き抜いて威嚇しました。しかし、さすがに数え切れないほどの数になると、追い払いきれません。しかも、剣を振り回す反動で何度もバランスを崩し、落ちそうになります。
細工師は、やむなく階段にかじりついて、体を丸めて耐えるしかなくなりました。
マントはずたずたにされました。腕や足にも鋭い爪が当たり、痛さに悲鳴を上げそうになりました。
このままでは、やがて階段にしがみついていることも困難になり、まっさかさまに落ちてしまうでしょう。そして、亡霊となって沼の住人となってしまうことでしょう。
突然、細工師は気がつきました。必死に攻撃に耐えながら荷物の口を開くと、中から乾パンを取り出してすべて捨てました。
乾パンはハラハラと宙を舞いながら落ちてゆきました。と、同時に細工師を攻撃していた翼竜たちが、ギャーという汚い声を上げたかと思うと、たちまち急降下して乾パンを追いかけて行きました。
その塊は、巨大な黒い竜のような姿になり、やがて消えて見えなくなりました。
こうして細工師は助かりました。しかし、食べ物はすべてなくなったのです。