東の山(1)
東の山の裾野には、どろどろとした沼が広がっておりました。
今や常に闇夜になってしまったこの国では、昼間の時間だというのに、沼から亡霊が現れて、手招きをするのです。
数え切れないほどの亡霊が、沼よりふわりと現れ、すっと再び沼に消えてゆきました。細工師はできるだけ見ないよう、恐怖と戦いながら沼地を進んでいきました。
亡霊はゆらゆらと美しい貴婦人の姿をとったかと思うと、細工師の頬を撫でたりして誘惑しようとします。
しかし、どういうわけか細工師に触れたとたんに悲鳴を上げて骸の姿になり、沼の中へ消えてゆきました。
細工師はほっと息を吐きました。沼の深みにはまったら、彼らと同じ死者になってしまうでしょう。
何度も恐怖で叫びだしたかったのですが、声を上げたら呼びかけに答えたと思われて、引きずり込まれてしまうのです。
しかし、さすがに亡霊が苦しそうな鈴鳴り姫の姿をとった時、細工師は声を上げそうになりました。姫は、この沼の亡霊となって苦しんでいるのだと思い込んでしまったのです。
寸前で胸の奥にしまいこんだ銀の鈴がチリンと音をたて、姫の姿をとった亡霊を本当の姿に戻しました。邪悪な魔導師の骸が沼の底へと引き込まれて消えました。
あぁ……と、細工師は心の中で叫びました。
このような小さな鈴にも大きな力が宿っているのです。それに比べて、自分は何と情けないのでしょう?
姫の姿を見ただけで、心が乱されてしまいます。
そして、所詮は魔導師の化けた姿だというのに、姫の姿を追って沼の底を未練がましく覗き込んでいる自分がいるのでした。