満月の魔女(1)
王国はすっかり寂れてしまい、色がない世界になっていました。
民人の目はうつろで疲れ果て、風も乾ききっていました。大きくて立派な城の尖塔には真黒なカラスが群れていました。
細工師は思い切って王様に謁見を願い出ました。
そして、すっかり弱りきった王様の口から、鈴鳴り姫の鈴の意味を聞かされて、真っ青になりました。
細工師の胸の奥で、小さな銀の鈴がちゃりんと鳴りました。
情けない未練心が、姫の幸せを奪い、自由を奪ったのです。
自分の犯した罪の重さにおののき、細工師はその場で倒れてしまいました。
「まぁ、なんて情けない若者なんだろうね」
突然の女の声で、細工師は目覚めました。
そこは岩屋でした。
かすかな秘薬の匂いが漂っています。なにやら魔法の香りがします。
「私は満月の魔女。今まで力が出なかったけれど、おまえがこの国に鈴を持ち帰ってくれたので、少しは力が出るようになったよ」
銀の髪を梳きながら、魔女は微笑みました。
「あなたが本当に魔女ならば、どうか姫を助けてください」
細工師は叫びました。
しかし、満月の魔女はそのうつくしい銀糸の髪をもてあそび、ため息をつきました。
「ああ、本当に情けない。おまえは、自分で蒔いた種まで人に刈らせようというのかい? 姫を心から愛している者は、はたしておまえかい? それとも私かい?」
そういわれて、細工師は情けない気もちになりました。確かにその通りです。
「でも、私は一介の細工師で、騎士でも剣士でも勇者でもありません。そのような者が、どうやって姫の呪いを解くことができるのでしょう?」
「愚かだね。呪いってものは、力で解くものなんかじゃないよ。ただ、真実を見極める勇気さえあれば、そして愛する人を信じる心さえあれば、呪いのほつれは見つかるものよ」
そう言うと、魔女は岩屋の奥でもぞもぞとすると、何やら不思議な剣を持ってきました。
「素人でも使える闇切りの剣だよ。見誤りさえしなければ、妹の魔力に打ち勝つことができるだろう」
剣はずっしりと重そうで、とても振り回せそうにありません。
銀色に輝く刀身には、不思議な魔法の言葉が彫られ、月の満ち欠けの様子が四つ、浮き彫りになっていました。
細工師は躊躇しましたが、思い切って剣を持ち上げて見ました。
すると、思ったよりも軽く、手になじんでゆくのがわかりました。
「一応、トンカチをふって腕力は鍛えているのでしょう? 見かけに騙されてはダメ。自分の力を信じなさい。信念を持つことよ」
細工師は、意を決して新月の魔女が住むという山を目指し、岩屋をあとにしました。
満月の魔女が見送りながら言いました。
「何よりも自分を信じることよ」
こうして一介の細工師である若者は、愛する姫を救い出す旅に出たのです。生まれてこの方、一度も振るったことのない剣をもって。
トンカチは火花を散らして美を作り出しますが、剣は血しぶきをほとばしらせて命を奪います。
その瞬間を想像すると、細工師の優しい心は恐怖で震えました。はるか向こうに見える新月の魔女が住む東の山よりもおぞましく感じられるのです。
そのような弱い心で、悪い魔女を退治することができるのでしょうか?
「姫のために……」
細工師はつぶやき、勇気を振り絞り歩を進めました。