新月の魔女(1)
新月の夜でした。
鈴鳴り姫の十五歳の誕生日まで、あとたったの一日でした。
眠っている姫の左耳になにやら不思議な声が聞こえてきました。
「さあ、姫や。わらわの言うことをよくお聞き。おぉ、かわいそうに、そのような鈴の枷を押し付けられて」
その声に姫は飛び起きました。
涙がぽろりとこぼれました。声の言うとおりでした。
今まで一生懸命明るく振舞い、勉強も剣も何もかもがんばってきたのに、誰もが姫を愛しませんでした。
辛くなかったわけではありません。必死にこらえて耐えてきたのです。
「姫や、わらわの言うことをよくお聞き。皆ひどい人達ばかりだ。でも、あいつらはいつも幸せなのさ。間違っているとは思わないかえ?」
本当にそうです。
汚い心を持った人々が幸せで、自分が不幸だなんて、どこかが間違っています。
「その通りさ、姫や。だからこれから思い知らせてやろう。あいつらに似合った不幸を与えてあげようではないかえ?」
左耳以外についた銀の鈴が一斉に震えだし、大きな音を立て始めました。
「でも……」
忌み嫌った人達もいましたが、そうでなかった人もいたような気がします。胸に煌く月の石を右手で押さえ、姫は魔女の言葉を避けようとしました。
そう、このような醜い鈴鳴り姫でも、美しいと言い、愛していると言ってくれた人が。
「でも、じゃないよ! おまえは不幸だ! 嫌われ者だ! 幸せになる努力をしてどこが悪いというのかえ?」
神経質そうな新月の魔女の声が、姫の左の耳から頭を駆け巡りました。
姫は頭を抑えました。
不幸でした。生まれて一度も幸せなんてありませんでした。
少しだけの幸せは、後の不幸を際立たせるためのものでした。
姫がそう思って涙を流したとたん、細工師が心をこめて磨き上げた銀の鈴が、あっというまに真っ黒に染まっていきました。