God bless you.
2003年6月20日 掲載

草村 悠太
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God Bless You.

『あなたがこれを見るとき、私はこの世にはいません。』
 ビデオの中の彼女は、屈託のない笑顔で、そう言っていた。

 機内では、甲高いローター音とエンジン音、そして200メートル下方で繰り広げられている戦闘の喧噪が渦を巻いている。
 私は、大きく開け放たれた機体横のスライドドアから身を乗り出し、土埃と爆炎に覆われた地上に、わずかなサインを読みとろうとしていた。

『つまり、どんなに私が素敵に見えても、口説くチャンスはないってワケ――』
 邪気のない言葉。自分で言っておいて照れたのか、ブラウン管の中で、まるで子供のように頭をかく。

 視界の隅を、発光信号筒の、ストロボよりも白い光が射抜いた。
「いたぞ! 七時方向、距離1500!」
 一定間隔で点滅するその光をしっかりと視界中央に捉えなおし、私は機内に叫んだ。
 ヘリの機体が大きくバンクし、ためらいなく急降下していく。
 銃弾の雨を突っ切り、砲火の下へ。

『私の臓器を移植するのがどんな人なのか、当たり前だけど、私には全然分かりません』
 彼女はちょっとカメラから視線を外した。その膝の上に、相棒らしきミケ猫が飛び乗ってくる。

 ヘリの外壁を、軽機関銃のパラベラム弾が乱打した。むき出した背骨を金属棒で直接叩かれるような、神経を打ちのめす音。
 時折混じる、いかにも貫通力をうかがわせる高くて鋭い衝撃音は、強化装甲板でライフル弾が弾けるときのものだ。

『でも、ね。
 私の心臓とか肝臓とか腎臓とか、そういうもので、ちょっとでも長生きが出来る人が、聖人でも大悪党でも、一つだけ約束してほしいことがあります』
 画面の中で、彼女は微笑みながら、またその真っ直ぐな眼差しをこちらへと向けてきた。

 ヘリのステップが乾いた地面にぶつかり、視界をふさぐほどの砂埃が巻きあがる。
 私はすぐさま駆けだした。

『難しいことじゃありません。ほんのちょっと心に留めておいてもらえれば、それで充分』
 そう言ってから、こぼれ咲く花のような笑顔と共に、彼女は続けた。
『ただ、感じてください。
 私と一緒に、生きているっていうことを』

 ヘリの機体を唯一の盾に、折り重なるようにうずくまっている一団へと駆け寄る。
 かすり傷だけの者から、身体の一部が完全に吹き飛ばされている者まで。
 同じ恐怖におびえる者たちが、身を寄せ合って震えていた。

『忘れないでください。
 私の一部があなたに生きる力を与えるとき、私もあなたの力で一緒に生かされるんだってことを』

 私は手近の一人を担ぎ上げ、残る全員に叫んだ。
「見捨てるな! 背負って走れ!」
 言葉が通じたのかどうかは分からない。
 私は先頭に立って走り出した。ヘリまでの数十メートルが、月までよりも遠い距離になる。
 爆音と共に戦闘機が上空を駆け抜け、一瞬の後、ほんの百メートル後方が、地表から吹き出した怪物の舌のような焔の海に飲まれた。

『願わくば、私の祈りが、あなたの神さまにも届きますように――――』
 そうして、彼女は静かに微笑み、頭を垂れる。

 そこには、ささやかでかけがえのない善意があった。
 ここには果てしない憎しみと恐怖がある。

 なだれ込むようにしてヘリへと飛び込み、私は叫んだ――――「退避ーッ!」
 瞬間、私の正面、機体側方の装甲板に、次々と穴が空いた。
 ヘリの中に赤い靄がかかる。
 徹鋼弾。1分間に数十発の、暴虐の嵐。
 ヘリは強硬に上昇した。重火器の怒号が、鋼鉄を引き裂きながら間遠になっていく。

 機体が安全な高度を取った。
 機首を巡らせ、前線に最も近いベースキャンプへと急ぐ。
 キャンプでは、世界各地から集まったボランティアの医師団が、この血にまみれたヘリを待っていた。
 機体外壁の赤十字は穴だらけだ。
 吹き飛ばされた遺体からあふれ出した血はヘリのフロアを流れ、戦場の上に赤い雨を降らせていた。
 それでも、機体の中からはうめき声がもれてくる。
 上出来だ。苦しいと感じられるなら、生きている証拠だ。

 あたたかい血の海に浸りながら、私は彼女からもらった心臓に手を当ててみる。
 彼女はそこで、しっかりと息づいていた。


《了》

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