ふたりのしあわせ 4
2004年7月24日 掲載

草村 悠太
小説メニューに戻る。
前のお話に戻る。
次のお話に進む。
ダウンロードは
こちらから
ふたりのしあわせ


 我ながら、本当に朝に弱い。
 部屋が変わったせいか、昨夜はあんまりよく寝付けなかったってのも、あるだろうけど。
 あたしはタオルで水気を拭き取りながら、鏡をのぞき込んだ。
 眠気覚ましに、わざと冷たい水で顔を洗ったせいで、ほっぺたが真っ赤だった。
 コットンの髪留めを外すと、くしゃくしゃになった髪が肩に落っこちてきた。軽く天然水を吹いてから、コームを入れる。
 あとは、化粧水と乳液をちょっと叩いてやって、おしまい。
 あたしはタオルを洗濯物カゴに放り込み、洗面所を出た。

 ダイニングに入ると、食欲をそそるいい匂い。
 とたんにおなかが小さく鳴った。
「できてるよ。塩とコショウは、お好みで」
 イスに座って雑誌を読んでいた宏人が、こっちに顔を上げてくる。あたしはこくんとうなずいてから、テーブルに近寄って、彼が手にしている雑誌をひょいと取り上げた。
 「何すんのさ」と抗議する宏人は、無視。
 タウン情報誌だった。お洒落なお店とか、おいしいレストランとか、そういう穴場情報がいっぱい載っているやつの、この辺り版。
「面白そうなところ、見つかった?」
 彼の手にそれを戻してやりながら、訊く。
 宏人は二言三言、ぶつぶつ言ってから、答えた。
「マンションの周りは、あんまりないね。こだわりのレストランが、いくつか載ってたかな。
 昨日行ったスーパーは、けっこう品揃えがよかったけど。
 紹介されている店は、ほとんど大学の周りか、その向こう」
 あたしはイスに腰掛けながら、「ふぅん」ともらした。
 ベーコンエッグに塩コショウをふりながら、お皿を見る。すごく気に入って買った、白地に繊細な青い模様で、縁に金のモールが入っているやつ。
「やっぱり、器がいいと料理が引き立つなぁ」
「…悪かったね」
 何だか不機嫌な、宏人の声。
 何を怒ってるんだか。
 三角形にカットされたトーストの上に、切り分けたベーコンエッグを載せて、一口。
「…おいし」
 思わず頬がゆるんだ。
 やっぱりいいわ。手料理って。あたしもそのうち作れるようになりたいけど。
 そんなあたしに、宏人はむくれたように黙ったまま、コーヒーカップに口を付けた。


 使い終わった食器をシンクに戻し、水をかける。
 着替えようと思って流しに背を向けると、薄手の上着を羽織りながら玄関に向かう宏人と目があった。
「ちょっと出かけてくる」
「どこ行くの?」
「どこってわけじゃないけど。
 この辺の地理を、掴んでおこうと思ってさ」
 言いながら彼は、不動産屋さんがくれた住宅地図とさっきの雑誌を、胸の前で軽く振った。
 あたしは少し考える。
 時計を見た。
 お昼の十一時。
「あたしも行く」
「え?」
 何だか知らないけど、宏人はやけに面食らった表情をした。
「シャワー浴びて着替えするから、待ってて」
「…自転車でさっと廻ってくるつもりだったんだけどな…」
「歩こ。お昼は外で」
 「うえぇ〜」とか、情けない声を上げる彼を残して、私はバスルームに向かった。
 感謝してよねぇ。食事の支度を一回減らしてあげたんだぞ。

 あたしが、
「お待たせ」
 って言いながら従弟のところに戻ったとき。時計は十二時を指していて、
「そんなことないよ、今来たトコ」
 ダイニングのイスに腰掛けて、何だか疲れた表情を浮かべたまま、宏人はよく分からない答えを返してきた。
「…今のは、なんかのギャグだったの?
 だったら従姉として忠告するけど、つまんなかったわよ」
「残念だ。僕にとっては実に有意義な一時間だったから、少しでもお裾分けと思ったんだけど」
 いつになくグチっぽいなぁ。
「だから、お待たせって言ったじゃない」
 あたしは腰に片手をあてて、繰り返した。肩をかくんと落としながら、ため息をつく宏人。
「…とりあえず、僕のために服を選んでて、時間がかかったんだと思うことにする」
 彼なりの妥協案らしい。
 まぁ、いいでしょう。服を選ぶのにちょっとかかったのは事実だし。
「どう? 似合うでしょ」
 鮮やかなブルーから優しい白へのグラデーションがお気に入りの、長袖ワンピース。
 +ミルキーホワイトのカーデガン。
 +まん丸つばがかわいいブルーグレイの帽子。
 あたしは可愛らしくワンピースの裾をつまんでみせた。
 なぜかため息をつく、宏人。
「似合ってるよ。似合ってるけどさ、その組み合わせ、迷うほど斬新でもない気がするんだよね」
「そぅお?」
 帽子を取って、彼の手に預けた。靴を履くときはジャマになるもの。
「フツーに順番に、良さそうなものを選んでいけば、遅くても五番目くらいにはその組み合わせに辿り着かない?」
「んー、見解の相違ね」
 玄関にかがみ込んで、白い靴を選び出すあたし。
「前から数えて五番目だったら、後ろから数えて何番目になると思う?」


 マンションの外は、初春独特の、あたたかさと冷たさとが混じり合った緩い風が吹いていた。
「さて。どこから始めようか?」
 先に立ってエントランスを抜けたあたしは、後ろの宏人に振り向いて、口を開いた。
「どこってねぇ…」
 煮え切らない様子で、頭を掻く。
「さっきも言ったけどさ、特に行くアテがあるわけじゃないんだよ」
「つまり、どこに行ってもいいってことでしょ。
 さ、どこに連れてってくれるのかしら?」
 あたしがそう言うと、宏人は口元をちょっとねじ曲げて、手の中の地図に目を落とした。
「…おなかは?」
「まだすいてない」
 さっき食べたばっかりじゃない。
「じゃ、とりあえず、駅前のアーケードとデパートに行ってみようか」
「主婦っぽい選択ね」
「主婦っぽい生活だもの」
 マズイ。その件に関しては、あたしに反論できることは何もない。
「生活力のある男性って、かっこいいと思うわぁ」
 なんて取り繕ってみたり。
「嫌味で言ったんじゃないからさ、行くなら早く行こうよ」
 …ぬぅ。宏人め、めずらしく手強いな。
 半歩前を歩く彼を見ながら、あたしは胸の奥で呻った。


o(^-^o)  Our Happiness !!  (o^-^)o


投票はこちらから

↓感想など頂けると、励みになります。↓

・作品名 
・この作品を10点満点で評価すると?
 
・作品の印象を、一言で言うと。 
・続きがあるとしたら、読みたいですか? 
・その他、何かありましたらどうぞ。
       

 

(C) 草村悠太
All rights reserved.