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A STORM OF THE PLANET

「貴様、裏切るつもりか?」

床に転がる銃の音に、高官から叱責(しっせき)の声が上がった。

誰が呼んだのか、扉が開き複数の兵士が入ってくる。それらの手には重火器(じゅうかき)が握られていた。

小狼はサクラを庇(かば)いながら剣を抜き放つ。その腕の間からサクラはやはり兵に囲まれた一人の男に目をやった。

高官の腕を捩り上げている武将は、口元を微かに吊り上げる。多くの兵に囲まれながら不敵に笑う男の口から起こった言葉は、無骨(ぶこつ)な声帯から出されるものとは全く違っていた。

「・・・裏切る?そんなつもりはない。初めからこうしようと思っていただけだ」

涼(すず)やかな声で笑い飛ばし、男は高官を蹴り離す。マントを摑み翻(ひるがえ)した。

「!」

彼等は言葉を失った。目前(もくぜん)にさっきまでいた武将の姿が消え、白い仮面を被(かぶ)った青年がいたのだ。

「裏切りというのは実際に貴方達に与(くみ)する者が受けるもの。私が言われる筋合いはない・・・まあ、本物と間違えるのは無理もないが・・・」

青年は言い捨て、歩を踏み出す。兵士達は気圧(けお)されて後退った。彼等の本能的な勘がそうさせたのだ。

「あの人は・・・?」

「味方だ・・・ガーディンで窮地(きゅうち)を助けられた」

二人は周囲の武器に身構えながらそんな言葉を交わす。サクラにしてみれば思いもよらない味方であった。

「・・・どうした?主人を失って怖(お)じ気(け)付いたか・・・そうではあるまい?エリオルも所詮(しょせん)は駒(こま)の一つだったのだから・・・」

「どうしてそれを!」

高官の中で一人の男が叫ぶ。それは王の片腕というべき宰相(さいしょう)の身分の者だった。名を星史郎という宰相はぎらついた目で仮面の青年を見る。

「貴様・・・どこまで知っているのだ?」

「・・・全てを・・・貴方の・・・帝国(ていこく)が犯(おか)した罪の全てを・・・」

青年はうたう様に、囁(ささや)く様に宣言(せんげん)する。その意味を受けたのか、星史郎はさっと表情を変化させた。

「特殊任務官・・・!」

叫びが銃声と化し、青年のいた空間をビームの光条が薙(な)ぐ。が、そこには全身に光条を受け、倒れるべき者の姿はなかった。

銃撃を避け、サクラ達の側(そば)に降り立った青年は冷ややかに評する。

「・・・残念ながら私は特務官ではない・・・だがその腕では特務官の一人も倒せんな」

星史郎は歯噛(はが)みして何事か合図を送る。明らかにこの星の者ではない男達がその武器を手に現れた時、青年は小さく舌打ちした。

「ロケット砲・・・!」

城の中とはいえ、見上げる様な大ホールでは吹き飛ぶ壁や天上が遠過ぎる。つまりは撃(う)てるという事か、と青年は思った。

しかしこんな所で対人ロケットとは恐(おそ)れ入ったものだ。

「いくら貴様達でも爆風は逃(のが)れられまい。皆揃(そろ)って死ね!」

構える事すらしない青年の態度を諦(あきら)めと取ったのか、男達は標準を合わせ、引き金を引いた。

ドオォッ・・・

オレンジ色の光が起こり、凄(すさ)まじい音が轟(とどろ)く。爆風がホール内を駆け抜け、閃光(せんこう)が生者達の目を焼いた。それからやり過ごし、彼等は顔を上げる。

まだ煙が立ち込めていたが、あれだけの爆風で生き残る者はいないだろう。

だからこそ彼等は絶句(ぜっく)したのだ。

傷一つ、どころか髪一筋さえも乱さずに超然(ちょうぜん)としてその者は煙の向こうに立っている。

その者の肩で、闇の如き色をした翼がゆったりと動いた。

『・・・黒い羽根のお兄ちゃん』

夕暮れの下、草原に立つ青年に幼い少女は声をかける。青年は振り向き、少女に応える様に微笑む。その肩で黒い大きな翼を揺らした。

少女は彼等が離れている所を見た事がなかった。いつも青年の頭上(ずじょう)か、傍(かたわ)らに鳥はいる。

そして鳥が彼の肩に降り立つと、まるで一つの固体の様に融合(ゆうごう)して見えるのだ。

彼女はその時の彼等の姿が好きだった。今もガーディンの大草原を駆け抜ける風に吹かれている黒い翼の天使に見惚(みと)れて声をかけるのも忘れていたのだから。

『・・・どうした・・・?』

じぃっと見上げる灰色の大きな瞳に、青年は首を傾(かし)げる。

『お兄ちゃん、どこかにかえっちゃうの・・・?』

少女の問いに青年は目を細め、空を見上げる。その横顔があまりにも悲しすぎて少女は思わず両目いっぱいに涙を浮かべてしまった。

青年は少女の表情にやや驚(おどろ)き、やがて優しい笑顔を浮かべる。

『・・・優しいな・・・お姫様は。その優しさがあれば大丈夫だ・・・俺はクロウを置いて行く・・・多分それは逃げだ。俺には耐(た)えられなかったのだな・・・だがお前ならそれを受け止められるな・・・』

少女の頬(ほほ)に手を当て、青年は寂しそうに笑った。

少女には青年の言う意味が分からなかったが、その笑いだけは彼女の脳裏に焼き付いた。

『強くなれ・・・サクラ・・』

あの時、逃げだと嘆(なげ)いた青年の悲しみをサクラは今でも覚えている。この黒い翼を持った者をそれ程までに苦しめたのが他の誰でもなく父であったのを、彼女は父の死後に知った。

あれからサクラは青年に会っていない。

けれども彼女は知っていた。夕闇(ゆうやみ)に紛(まぎ)れる様に消えたあの後ろ姿を、誰よりも強く、誰よりも悲しみを背負(せお)った青年の顔を・・・そして彼がいた時、一度として口にしなかった彼の名を・・・。

「孔雀」

サクラは顔を上げ、目の前に立つ黒髪の青年を見た。彼等の立つ直径五メートルの範囲の外を爆風の嵐が吹き抜けて行く。

そしてこの青年のお陰なのだとサクラは分かった。

「孔雀!」

サクラは再び呼びかける。青年は振り向き、ふと笑った。

何故気付かなかったのだろう。この青年に対する既似感が、幼い頃の記憶に繋(つな)がったのだと。

キルトという黒い鳥を肩に、青年は少女の前から消えた時と同じ姿をしていた。何もかもが変わっていない。だが青年にはそれが一目瞭然(いちもくりょうぜん)な姿なのだ。

爆風が去り、煙(けむり)が失(う)せると青年は驚愕(きょうがく)する者達を無視し、サクラに歩み寄る。

「大丈夫だったか?」

「無理がありますね、その発言は。自分の防御(ぼうぎょ)に自信のある者が言う事ですか?」

ケイ・・・否、孔雀の言葉に仮面の青年は淡々(たんたん)と言う。それを放っておいて彼はサクラ達の傍(かたわ)らに転がる男の側に片膝(かたひざ)をついた。

数十分前までアルカディアの覇王(はおう)であった男は両目を見開き、青年を見上げる。驚(おどろ)いた事にこの男は致命的(ちめいてき)な傷を胸に受けながらまだ生きていたのだ。

「・・・貴方は・・・貴方様は・・・」

うわ言の様にしきりに繰り返し、男は悲痛(ひつう)な表情をした。

「・・・私は・・・私の心の中に宿(やど)る欲望(よくぼう)に負けてしまった・・・何もない私が"力"を手に入れる為に・・・彼等に自分自身を売った・・・のだ。このアルカディアと共に・・・」

そう語る男の、裂(さ)けた傷口の中で金属的なものが規則正しく動いている。男の体の中には血が一滴(いってき)たりとも流されていなかった。

「・・・貴方は・・・それでも私を許して下さるか・・・?」

エリオルは虚(うつ)ろな目で青年を見上げる。男の必死の問い掛けに青年はただ一言答えた。

「・・・眠るがいい」

整った指が額に当てられ、男は安心した様に目を閉じる。彼を生かす機械が緩(ゆる)やかになっていくのをサクラは見た。口元に笑いを浮かべ、エリオルは呟(つぶや)く。

「・・・英雄王は偉大だった・・・強く、賢く・・・・・・何よりも未来を見ていた御方(おかた)だった・・・貴方が去り、あの御方が亡くなられた時、確かに・・・一つの時代が終わったのだ・・・けれども・・・私は・・・貴方達ヲ・・・越エ・・・ラレ・・・ナ・・・カ・・・・・・ッタ・・・」

それは自嘲(じちょう)であったのか、それとも・・・胸が大きく上下して停止する。

悲しい人だとサクラは思った。彼は自分の弱さに負けた者の姿そのものだった。

「サクラ?」

「・・・ん・・・誰が一番それを望んでいたのかと思って・・・」

小狼の呼び掛けにサクラは小さな声で言う。

それに答える者はいなかった。その機能の全てを止め、アルカディアの覇王(はおう)は永久に動かなくなっていた。

黒髪の青年は立ち上がる。人間には有り得ない力を見せ付けられた男達を片方の目で一瞥(いちべつ)した。

その瞳は暗く、宇宙の深淵(しんえん)の如(ごと)き光を湛(たた)えた漆黒(しっこく)。

護身(ごしん)の鎧(よろい)も、武器さえも持たぬ彼の姿は、男達にとって不吉なものに映っていた。

「・・・き、聞いた事があるぞ・・・我等(われら)が帝国(ていこく)の軍さえもかなわぬ力を持った"船"が存在すると・・・そしてそれを持つ者は一羽(いちわ)の黒鳥(こくちょう)を従えた隻眼(せきがん)の男と・・・お前何者だ?」

驚愕(きょうがく)から立ち直れず、震える声で星史郎は言う。

訊(き)いてならないと彼の本能が報(しら)せる。それでもこの帝国の走狗(そうく)は問わずにいられなかった。青年の口から彼の行き着いた答えを聞く為に。

青年の肩でキルトが大きな翼を広げ、啼(な)く。それは彼等に対する威嚇(いかく)であり、自分の分身である主人の心を読み取った嘲笑(ちょうしょう)であった。

「・・・俺が何者であるか知りたいだと・・・?分かっている筈だぜ・・・」

潰(つぶ)れた悲鳴が同時に起こった破裂音(はれつおん)と重なる。それを構えていた男の腕の中でロケット砲が爆発したのだ。青年は片手で上げただけの姿でくすくすと笑う。

「後悔しないのならば聞かせてやる・・・」

男達は青年を見据(みす)えた。

「俺の名は孔雀。だが、俺を知る者はこう呼ぶがな・・・"星見の孔雀"と」

<第九章・終>

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