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A STORM OF THE PLANET

塔の城が倒れてから数日、都市はやっと元の賑(にぎ)わいを取り戻し始めていた。

崩(くず)れた塔の修復の見込みは皆無(かいむ)であったので、邪魔(じゃま)なものを抜かして手つかずのままで残されている。その無残(むざん)な姿に目をやり、その者は木窓を閉(し)めた。

「容赦(ようしゃ)も何もない壊れ方だ。城の者が少なかったお陰で奴等以外は犠牲(ぎせい)にならなかったが」

そう言い、窓から離れた青年は小狼であった。

数日前に目の前の塔の地下から九死(きゅうし)に一生(いっしょう)を得た彼は、自治王代理として今もしっかりと任務をとっている。その小狼がこの部屋を訪れたのは、自分を救った者に会う為だった。

木窓を閉めてしまうと殆(ほとん)ど光の入らない薄暗(うすぐら)い部屋の中に、マントを被(かぶ)った老人と小狼が対している。それは都市でケイを占った占術者であり、崩れ行く塔の中から小狼達に道を示した者であった。

「助けられた礼は言おう・・・だが貴方には訊かなくてはならない。何故あの塔での出来事を知ったのか・・・?何か理由がある筈・・・」

「・・・占いに出た・・・と言うても信用なさらぬじゃろうな・・・」

占術者は口を開く。落ち窪(くぼ)んだ眼光(がんこう)が異様に輝いた。

「残念ながらその方面には興味が無いので・・・。貴方もそれを言う為に残ったのではなかろう・・・己に分が悪ければあの時の様に消えているだろうしな」

「それはそれは・・・よく物事を見ていらっしゃる御人じゃ・・・」

「答えてもらいたい」

占術者は暫(しばら)く青年を見ていたが、徐に口を開く。

「知っているかね?人を操る術というものを。奴等にはそれが掛けられていたのじゃ・・・基本的な心情、意思は元々のものじゃがのう・・・」

「人を操る術?」

「我等はそれを催眠術(さいみんじゅつ)と呼ぶ。恐らく任務を果たす為に命さえも捨てるよう、深層意識(しんそういしき)に刻み込まれたのじゃろう。そうした術を使う者もこの星では稀(まれ)じゃ・・・」

占術者は口を閉ざす。小狼は続けるように目で促(うなが)した。

「それは・・・どこぞかの都市の自治王だと言う事じゃ・・・」

「・・・・・・!」

小狼は言葉に含まれた事の重大さを了解した。彼はひと呼吸置いて言う。

「同盟の中に・・・裏切り者がいるという事か」

無言のままに占術者は首肯(しゅこう)する。

不意に小狼はガーディン自治王の身を案じた。今朝届いた報(しら)せによると、近日中にオルシーターでガーディン同盟軍は討伐軍と大きな一戦をするという。裏切りが表面化するのはその時を置いて他にはあるまい。

「・・・戦いが心配だ・・・自治王の御身(おんみ)に何も無ければいいが・・・」

「多分無理じゃろうて。あちらは僅(わず)かな隙(すき)をも狙うておる。次の戦い、大きく荒れるのう」

「ではどうすればいい?今から馬を飛ばしてもとてもかなわぬ、長庵卿は信頼できるが一都市の軍が裏切ればどうも出来ぬ。それでどうすればいいのだ?」

知りながらも何も出来ない事実に小狼は唇を強く噛み締めて、辛(かろ)うじて平常心を保つ。

だが吐き出された言葉は彼の努力を裏切った。

「・・・私は・・・あの方を守ってさしあげる事も出来ぬのか・・・」

この青年がガーディンの自治王を補佐するという役に就いたのは、自分より少し年下の少女との約束があったからだ。

まだ幼い頃、アルカディアの王城(おうじょう)に海都市の自治王であった父に連れられて行った時の記憶が、今でも彼の脳裏に鮮やかに思い浮かぶ。

父が来訪した理由は、英雄王クロウの葬儀(そうぎ)に出る為で王都を見せようとして連れて来られた小狼は殆ど放っておかれたのだ。・・・お陰で王城のあちこちを歩いて回れたのだが。

冒険心旺盛(おうせい)な少年が、王城の巨大な回廊(かいろう)で一人の少女に出会ったのはその時だった。

人目から隠れるように柱の陰にハープを抱いて座っていた少女は目を真っ赤にして小狼を見上げる。

『どうしたの?』

『・・・父さんが死んじゃったの・・・』

そう言う少女の灰色の瞳に大粒の涙が浮かぶ。言葉に困った少年の側で彼女はぽろぽろと涙を流して泣きじゃくった。

『父さん、がぁでぃんにいたいのに、みんなここに連れて来たの。黒い羽根のお兄ちゃんも来てくれないし・・・父さん一人じゃお空に帰れない・・・』

『でも人は死んだら星になるって僕の父さんは言ってたよ。君の父さんだって星になるんだから空に帰れるさ』

『本当?』

少女は顔を上げた。涙で濡れたまつげをふと伏せた。

『・・・でも父さん、がぁでぃんにいたいって言ってた・・・』

『じゃあそうやってみんなに言えばいいじゃないか。僕も一緒に言ってあげるよ』

『うん』

少年の言葉に、彼女は初めて笑顔をつくる。ごしごしと両目の涙を拭(ぬぐ)って勢い良く立ち上がった。

『でもさいしょは一人で言ってみる。それでもだめだったら・・・』

お願い、と見上げる少女に少年は頷いた。

『ありがとう』

少女はにっこりと笑い、回廊を走り出す。その途中で立ち止まり、振り向いた。

『ねぇ、がぁでぃんに帰れたらいつか来て。いつでもいいから・・・』

『僕が行ったら君はガーディンを案内してくれるかい?』

『いっぱい、いっぱいしょうかいするわ。草原も馬も都市も何だって。あなたがいつまでも帰らないように何回だって見せてあげるんだから。だからやくそくして』

『うん、約束するよ・・・』

新しい友人を見付け、嬉しそうに駆け去る少女が英雄王の忘れ形見(がたみ)だと知ったのは、それからかなり後だった。その時は少女もガーディンの自治王として立派になっていたし、小狼も両親を海の事故で失い、故郷を捨てた青年だったのだが両親の死後、エリオルが指名した新しい自治王に半(なか)ば追われる様に海都市を出た小狼に、彼女はにっこりとあの時と変わらぬ笑顔でこう言ったものだ。

『・・・遅かったじゃないか。待ちくたびれてしまうところだったぞ・・・その償(つぐな)いに本当に飽きるまでここに居てもらうからな。覚悟しとけよ』

そして幸いにも今まで飽きずにここに居続けたのだ。そう出来たのは彼女が近くに居たからに他ならない。

小狼は都市に居る為に、自分の居場所を認める為にサクラを守り、補佐してきた。

それが今、かなわないと言うのか。

「そう悲観(ひかん)なさるな。ガーディン王は大丈夫じゃろう・・・」

「だがお前は裏切りが起こると言ったではないか。そうなれば同盟軍は混乱し、敵軍に破られるのは必至(ひっし)。それでも言い切れるのか?」

「オルシーターには一人の男がおる・・・」

占術者は言葉を切り、小狼の表情を見た。

「お前は何故そうして何でも知った顔をする?・・・否、何故知るのだ?」

「・・・占った、では駄目かと先程も言うたのよう・・・」

「それでは答えに・・・」

もう一度同じ事を繰り返して言ったのは、自分を落ち着ける為だと小狼は悟る。危(あや)うく感情の迷宮に入り込みそうになっていた自分を取り戻し、彼は尋ねた。

「事実を語るつもりでここに残ったのでしょう?」

「・・・流石(さすが)はガーディンの治世(ちせい)をその若さで補佐するだけはある。意思の力は大したものじゃ」

占術者は満足そうに笑った。

「これならば語っても大丈夫じゃな。お主は何故我(われ)が知っているのか訊いたのう?それはそうじゃ・・・このような老いぼれでは反逆者の内に潜入(せんにゅう)する事も出来んからな・・・」

差し上げられた占術者の手は老い枯れ、節くれだった枝のようである。

小狼は首を傾(かし)げた。

「では他の者を使ったのか?」

「いやいや・・・こう見えても誇りがあってな。これに関しては己が自身以外頼みとせん・・・」

「ならば・・・」

「・・・お主は一つ重要なことを忘れておる・・・まあ、誰であっても気付かぬ事実じゃがな。"我を老人と思うておる"それがその原因じゃ」

青年は困惑した。一体この老人は何を言っているのか?老人の生気(せいき)の乏(とぼ)しい五指(ごし)を閉じ、力強く握(にぎ)り締(し)めた。

「・・・分かるかね?・・・老人でなければいいのだよ。老人ではなく・・・腕力(わんりょく)を持つ戦士であればいい。例えば・・・奴等の仲間の一人となればな」

「!?」

ざわっ・・・背筋(せすじ)が凍(こお)り付(つ)き、驚愕(きょうがく)が青年を大きく打つ。

彼は信じられない光景を見た。握られた手が大きく波打ち、屈強(くっきょう)な戦士の腕に変化したのだ。筋肉の付いた手が老人の顔に掛かる。

「・・・儂(わし)は多くの"顔"を持っていてな・・・一度見た者ならば誰にでもなれるのさ。この老人も、今の儂と同じくその内の一つの"顔"だ」

そう言い、男は老人の仮面を取り外した。狡猾(こうかつ)そうな"顔"がその下から現れる。いつの間にか変化した声もそれも、小狼の記憶にある者だった。

「・・・衛兵長・・・!」

「分かったか?儂が多くを知っている訳が」

小狼は何とか頷く。元来(がんらい)の知識ではパニックを起こしそうな事態の中で、彼は冷静な部分が機能したのは青年にとって幸いだった。

「他人の"顔"を盗(と)るという事なのだな・・・つまりは。北の海の果てに住んでいるという魔物が人に変化する話は聞いたことがあるが・・・貴方はその魔物の子孫か何かか?」

「少し違うが、似たようなものだな・・・」

可笑(おか)しそうに応じる男の体に再び変化が起こる。男はまた顔を抑えた。

「・・・失礼、この"顔"はあまり好きではないので変えさせてもらいます。何度も奇妙(きみょう)な所をお見せしてすみません」

あの筋肉だらけの肉体から一転して、今度はすらりとした青年の体型となる。彼は仮面を外した。琥珀の髪が額(ひたい)に零(こぼ)れかかり、温和(おんわ)な顔をした青年は大きく溜め息をつく。

「ふう・・・久し振りに戻ったな、この顔・・・」

そう呟く声は、以前黄金の髪の青年と話を交わした時のもの。それは目の輪郭(りんかく)と鼻筋が形造られているだけの、滑(なめ)らかな表面のもので、さっきまでのとは全く違っていた。

瞳も声もなく、唯一(ゆいいつ)彩色(さいしょく)された左目の上から頬までの青い線が無機質的な印象のある仮面の青年を冷ややかにしている。

青年は仮面を破ると、片膝を付いて優雅(ゆうが)にガーディン自治王補佐に対して礼をした。

「・・・・・・申し遅れました。私の名は王二郎・・・その昔、この星を護ったある男への義理で参りました。どうぞお見知りおきを」

そうして立ち上がった彼は、マントを揺らして踵(きびす)を返す。

「時は急を要するようです。オルシーターは先程申した通りどうにかなるでしょう。しかし問題はその後、奴等がどう出るか・・・」

「奴等?」

王二郎に促され、小狼も共に歩きながら問う。

「・・・そう、奴等が介入(かいにゅう)しなければこの争い、ここまで大きなものにはならなかったでしょう。そして私達が来る事も・・・今回は誤算(ごさん)続きでした。何と言っても今、ここで貴方と会い、話をしなくては全てが修復出来なくなってしまったのです」

「何を修復するのだ?」

「全てを・・・私達や彼等に関する全てを」

王二郎は扉の前に立つ。彫刻された重い木に手を掛け、仮面を小狼に向けた。

「その話は後にしましょう。説明するには時間がかかりますし・・・ですからその前に"彼"に会ってもらいたいのです。やっと感情の波動も安定して目覚めさせても大丈夫になりましたから」

青年の手に懸(か)かる力に、扉は音を立てて動く。今まで居た部屋とさして変わりのない薄暗さに小狼は足を踏み入れた。

部屋に入るとすぐ目前(もくぜん)に置かれた椅子が目に付く。その椅子に深く凭(もた)れ掛(か)かり、その者はいた。

「ケイ?」

黒い髪も、刻まれた顔も、小狼の記憶に間違いがなければケイという青年のものだ。会ってもらいたい者とは彼の事なのか。王二郎はそのまま歩を進め、彼の傍(かたわ)らに立った。

「・・・"K"という名は本来のものではありません・・・完全ではない。私達も"彼"が普段の時は場合によって呼びますが、今は違うので呼べません」

彼等の存在に気付かないのか、青年は目を閉(と)ざしたまま表情一つ動かさない。そして彼の顔の右方には破壊されたゴーグルが装着されたままになっていた。

「・・・これは"彼"にとって封印に等しいものです。普段はこれにより記憶・力の大部分を封じているのです。しかし事故のせいで記憶が壊れ始めていたようですね・・・外部からの手を付けられないものがこうして破壊されましたし、かなりの心理的負担(しんりてきふたん)が大きかった・・・」

王二郎は片膝(かたひざ)を付き、彼の顔からゴーグルを取り外す。

「お陰で意識の全てがダメージを受け、"彼"にとって一番危険な人格が現れてしまった・・・全く都市で深層暗示(しんそうあんじ)までかけておいたのに役に立たないなんて・・・何十年ぶりの失態です?琥珀がいなければ手遅れになるところでしたよ。少しは反省して下さい・・・船長」

「・・・それはすまなかったな・・・危(あや)うく星一つ滅ぼすところだった」

自嘲的(じちょうてき)な声が彼の口から漏(も)れる。今まで人形のように変化しなった表情が動き、片方だけの目がゆっくりと開かれた。光を取り戻した瞳が二人に向けられる。

その時、小狼は"彼"が全くの別人である事を確信したのだった。

<第六章・終>

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