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A STORM OF THE PLANET

宇宙暦2574年9月

後年、アルカディア大戦と別称される大乱である。

この時のアルカディア王、エリオルの圧制に対しテルスーン大陸の北方に位置するガーディン自治領を含む自治都器の蜂起であるが、これは古代より自治を確立していた自由民意識が、市民層にまで浸透していたからであろうと言われている…

…大陸北部より起こった反乱は小規模の戦いを各地で繰り広げ、近隣の諸都市を呼吸して大軍を編成する。

そして10月初め、ガーディン反乱軍はオルシーターにて討伐戦と対する事となった。

オルシーターは起伏の比較的なだらかな盆地であり、幾つかの数少ない高地に周囲を取り囲まれている。

ガーディン軍と討伐軍の両者が必然的にも意図して盆地を挟み、高地に陣を敷いたのは、まだ夜も明け切らぬ早朝であった。

ガーディン軍と言ってもガーディン自治王を筆頭にして集結した諸都市の軍であるからガーディン同盟軍や自治都市軍と呼んだ方がより正しいのかも知れない。しかし、後世、ガーディン軍と称される程、彼等は諸都市と団結してガーディン自治王に仕えた。

自治都市の民衆や自治王達は、ただ一人の王からなる独裁政治を打ち砕いた後の新しい碑を欲したのであろう、そして英雄王クロウの子、ガーディンの自治王サクラ=キノモトはその願いに足りた人物であった。

まだ少女と呼ぶに相応(ふさわ)しい年齢にそれだけの人望を集めた若い自治王は、愛馬と共に薄暗い冷気の中をじっと佇む。

まだ朝日の昇らぬ地平線を映す灰色の瞳をかすめる思いは何なのであろう。

「…何を見ておられるのだ?サクラ殿。まだ夜明けには時がありましょう」

鈴の如く澄んだ声を投げ掛け、一騎の騎馬が歩を寄せてきた。

「柚姫」

振り向いたサクラに笑いかけたのは彼女よりも何歳か年上の女性であった。

彼女はガーディンより更に北方の地を領とする都市クールラントの自治王・柚姫。古代北方民族の血を引く彼女は、水を溶かしたような青白色の髪と白磁の肌をしている。

その美しさはヴァール一族出身であった白駿王・乾闥婆に引けを取らないと専(もっぱ)らの噂であった。

本人曰く「同族だから美しいのは当たり前だ」という事なのだが、その剣技に於(お)いても、美しさ同様、他人に引けを取らない。

戦いに際し、常に軍の先頭に立ち、勝利への一端を担う柚姫は、白狼卿(はくろうきょう)という呼び名を人々から貰(もら)っていた。

敵からは畏怖(いふ)を、味方からは称賛(しょうさん)を込めて呼ばれる白狼卿ではあるが、同性であり年下でありながらも自分より重い使命を持つサクラには何かと優しい。

「長庵公が捜していましたよ。もう少し御老体を労わりませんとキレますよ、あのタイプは」

「翁か…」

サクラは今頃あちこちで騒いでいる老将軍を思い浮かべ、こめかみを押さえる。

「…全く、心配しないでいいと言っているのに…翁はいつまでたっても心配性が絶えんのだから…」

それでも重用しているのはそんな所を信頼なさっているからでしょう、と柚姫は口に出さずに微笑を浮かべた。口で何と文句を言おうと、ちゃんと大事な所は押さえてあるサクラに王としての資格を見出し、かつ可愛らしいと感じたからだ。

全く妹にしたい程である。しかし柚姫が口にしたのは別の事であった。

「後もう少しで会議が始まるので長庵公の気が急いているのでしょう」

「せっかちだな…翁は」

ぼやくサクラに遠くからの呼び声が重なり、多少の驚きと笑いが二人の間に起こる。

「噂をすれば、です。行きましょうサクラ殿」

柚姫に促され、サクラも馬首を返す。その時ふと遠くの何かにめぐらせた瞳に、生まれたての朝日が滑った。

こうして後日、オルシーターとの戦いと呼ばれる一日が始まったのである。

 天幕(てんまく)にはもう各都市の将軍達が顔を揃えていた。

皆、討伐軍の大軍を前にやや緊張気味で表情が硬い。それというのも、さっき戻った斥候が伝えた敵軍十万という言葉が脳裏を回っていたからだ。これに対し、ガーディン軍は六万。この数の差による不利をどう処理するか。彼等はガーディン自治王の表情を追った。

「・・・つまりそれをどう動かすかによって決まるわけだ」

量より質だとサクラは言う。十対六の差ならばその兵の指揮でいくらでも埋める事が出来る、と。それは彼女の抱くある確信から出た言葉であった。

「敵は数の上の勝利から正面撃破(しょうめんげきは)を望むだろう・・・勿論それに応じる義理などないが。方法は幾つかある。だがその前に諸侯(しょこう)の意見を聞きたい」

サクラは皆の顔を見回す。

「大軍であればそれを分散させ、各個撃破するのが一番かと・・・」

地図を見下ろし、彫りの深い顔立ちの男が髭(ひげ)を撫(な)でながら言う。

「しかしこの盆地(ぼんち)の何処でそれをするかだ」

「伏兵(ふくへい)を使うのですか・・・しかし周囲はともかくオルシーター自体は広大(こうだい)な草原。とても隠せるような場所はございませんな」

「一つだけございます」

若い男の声に諸侯は一斉にそちらを向いた。言葉を発したのは一人の青年であった。横に大きなスリットがある膝下(ひざした)までの大きな上着の上に無駄を極力省いた機能的な鎧姿は、草原の民に相応しいもの。髭の男は興味深そうに訊く。

「ほう、それは一体何なのかね?銀月殿」

「・・・伏兵を置き、敵の目を欺(あざむ)くには山・・・つまりオルシーターを囲む高地(こうち)に伏(ふ)せるしかない」

銀月の指が地図の一箇所(いっかしょ)を指し示した。

「そしてかつ敵を混乱させる為にこの地において他にない・・・但(ただ)しそれには条件(じょうけん)がいるが」

「ふむ・・・してそれは・・・」

熱心に聞く男の言葉を別の者が遮(さえぎ)る。

「議論するだけ無駄ですな、その案は」

銀月の案を一笑(いっしょう)に付したのはオドアの自治王ラファーガであった。鍛錬(たんれん)された武将を思わせる肉体の男は腕を組んで言う。

「ザガート殿でもその案は分かる筈だ。地図を見る限りではどうやっても距離がありすぎる。伏兵は出来るかも知れんがそれが来る前に戦況(せんきょう)などとっくに変わってしまっているぞ」

戦いを知る者ならではの自信に満ちた表情でラファーガは青年を見た。

「それくらいの事も分からなかったのかね?ティハーンの自治王代理殿」

明らかにそれは銀月に対する皮肉である。次に起こるであろう激発(げきはつ)に、誰もが制止(せいし)を考えた。が、自治王代理の青年は口端(くちはし)を上げ、静かに切り返す。

「・・・私は条件があると言ったのだが・・・」

淡々(たんたん)と語る銀月の説明は次のようなものだった。

「歩兵(ほへい)など人足では確かに移動は難しいし、戦場での戦力も劣しいものになるだろう。しかしそうした機動力(きどうりょく)と戦力を充分(じゅうぶん)出しうるものがある。それは人足よりも遥(はる)かに速い騎馬で構成されたものだ。そしてそれは馬の能力を最大限までに生かし、戦える騎馬隊でなくてはならない」

それが出来るのは草原の騎馬民族であるガーディンとティハーンであるという。

青年は説明が終わると礼儀(れいぎ)正しく諸侯に意見を譲るべく歩を下げる。それから色素の薄い髪をかき上げ、ふと目を細めた。

「確かに・・・オドアの兵では出来ないが」

「なっ・・・・・・!」

ラファーガは鼻白(はなじろ)む。

銀月は、他人の心を魅了(みりょう)する笑みを浮かべていた。

この険悪(けんあく)な場であっても溜め息をつきたくなる様なその表情は、計算されたものであろう。だが相手を気圧(けお)すには最適だった。

オドアの自治王は二、三度口を上下させて黙(だま)りこみ、会議は再開される。その結果、銀月の案に多少改正を加えたものが採択(さいたく)されたのだった。勿論、ティハーンの軍が伏兵に就(つ)いたのは言うまでもない。会議後、天幕から出るティハーンの自治王代理に声をかける者がいた。

「銀月殿」

振り向く先に白狼卿(はくろうきょう)とアルカディアの自治王の二人を認め、彼は体ごと向き直る。

「・・・何か」

「貴方も変わった人だ。普通あそこで激昂(げきこう)するのにああも見事に黙(だま)らせるとは」

「・・・そこで怒ってみたところで無様(ぶざま)なだけです。お気に召(め)さらなかったのならば謝罪致しますが」

相変わらずの無愛想な青年の態度に柚姫は全く気にしない様子だった。

「否、私もあの無骨(ぶこつ)で柔軟性(じゅうんんせい)のない男は嫌いだからすっきりした。なかなか良い撃退法を考えついたものだ」

美しい髪を揺らし、柚姫は楽しそうに言う。相手の言葉に戸惑いを覚えたのだろう、銀月は真意(しんい)をはかりかねて複雑そうな表情を作った。

「・・・・・・と考えるものは稀(まれ)だぞ、銀月殿。敵と戦う時に内に敵を作るのは戦いの中で禁句なの知っているのなら尚更(なおさら)な」

「敵とは・・・外と内のどちらにでもいるものです」

そう応じ、銀月は頭を下げる。

「失礼、そろそろ兵を連れて行かねばなりません。では・・・」

立ち去る青年の後ろ姿を眺(なが)めながら柚姫は形の良い指を頬(ほほ)に当て、息をついた。

「あれは修正不可能な性格だ・・・勿体(もったい)ない」

何が勿体ないのかと思いつつサクラは苦笑(くしょう)する。

「何だ、柚姫はああいうのが好みなのか?」

「まさか。私はもっと容姿・頭脳共に良く、性格も良い男でないと好みではない。・・・何です、サクラ殿。その目は・・・」

まだくすくすと笑うサクラを恨(うら)みがましく睨(にら)み、柚姫はさっさと陣地へ歩いて行く。それが照れ隠しなのは、誰の目にも明らかだった。

討伐軍十万、対するガーディン軍六万。オルシーターにおける戦いは数の上からガーディン軍の不利な形で始まった。

鳥翼形に伸びるガーディン軍に、数の勝る討伐軍が鳥を襲(おそ)う大蛇(だいじゃ)の如(ごと)く正面からぶつかったのもそうした状況をさらに悪化させる。だがガーディン軍もサクラの指揮のもと、諸都市の自治王達を巧(たく)みに兵を後退、立て直しを繰り返し、その隊を必要以上に乱さなかった。

「進め!反逆者(はんぎゃくしゃ)を叩(たた)き潰(つぶ)せ!」

「本気で立ち向かうな!適当に敵とやり合ったら軍を乱さず逃げろ!」

アルカディアの大戦でこれ程指揮の内容が対照的であったのは、このオルシーターの戦いのみであろう。羽(は)ばたく鳥の様に討(う)ち出しては退き、戦っては逃げていく。その羽ばたきながら五度目に差し掛かった時、討伐軍の将軍は逆転させる兵の叫びを聞いた。

「左辺後方に敵・・・!」

鳥の羽ばたきに引き寄せられ、大きく伸びきった蛇の喉元(のどもと)に喰らいついたのは、ティハーンの自治王銀月率いる騎兵隊(きへいたい)だった。

無愛想で修正不可能な性格(柚姫談)のこの男。ティハーンの自治王の信頼厚い優れた武将であるのは間違いない。草原の狼達が猛々(たけだけ)しい叫びを上げ、討伐軍を切り裂いていく様子は無駄一つなく、見事であると言えた。

「進め!他のものに気を取られるな、突き抜ける事だけを考えろ!」

銀月はそう命じ、自分も剣を振るって鋭(するど)く討伐軍に斬(き)り込(こ)む。その華麗(かれい)な死の舞は敵に恐怖(きょうふ)を、味方に士気(しき)を与(あた)えた。

ティハーンの騎兵隊による討伐軍二分は、敵に混乱を与え、時と共に成功しつつある。そして重なる様に伝令がガーディン軍内を駆(か)け巡(めぐ)った。

「全面突撃(ぜんめんとつげき)!」

それは一瞬にして広がり、ガーディン軍内は熾烈(しれつ)な反撃へと身を転じた。

剣を振り上げ、クールラントとガーディン騎士団が先陣(せんじん)をきる。

翼を広げた鳥は千切(ちぎ)られた蛇の頭に獰猛(どうもう)に襲(おそ)い掛(か)かった。

「ハアッ・・・!」

白狼卿と恐(おそ)れられるクールラントの柚姫も、この戦いの中で細身の剣を振り、紅(くれない)の花をその周囲に振り撒(ま)く。

彼女はクールラントの軍以外に、騎士団の指揮をガーディンの自治王に依頼されていた。

戦況に気を配り、兵をまとめているが、傍(はた)から見ると乱戦(らんせん)としか言い様のない中、サクラは巧(たく)みに各都市に指示を送り、討伐軍を撹乱(かくらん)させる。

敵味方の流れを読むサクラはふと眉(まゆ)を顰(ひそ)める。

「・・・おかしい・・・」

どこか敵の中にぎこちない動きがあるのだ。まるで何かを窺(うかが)うようなそんな動き。

――――気のせいだろうか・・・?

首を傾(かし)げ、側にいる長庵に訊こうと口を開きかけたサクラは、不意に背後で起こった怒号(どごう)と剣劇(けんげき)の音に振り向いた。

「裏切りだぁっ・・・!」

その叫びがオルシーターにおける第二の転機(てんき)の始まりとなった。

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