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A STORM OF THE PLANET

ハープを掻き鳴らす(かきならす)サクラの聴覚に、澄んだ声が飛び込んできた。

サクラはハッとして顔を上げる。庭園を挟んだ一階のテラスに歌声の主はいた。父が昔、歌っていた詩そのものの響きを口にする者が・・・。

「ケイ・・・?」

形はテラスの柱に凭れ(もたれ)、手摺の上に腰掛けていた。全身に月光を浴び、蒼い色に染まった黒髪を庭園の風がなすがままに吹き流す。ゴーグルの下の目は閉じられていた。

――――――まるで・・・。

ハープの音が不意に途切れた。ケイはふと顔を上げ、薄く目を開く。サクラのいるテラスを一瞥(いちべつ)し、顔を背ける(そむける)ように手摺から飛び降りた。

「待って・・・!」

慌ててサクラは彼を呼び止める。

「待って、ケイ!・・・一体いつからいたんだ?」

「・・・ハープの聴こえる前から・・・」

一瞬の沈黙の後、ようやくケイの声が返る。彼はテラスに通じる窓の横に身を寄せ、応えた。その声に小さな苦しみが含まれているのにサクラは気付いただろうか。

「・・・ここにいて・・・眠っていた・・・懐かしいハープの音で目が覚めたら・・・君が・・・いた」

「知っているのか?この詩を?」

サクラにケイの姿は見えない。しかしサクラは必死にケイの声を追う。あの時、空飛ぶ兵器に助けられてから彼女はケイに会っていなかった。サクラは兵を挙げるために時を忙殺(ぼうさつ)されていたし、ケイもサクラを避けていたのだ。

少しでも彼と言葉を交わしたいとサクラは思った。それは父を失った時と同じ気持ちであるのかも知れない。自分と対等に話の出来る人物を彼女は欲していた。

ある意味で彼女は孤独であったのだ。

「・・・ああ、この詩は俺達の・・・」

ケイは口を閉ざす。彼は言葉に迷い、不意に話題を変えた。

「サクラ、明日出陣(しゅつじん)だってな・・・」

「あ・・・ああ、今をおいて時期はなかった・・・」

「戦いはいつまで続くのだろう?」

「ケイ?」

彼の名前を口にしたサクラは、ふとある考えに胸を過ぎらせた(よぎらせた)。彼女はその考えを口にするのに大きな勇気が必要だった。

「ケイ・・・君は戦いが終わったら・・・出て行くつもりなのか?」

「・・・・・・」

「ケイ!」

ケイは無意識にゴーグルに手を当てる。

「助けられた借りは戦闘で返す・・・けど俺は・・・ここでは生きられん」

「何故?何故なんだケイ、・・・私は・・・」

サクラは問う。だがそれは虚しい(むなしい)ものである事を彼女は何故か知っていた。彼女は言葉を失い、そして一言呟くように言った。

「ケイ・・・私を同等に扱ってくれたのは君だけだ・・・他にはいないんだ、私には・・・」

風がサクラの髪を一方向に乱す。二人とも言葉はなく、沈黙を続けた。樹木のざわめきだけが静かな城の中を響き渡る。先にそれを破ったのはケイの方であった。

「・・・どんなに贖っても(あがなっても)・・・最後には皆、俺を畏怖(いふ)するようになる・・・」

彼はゴーグルから手を離す。

「俺は・・・永遠に呪われた存在だ・・・」

それきり彼の声は途絶えてしまった。サクラは彼の気配がその部屋から消えたのを知る。

彼女は再びハープに指をかけ、溜め息と共に下ろした。

「・・・・・・」

ケイは足を止める。

入り込んだ城の通路の奥で彼は人の息遣いをさっきから聞いていた。獲物を狙う狩人(かりうど)の様な人間の息遣いを。

「・・・俺に何か用か?」

空気に殺気が混じり、はしる。ケイは足を止めたままの格好でいるが、全く隙がない事を刺客は感じ取っていた。無言のまま白刃を閃かせ(ひらめかせ)、その一つがケイの背後に振り下ろされる。

「はっ・・・!」

体を沈ませ、剣を持つ腕を摑むと、もう一方の手を添えて投げ捨てる。もう一人の腹に拳を叩き込んだ。よろめき、数メートル向こうに避けた刺客達の灰色のマントが乱れ、その下から鎧(よろい)が見える。

「・・・・・・!」

刺客達は一斉に目を見張った。鍛えた(きたえた)鉄で造られた胸当てが不恰好にひしゃげているのだ。

「どうした?もう終わりなんて言わせないぜ。もう少し付き合いな」

そうさせた本人は全く気にも止めないで軽口を叩く(たたく)。じりじりと間合いを詰められ、刺客達は後退さる。

彼らは目前の男が戦いなれた戦士である事にやっと気付いたのだ。

その気になれば先の攻撃で二人は確実に失われていた。冷汗が背筋を伝う。刺客達は暗黙のうちに了解しあうと、一斉(いっせい)に襲い掛かった。

「・・・・・・!」

ケイはそれを受けるべくして構える。だが刺客達は彼の横を擦り抜け(すりぬけ)、背後の通路へと消えて行く。

見事な引き際にケイは思わず目を丸くしてしまった。

「は・・・・・・?」

一瞬、馬鹿を見たように思えたが、気を取り直して刺客達を追う。刺客達の姿はもうなかったが、気配と足音を頼りにケイは人気(ひとけ)のない右の通路を走った。下へ下へ、続く通路を駆け抜け、階段を一気に飛び降り、刺客達に追い縋る(おいすがる)。しかし、地下に降りたところでケイは刺客達を見失ってしまった。

「・・・何処へ行ったんだ・・・」

文句を呟き(つぶやき)ながら、ケイは周囲の気配を全身で探る。そんな彼には鋭い聴覚にコトリと微かな音が届いた。

――――下か・・・!

用心しながら階段を降り、ケイは最下層に降り立つ。もうこれ以上地下への階段は見当たらない。足音を立てずにケイは通路を歩いた。

この階は使われているのかいないのか、古ぼけた扉が左右に幾つ(いくつ)もあった。そのうちの一つの前でケイは歩みを止める。近付き、指で扉に触れる。彼の目はこの扉が違う事を見抜いていた。

「・・・新しい・・・」

巧妙(こうみょう)に他と同じくしてあるが、これは最近使われた跡が残っていた。ケイは扉に身を寄せ中の様子を探る(さぐる)。だが大きく重い樫(かし)の扉は中の気配を彼に伝えなかった。

仕方なく扉から離れ、いつでも反撃できる態勢を整え、大きく扉を開け放った。

「・・・・・・?」

部屋に足を踏み入れたケイに襲いかかるものは、ない。部屋には何もなかった。それと同時に彼の心に警告(けいこく)が走る。

「しまった・・・!」

素早くこの場から離れようとしたケイの背後でバタンと重い扉が閉まる。その上から厚いシャッター音が音を立てて落とされた。

ガシャアァ・・・ンッ

敵は初めから彼をここにおびき出すつもりだったのだ。

シャッターは合金製のもの、この星にはない。いくらケイであっても破るのは至難の技だった。

扉の前に立ち尽くすケイは何かが吹き出る微かな(かすかな)音に我に返る。振り向くケイの足元に白い気体が忍び寄るのを認め、青年は咄嗟(とっさ)に腕で鼻と口を覆った(おおった)。

「催眠ガス・・・!」

短く舌打ちし、ケイは重いシャッターに体当たりした。二度、三度・・・大きな音が辺りに響く。

それでもシャッターはびくともしなかった。ガスはその間にも部屋中に広がっていく。

ケイは激しく咳込んだ(せきこんだ)。咳込み、それでもシャッターに体当たりする。ぶつかり合う音が幾度(いくど)となく起こった。

「な、何て奴だ・・・通常の倍以上の催眠ガスが効かないなんて・・・」

「ええいっ・・・!もっとガスを流し込め!」

「しかし、そうしたら致死量を越えてしまいます」

「構わん!・・・今のを見てわかるだろう、奴は・・・化け物だ」

幾度目かの体当たりでケイはよろめき膝(ひざ)をついた。肩で大きく息をつき、胸を押さえる。

・・・苦しい。肺が燃えるように厚く、気管が痙攣(けいれん)を起こす。その度(たび)に血を吐きそうな程、激しく咳込んだ。

目が眩む(くらむ)のをケイは感じ、ぐっと目をつぶる。壁に縋り、立ち上がった。

ガシャア・・・ン・・・

ケイが拳(こぶし)をつけたシャッターが空しく響き渡る。だがそれはいつもの力を失っていた。

「・・・ちっ・・・くしょ・・・こんなモン・・・に・・・」

無意識にも近い形でケイは右方(うほう)のゴーグルに手を伸ばしていた。

手をかけ、それを取り外す前に彼は気付き、手を堅く握る。ケイは断念するように目を閉じると、床に崩れ落ちた。

ガーディン特有の澄んだ日差しが、朝の空気を一直線に貫く(つらぬく)。

その光は夥しい(おびただしい)程の甲冑(かっちゅう)に反射した。それは流される大河(たいが)の如く(ごとく)、内に激しさを包容(ほうよう)する大海(たいかい)の如く。

彼女は白馬に乗り、ゆっくりと歩ませながら甲冑の群れを見回す。だが目的の人物を捜す事は出来なかった。

小さく溜め息をつく彼女の側(そば)にガーディン騎士団長が馬を寄せ、名を呼ぶ。彼女は頷き抜刀(ばっとう)すると兵士達に鼓舞(こぶ)する言葉を凛(りん)とした口調で言った。

オオッ・・・

彼女の言葉を継ぐように兵士達は言葉を上げた。その声は風に乗り、草原を越えて、あたかも首都アルカディアに届くかのようであった。

        宇宙暦2574年

          アルカディア大戦 勃発

<第四章・終>

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