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A STORM OF THE PLANET

闇夜が忍び寄る庭園は、風がひそやかなざわめきを草木に与える。

夕闇に紛れ、高く低く流れるは澄んだハープの音。それはまるで奏者の気持ちを代弁しているかのように悲しくて儚げ(はかなげ)であった。音を流し行く風は、彼女の青みがかった暗い髪を揺り動かす。無心に音を奏でようとしても、暗く沈んだ気持ちは拭えない(ぬぐえない)。

何故ならガーディンの自治王として、彼女は決定してしまったのだ・・・アルカディアの現王エリオルとの戦いを。

出来れば避けたかった。戦いを起こせば多くの人血が流される。同じアルカディア人が殺し合う様などは見たくはなかった。

しかし向こうは奇妙な兵器を使い、各都市に攻撃を仕掛けてきたのだ。巨大な鳥のような武器で幾人もの人々が無差別に殺されている。そして数日前、サクラの命をも狙っていた。

この事実は各都市の自治王達に檄(げき)を与え、サクラ自身、戦いを決意せざるを得なかった。これ以上見捨て置けば、各都市に不満をもたらすだろうし、何よりも手遅れになる事態にだけは追い込まれたくない。サクラは各都市に使者を送り、決起を促した。

馬や兵、兵糧などを整え、いよいよ明日にも兵をアルカディアに向ける事になったのだ。

サクラの気持ちはいつになく暗い。

――――――・・・でも私はガーディン自治王サクラ=キノモト・・・。

少女は深く溜め息をついた。どんなに戦いが辛くとも、明日になれば彼女として振る舞わなくてはならない・・・心から。心からアルカディアの民を思うガーディン自治王として。

出来るだろうか?この私に・・・出来るだろうか?人が殺し合う現実を見据える(みすえる)事が。

今は忘れていたかった。ただ、このひとときだけは。サクラの指が音色をハープの弦より紡ぎ(つむぎ)出す。この曲・・・昔、父が教えてくれたもの。統治の様々な仕事の合間、彼はこの曲を弾きながら低いがよく通る声で歌を口ずさんでいた。それは彼の仲間で"風の詩人"と称されたファイの詩にも負けぬものであったと幼い頃の記憶に刻まれている。

声をかけていいのか迷い、柱の陰でもじもじしていたサクラを見て、父は笑いながら膝の上に抱き上げ、ハープの弦を一つ一つ弾いて教えてくれたものだ。その歌だけは異国の言葉だったので覚えるまでにはいかなかったのだが。

目を閉じると夜風の匂いが彼女にあの頃の風景を思い出させる。

『ほら、サクラ。今のところをやってごらん・・・』

ゆっくりと弦を掻き鳴らし、父はサクラの手にハープを握らせる。彼女は一つ一つ覚えた音を、忘れないように弾く。一小節やっと終わった所で父はにっこりと笑い、少女の綺麗な髪を優しく撫で、それを褒めた。

『上手いぞ・・・流石は私の娘・・・』

サクラは手放しで喜ぶ父の笑顔がどんな贈り物よりも嬉しかった。久し振りに父娘二人でいられる為、幼い少女は父の胸の中で甘え、続きの小節をねだる。

『・・・クロウ、そこにいるのか?』

不意に若い男の声が父の手を止めさせた。英雄王をこう呼ぶ者はただ一人なのをサクラは知っている。ついと視線を動かす父に従ってサクラは庭園を見下ろした。ひらひらと手を振り、自分の存在を教えた青年は、地を蹴って二階のテラスへと跳び上がる。

まるで重力を感じさせない跳躍(ちょうやく)で彼は二人の前に現れた。暗い色をしたマントが翻る(ひるがえる)。

バササ・・・ッ・・・

蒼白い月光が黒い羽根の一枚一枚、美しい翼の形を透かして(すかして)闇に映し出す。青年は音もなく手摺(てすり)の上に降り立った。彼の肩で大きな翼を折り畳む(おりたたむ)。

『・・・どうしてんです・・・?こんな夜更け(よふけ)に珍しいですね・・・』

英雄王は微笑みを向けた。

『すまんな・・・折角(せっかく)のお姫様と二人きりの所を邪魔して・・・』

『いいえ、貴方が来てくださって嬉しいですよ・・・』

それでどうしたのですか?と訊く(きく)彼の言葉に、青年はふと表情を曇らせる。

『・・・実は・・・明日、アルカディアを去ろうと思うのだ・・・』

『それは・・・』

一瞬、言葉が途切れ、英雄王は目を伏せる。

『早い出航ですね・・・もう少しここにいて下されば良かったのですが・・・』

『・・・いつかは出て行かなくてはならない。それが運命だ・・・』

『貴方にしては似合わぬ言葉ですよ・・・』

『一度言ってみたかったのだ』

無理に笑う若い王の長く美しい髪の一房(ひとふさ)を青年の指が掬い上げた(すくいあげた)。彼には青みがかった暗い色の髪に唇を寄せる。それがこの青年にとって最上の敬意(けいい)であった。

『クロウ、一つだけ願いがある・・・』

『何なりと・・・』

青年は手摺に腰掛け、口端に微かな(かすかな)笑みを浮かべる。その瞳は二度と会えぬ者だけに向けられるもの。

『お前の竪琴(たてごと)が聴きたい・・・俺にとって最後の・・・』

英雄王は頷き、ハープに手をかけた。

遠い日の彼方 落ちる星

暗きそらが 今日も流れる

星孕み(はらみ) 銀光を砕き(くだき)

進む我が(わが)船

星を受け 光を散らし

さすらうかな・・・

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