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A STORM OF THE PLANET

「何?それは本当か・・・?」

近隣からの使者に、サクラは軽く目を開く。此処は城のホール、各都市の使者と会う為の部屋である。

「どう思う、小狼」

薄茶の髪と琥珀の瞳の、どちらかといえば騎士よりも軍師風の男は頷く。

「キノモト様の思う通りかと・・・」

「・・・戦争・・・か」

ふとサクラは眉を顰める。だが彼女が実質的に口にしたのは、その思いに反する事だった。

「こちらも戦闘の準備をするよう各都市に伝えよ。王都の動きに目を配るのを忘れるな。そして時が来たら・・・私が決断を下す」

「はっ・・・」

頭を下げ、使者は彼女の言葉を伝えるべくホールを出て行った。・・・近い未来に起こるであろう戦いを頭に描きながら。

ケイのいる部屋の前に来たサクラは、一応ノックする。だが中から返事は無かった。

「ケイ・・・入るぞ」

そう言い、サクラは扉を開けた。

部屋の中に彼の姿は無い。見回すとテラスに続く戸が開き、この時期によく吹くそよ風にカーテンが揺れている。サクラは近付き、外に顔を出した。

「そこにいるのか・・・ケイ」

部屋から運び出されたのであろう机と椅子があり、ケイはその椅子に凭れて眠っていた。風に多少癖のある黒髪が乱される。サクラはその姿にくすりと笑った。

「仕方ないな・・・治りかけの体で動き回るから疲れるのに・・・」

風が少し冷たいので風邪を引いてしまうのを防ぐ為にマントを掛けようと思い、傍のマントに手をかける。

と、何処で触れたのか、机上の紙が何枚か散ってしまった。

慌てて拾おうと屈みこみ、彼女は手を止めた。

「・・・・・・?」

紙にはケイが書いたのであろう青インクの文字がぎっしりと詰まっている。だがそれはアルカディアの公用語ではなかった。

サクラはその文字の正体を知り、驚きの声を漏らす。

「・・・エクヌート語?まさか・・・」

それは古代アルカディアに伝わっていた神代文字であった。

今ではごく少数の者達が受け継いでいるだけの、それ自体に不思議な力を持つと言われる文字・・・それを何故彼が・・・?

澱みなく綴られた文章に、単なる聞き覚えや習学者の様子はない。彼ははっきりと以前からこの文字を知っていたのだ。

「一体・・・」

紙を手に茫然とサクラは立ち尽くす。それだけエクヌート語を知るというのは重大な事であった。

その時、人の気配を感じたのか、ケイが小さく身動きした。

はっとして振り返るサクラの耳にケイの小さい呟きが聞こえた。

「・・・ク・・・」

まるで親しい者を呼ぶような、悲しみを帯びた呟き。彼は閉じていた瞼をゆっくりと開いた。

「サクラ・・・?」

ケイは椅子から身を起こし、机上のものとサクラの表情に小さく舌打ちをする。

気付くのが遅かったのだ。目の前の少女はもう知ってしまっている。彼は自分の不注意を呪った。

「ケイ、お前は何故エクヌート語が書ける?これはアルカディアの神官か導師しか知らない筈・・・」

サクラの問い掛けにケイは沈黙する。そんなケイに、サクラは今まで一度も口にしなかった疑問を投げ掛けた。

「・・・お前は一体、誰なんだ・・・?」

「・・・・・・!」

サクラの追及に口を閉ざしていたケイはふと顔を上げた。何もない青空に何を見て取ったのかスッと目を細める。

次の瞬間、彼の足は地を蹴っていた。

「サクラ・・・・・・!」

ケイの両腕がサクラの体を抱え込み、その勢いで二人は部屋の中へ倒れ込んだ。

ガシャア・・・・・・ンッ

爆竹のような連打した破裂音と共に、窓ガラスが一斉に砕け、テラスの石の表面が弾け飛ぶ。ケイは倒れる寸前に片手を付き、サクラを抱え込んだまま部屋の奥へ飛び退いた。サクラの無事を確認し、彼は空を仰ぐ。

音が止み、砕けた窓の向こうに黒い影が怪鳥の如く通り抜けた。

「飛行戦闘機(コンドル)・・・?」

何故あれがこの星に・・・。苦々しい青年の声をサクラは聞く。

見上げた彼の表情は今までに見た事が無い程険しいものであった。戦闘機は旋回し、その翼に付いた機関銃で更に攻撃を加える。

バタンッ・・・

ケイは体ごと扉にぶつかり、サクラを連れて鉄玉の雨から逃れる。そこに衛兵と共に小狼が駆け付けた。

「一体どうしたのです?」

「行くな・・・お前達に勝てる相手ではない」

ケイは小狼にサクラを渡すと、衛兵の一人から鉄の槍を取って石の廊下を走り出した。近くの塔に続く階段を駆け上がるケイの脳裏で計算が一瞬のうちに成り立っていく。

「・・・飛び立った奴はもう一度旋回する・・・現れたのが南東だから今行けば・・・」

槍を手に信じられないような速さでケイは階段を駆け上がり、屋上へ続く階段を開いた。

バンッ・・・

四角く切り取られた青い空を背景に、戦闘機の黒々とした影がケイの目に飛び込む。ケイは屋上に走り出た。

機関銃が火を噴き、ケイの周囲で弾けた。両腕で体を守るように立つ彼の前方に戦闘機の機体が迫る。不意にケイは石床に両腕を付いて屈み込み、それをバネにして飛んだ。

「・・・・・・!」

ケイの体は戦闘機の高さを越えていた。通常では有り得ない跳躍力である。

彼は飛び越えざまに槍を突き立てる。槍は手の装甲を破り、コントロール装置を恐ろしい程正確に撃ち抜いた。コントロールを失った機はケイを乗せたまま真っすぐに都市の城壁の向こうへと飛んで行く。機体の上で風圧をもろに受けながらケイは機体の溝を片手で摑み、もう一方で槍を引き抜いた。彼のゴーグルが電子音を立て、光が濃い硝子の上を点滅する。それにより彼は狙いを定め、風圧を利用して更に跳んだ。

「はっ・・・!」

気合と共に尾翼付近に槍が立ち、メキメキと音を立てて沈みこむ。引き抜くと黒い液体が槍について溢れ出た。

彼は今度こそ機体から飛び退く。風に煽られる体を立て直した時、後方でオレンジ色の光が生まれた。

ドオオッ・・・

爆風が起こり、圧力が下に落ちるばかりであったケイを吹き飛ばす。ケイの視界に都市を取り囲む城壁があった。彼はそれを待っていたのだ。

ケイは槍を振り上げ、垂直に思いっきり突き立てた。城壁の石が槍の先で砕け散り、力の勢いでやはり城壁に一直線の溝を造りながら滑っていく。

「だあああぁぁ・・・・・・っっ!」

ガリガリと異様な音が叫びを上げる。槍は重力の法則に従って石を砕き落とし、石は破壊の力を呼吸してくい止めようとする。

それは地上3mの高さでようやく止まった・・・止まってくれた。

槍にぶら下がり、ケイは一つ大きな溜め息をつく。

「はぁ・・・ぎりぎりセーフ・・・」

自分の悪運に感謝しつつ、この高さなら降りるのも簡単だなと見下ろす地面に、自分の影以外の黒い影が大きく翼を横切る。ケイは顔を上げた。

それは青空一杯に翼を広げ、ゆっくりと飛ぶ大きな鳥であった。光の具合で蒼く輝く暗い色を持つアルカディアでは見掛けないその鳥はぐるぐるとケイの頭上を旋回する。

「キルト!」

ケイは鉄棒をするように体を揺らし、槍の上に軽々と立ち上がる。空に向かって差しのべた腕に鳥は舞い降りた。

「キルト・・・良かった、生きていたか・・・」

キルトはクークーと嬉しそうに鳴きながらケイに擦り寄る。

そんなキルトの喉元を指先で撫でる青年の瞳に不敵な光が浮かんでいた。

「それじゃまあ・・・反撃開始だ・・・」

都市は賑やかさを取り戻していた。

先程の出来事も忘れさせる通りの人込みの中、彼は歩いていく。

ガーディン騎士団の紋章が入った槍を持つ、少年の面影を残した彼を人々は振り返った。

所々擦り切れ、破れた軽装衣に乱れた黒髪。黒曜石を透けるまで磨いたかのような濃いグラスを嵌め込んだ奇妙なゴーグルを隻眼の上にかけた彼は、周囲の視線を全く無視し飄々とその肩で蒼い輝きをまとわり付かせた黒鳥が羽根を小さく震わせる。

「・・・そこの御人・・・」

ざわめきをも通し、低い掠れ声が呼び止める。彼は立ち止まり、首を巡らせた。

「・・・・・・」

立ち並ぶ店の連なりが一旦切れる。狭い路地近くの路上にその者はいた。薄汚れた深青のマントに着られた老人が一人、草を編んだ敷物の上に座す。その前には見事な紋章が刻まれたカードが置かれている。

老人は占術者であった。優れた術者なのか、数人の者が側に集まっている。それが呼び止めたのだ。

「・・・何か用かい・・・?」

槍を担いだままケイは答えた。老人は被ったマントの下から落ち窪んだ眼光をケイに向ける。

「凄まじい程の凶星がお主の背に見える・・・珍しい事よ、これほどの凶星を背負うとは・・・」

枯れた占術者の手にカードが伸びる。気付かぬ速さでカードは切られ、裏にした一枚の敷物の上に置かれる。

「凶星は強星よ・・・輝ける闇星・・・」

呪文の如く占術者は呟き、もう二枚を両側に置いた。

手がひらめき、左側のカードが表にされる。そこには双頭の蛇が絡み付く図が描かれていた。

「双の蛇はガイアの胎内より出でしもの・・・裏に潜むあやかしの象徴・・・」

次に右側のカードが引かれる。逆さまに突き立つ複数の剣。

「逆は反逆、反乱の兆し・・・」

占術者の手が最後の一枚に伸びる。折れた指がカードの側面に当てられ、次の瞬間には、カードは置かれた場所から弾き飛ばされた。

ヒュッ・・・

空を切る微かな音がし、ケイの両腕が無造作に上げられた。ケイに向かうカードはその軌跡を変え、不自然な飛び方で占術者の指に捕らえられる。

だがそれが先のものと違う事に誰もが気付いた。

刃渡りが掌ぐらいであろうか、細身の短剣がカードに生えている。占術者はカードの中央を射抜いたそれを意に介さず、指の中で裏返しした。

CASTLE――――――城が描かれている。だがその背後は暗く、全くの暗闇。

「敵はその内に有り――――――気を付ける事だよ・・・」

何事もなかったかのように占術者はカードを他のものと合わせている。カードから剣が抜け、敷物の上で砕け散った。

「有り難い忠告だな・・・だが行かねばなるまい・・・・・・?」

ケイは踵を返す。彼の肩からキルトが翼を広げ、飛び立った。

人波に消える後ろ姿を見ているのかいないのか、占術者はマントの下に手元のカードを入れる。彼は笑っていた。全身をマントで隠しているにも拘らず、占術者が笑みを浮かべているのがわかった。

占術者は立ち上がり、足を引きずるように背後のテントの中へと消えて行く。テントの幕が通りの喧騒を隔て、代わりに薄暗い部屋へと浮かび上がった。

「どうだ・・・?見つかったか」

不意に老人に声がかかる。部屋の中に誰もいない訳では無かったのだ。

術者らしい異国の様々な物品が不思議な気配を漂わせる空間の一画にその者はいた。ゆったりとしたカーキ色のマントを着こなした長身の青年は、手の中で遊んでいた円曲形の短剣を蛇をあしらった黄金の柄に納め、側に置く。その格好や褐色の肌は、西方の砂漠の民出身である戦士のようであった。

だが彼は砂漠の民とは決定的に違っていた。それは彼の髪である。砂漠の民は茶系の髪をしているが、彼の癖のある短髪はこの薄暗がりの中でさえも僅かな光を反射させる黄金色なのだ。

それはアイスブルーの瞳とあいまって獅子の風貌を彼に与えていた。

「・・・ああ、やはり先の爆発は彼が起こしたものだった」

青年の問いに応じる声。だがそれは一体誰から発せられたものなのか?この部屋には黄金の髪の青年と老占術者がいるだけである。声は涼やかな青年のものだ。

まさかこの老人の皺枯れた声帯から出ているというのか・・・。

「憎らしい程元気ですよ。まだ怪我があるようだけど、腕は鈍っていない・・・」

やはり声は占術者から発せられていた。老い枯れ、ぼろの塊のような老人が若い青年の声と口調で喋るのは些か奇妙な光景だとしか言いようが無い。

「そうか・・・やはり探していた甲斐があった」

「ええ・・・」

くすくすと占術者は青年の声で笑う。

「彼はやるつもりですよ・・・このアルカディアで」

「そう来なくてはな・・・」

青年はニヤッと口端に笑みを浮かべる。傍らの机上から長剣を取り、肩から背負った。

「俺は一旦船に戻るが・・・お前はどうする?」

「・・・・・・ぼくはまだガーディンに残っていよう・・・気になる事もあるのでな・・・」

言葉の最後の方を嗄れた老人の声と口調に戻し、占術者は部屋の隅にわだかまった。

ターバンを破り、黄金の髪を収めた青年はマントを羽織り直した。巧妙に髪と瞳を隠してしまえば、目を引くことはない。

部屋の影のような老人に人差し指と中指を立てて振ると、青年はテントの幕に向かいながら呟くように言った。

「・・・面白い、久し振りに暴れさせていただこうか・・・」

<第三章・終>

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