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A STORM OF THE PLANET

都市が見渡せる塔の屋上の端に腰掛け、ケイは何をする訳でもなくボーッと都市を眺めていた。本当に何もする事が無いのだ。あれから数日後、やっと起き上がれる様になったケイが行動を許されたのはこの塔だけであった。

何でも今は情勢が悪く、いくらこの都市を治める君主が助けたとはいえ、得体の知れない余所者を見過す程寛大な延臣は珍しいらしい。手をあわせるサクラに、ケイは笑ってそれを承知した。当然だと思う。

何せあれから一言も自分に関する言葉を口にしていないのだから。

そういう訳で彼は毎日屋上に上がり、暇潰しをする身となった。

足元に広がる石造りの都市は、周囲を高い城壁に囲まれた城塞都市である。要塞都市ガーディン、それがこの都市の名だとケイはサクラに教えられた。

「・・・・・・っかしまぁ・・・すごいな・・・」

連立する塔や軒を連ねる家々。都市計画によって造られた整然さがそこにあった。整然さだけでない。ケイの目は、風によって運ばれるガーディンの街の音をも感じていた。

街を歩く人々のざわめき、商人の声や路道を駆ける子供達の賑やかな笑い声・・・数え上げればきりがない生活の匂いをケイは全身で抱きしめる。今まで巡って来た都市や国においても、ここまで暖かい空気に満ちた都市は稀であった。

―――・・・心地良い・・・この都市は何て優しいのか・・・。

街に出てみたいとケイは考えた。どんな街なのだろう。異国の文化が入り交じる交易の街なのか、それとも日々を静かに暮らすささやかな街なのか。塔の上を囲む石壁の上に足を乗せ、ケイはしみじみと下を見下ろした。

「・・・うーん・・・ここから降りられるかなあ・・・」

足場も何も無い所を見つつ、かなり物騒な事を青年は呟く。

そんな彼の背に不意に声がかけられた。

「何しているんだ・・・・・・?ケイ」

聞き覚えのある声に、思わず身を起こしたケイは、その石壁の上から足を滑らしてしまった。

「だあぁ――――っっ」

「ケイ!」

慌てて駆け寄るサクラの目の前でケイは必死に石の端をよじ登る。ようやく屋上に戻ったケイは大きく溜め息をついた。

「あ――――。お、驚いた・・・」

「大丈夫か?ケイ」

心配そうなサクラに大丈夫と答えようとして青年は言葉を止める。

「・・・・・・」

服の右肩に滲む血にサクラも気付く。彼女は咎める様な表情でケイを見た。

「ケイ、お前・・・」

「わ――――っっと、そんなに怒った顔で見ないでくれよ。もう起きれるんだから大丈夫だ」

「ケイ!」

サクラの手を逃れ、ケイは塔の飾り台にヒラリと飛び乗る。

仕方が無いなという風に腰に手を当て、サクラは彼を見上げた。そしてわざと大きく溜め息をつく。

「・・・あーあ、暇そうだったから街へ連れて行こうかと思ったのになぁ・・・」

「え?」

ケイは目を丸くした。

「・・・・・・でも俺は・・・・・・」

「ああ、うちの重臣達だろ?・・・・・・放っとけ放っとけ、どうせ口うるさい連中なんだから。気にしていたら足りなくなるぞ」

言いたい放題言っておいてサクラは振り向き、くすりと笑う。

「実は此処だけの話なんだが、この塔には秘密の出入り口があるんだ・・・そこから出れば誰も文句は言わないさ」

「・・・そんなことを俺に言ってもいいのか?・・・俺が君の臣下達の言う敵だったらどうする」

「まさか」

聡い灰色の瞳がケイの隻眼を見上げた。

「お前は敵ではないさ」

サクラは言う。

「私の瞳にお前は敵とは映らない、それで充分だ。・・・そんな悲しい瞳で私を見るな」

「え・・・?」

少女の何気ない一言にケイは身を固くする。だがサクラはそれに気付かなかった。

「だから行こう。こんな所にいても私の都市はわからないよ」

「あ・・・ああ」

ケイは台の上から急いで飛び降りた。

数十分後、ケイとサクラは賑やかな街の中にいた。

彼女は本当に言葉通りに抜け穴を使い、外に出た。サクラが言うには城の者は心配性だが、別に強制や監禁をしていないので目の届かないうちに行動した方が勝ちなのらしい。ケイに関してもとやかく言うが万一の事を考えてという事だった。

「・・・だから連れ出すのもこうやってこっそりやればいいのさ」

誰も文句は言わない、言えない。ケイはそれを聞きながらそんなものかと頭を悩ませた。

城塞都市ガーディンは非常時は堅固な城となるが、普段は大陸の旅人や行商人で賑わっていた。馬車や人々が行き通う道の両端には様々な店が立ち並び、客を呼ぶ人の声が響いている。

サクラはよく街に出歩くらしく、街に住む人々は皆にこやかな笑顔で彼女にお辞儀する。その横でケイは青いマントを頭から被った格好で歩いていた。堅苦しい服は厭だと動きやすい簡素な服を着た彼にこれだけはしていろとサクラが押し付けた物だ。

これならばこの土地で珍しい黒髪や、顔なども隠せて都合がいいし、従者に怪しまれない。

「・・・すごい活気に満ちた街だ」

人や物の多さに目を見張るケイを横目でサクラは微笑む。

「そうだろう?ここは大陸を南北に分かつ平原を領地としているので交易が盛んなんだ。・・・東西南北の品々が何でもここに揃っているぞ。ケイ、お前の国のものもあるかもしれないな」

「・・・だが海からは遠くないか?」

「オーウシャの海へ流れる川が近くを通ってるんだ・・・あ、そうするとケイはネレイアの海から来たのか。・・・残念だなあ、あそことはとても遠くて交易がないんだ」

そんな会話を交わしながら二人は往来を歩いていった。

「・・・あれだ・・・あの騎士・・・」

「あんな小娘がガーディンの自治王とは・・・」

物陰に潜むように立つ数人の男達が、サクラの姿を視界に入れる。彼らは互いに頷き合うと、スッとその場を離れ、散っていく。異変が起こったのはそれから数秒後であった。

「暴れ馬だ・・・!」

叫び声と共に、派手な音を立て台が倒れ、悲鳴が上がった。散乱する品物や逃げ惑う人々の間を、一頭の黒馬が駆け抜ける。

口から泡を吹き、正気を失った眼をして前方にあるもの全てを蹴散らした。

「うわっ・・・?」

慌てて他の者と同じく逃げようとした子供が運悪くつまずいて転んでしまった。ようやく起き上がる子供の視界いっぱいに暴れ馬が迫る。

成す術のわからぬ人々の中、ただ一人動いた者がいた。

「借りるよ・・・!」

そう言うなり、ケイは店頭に置かれた鞘付きの短剣を取り上げ、振り向きざまそれを投じた。短剣はうなりをあげ、暴れ馬の首筋に打ち当たる。その衝撃で馬脚が乱された隙を突き、ケイは子供を庇う様に間に立ち塞がった。嘶き、棒立ちになる黒馬の勢いにフードが外れ、ケイの黒髪とゴーグルの隻眼が露わになる。

「ケイ!」

一瞬の出来事に叫んだサクラは、灰色の瞳を大きく見開いた。

先程まで興奮して嘶いていた馬が鳴くのを止め、じっと目の前の青年を見下ろしたのだ。馬はあげていた前足をストンと降ろす。

ケイは表情を崩すと、彼をおどおどと見つめる黒馬の首筋に触れた。

「大丈夫だ・・・お前が暴れる理由などないものな・・・」

馬の鬣をまさぐるケイの手が何かを見つけ、引き抜く。

瞳に正常さを取り戻した馬は、もうすっかり大人しくなっていた。

「ケイ!」

サクラが息を切らしながらケイに駆け寄る。ケイはまだ地面に腰を付いている子供に手を差し延べた。

「・・・大丈夫か?」

茫然とした子供の瞳が、硝子で出来た奇妙なものをかけた隻眼の異邦人の顔を映し出す。

「"蒼の人"だ・・・!」

甲高い子供の嬉しそうな声が青年に微かな戸惑いを与えた。サクラはその言わんとする事を知ったのか、慌ててケイの頭にフードを被せる。彼女の腕と布の間からケイは周囲の人々が皆こちらを見ているのを知った。

「・・・サクラ、これは・・・?」

「・・・しまったなぁ、こんなにウケるとは思ってもみなかった」

困った顔でサクラはぼやく。その意味を問おうとケイが口を開きかけるが、更なる"困り事"が人々の間をかきわけて現れた。

「暴れ馬が出たというのはここか?」

おそらく誰かが都市の警護隊に通報したのだろう。数人の兵士がその場を収拾すべくやって来ていた。その中で、騎乗した初老の男がサクラを目にして「ややっ!」と声を上げた。

サクラは小さく舌打ちをする。

「翁だ・・・全く何でよりによって・・・」

彼女はくるりと踵を返すと訳の分かっていないケイの手を引いて、走り出した。

「逃げるよ・・・!」

「あ、ああ・・・」

背後に起こった騒ぎと、老人の「お待ち下さい」という叫びを聞きつつ、ケイは改めてとんでもないお姫様に遭ったものだと思った。

二人は狭い石畳の路道を右へ左へと曲がりながら駆け抜けていく。ここならば馬を使うのも困難であるし、怪我をしているケイがサクラの軽快な速さに付いていってるのもあって、追っ手の兵士は容易に突き放した。

「こっちだ!」

「何処へ行くんだ、サクラ」

「"自由の神殿"に。ほら、あの建物がそうだ」

サクラの指し示す方角を見ると、成程古臭い建物が家々の間から見え隠れしている。それを目指して二人は路道を走った。

ちょっとした噴水の広場を抜け、神殿の階段を駆け上がる。

大きな石の扉をサクラは押し開け、ケイに中に入るよう手招きした。

ガタンッッ・・・

扉が閉まる音がやけに木霊する。そこには大きな柱と壁が連立した巨大なホールであった。薄暗い空間の向こう側に誰かがいるようで、ケイは目を凝らす。

「・・・・・・?」

それは巨大な絵画だった。奇妙に組み合わされた様々な姿をした人々の影が壁いっぱいに時を封じられて並んでいる。剣を持つ者、槍を携える者、燃え盛る炎の中で弱い者を助け逃れる者。その全てが生と死の狭間で生きようとする眩しさがあった。

「・・・知っているだろう?これはアルカディアの独立時代を描いたものなんだ・・・」

サクラの囁く声がホールに木霊し、消える。

その昔、この星はある巨大な帝国の支配下にあった。帝国は星を渡る船を持つ巨大な他星の国家。剣と槍などの己の体の一部となる武器が唯一のものであるアルカディアには勝つ術はない。

それでも誇りを持つアルカディアの人々は、この無謀な独立戦争を始めたのだ。

「"力とは自分自身を内包するもの"・・・剣はその象徴だった。だから誰一人として帝国の使う不可解な武器を使うことはしなかった。それは自分の誇りに反するものだったから」

何度も危機に陥りそうになりながらも、人々は自由の旗の元に戦いが無駄にならない事を信じて。

歩いていた二人の足が止まる。ケイは片方だけの目を細め、絵を見上げた。

「・・・・・・・」

独立時代、人々の先頭に立ち勝利を導いた戦士達がそこには描かれていた。

鎧を身に纏い、得意とする武器を手にした者達は、独立時代をその"力"故に華麗に苛烈に生きたその姿のままの肖像となって立っていた。

巨大な戦鑓を手にした男は雷獣・黒鋼、龍を形容した鎧と水晶の剣を佩く男は海騎士・龍王、目の覚めるような紅の髪をなびかせ、白馬に跨る美女は白駿王・乾闥婆、空飛ぶ鉄の兵器さえも射落としたと言われる飛翔弓を構え、宙空を見上げる青年は風の詩人・ファイ・・・。

数々の伝説を生み出し、吟遊詩人の間で語られる英雄達の中央には将軍であった若き英雄王、クロウの姿があった。

青みがかった暗い髪、覇気に溢れた灰色の聡明な瞳・・・振り向くケイの視界に入った少女は紛れもなく英雄王の忘れ形見であった。

「ケイ・・・さっきお前が疑問に思っていた事があっただろう?・・・・・・"蒼の人"とは彼なんだ」

サクラはそう言って英雄王の傍らに立つ一人の男を指さす。

ケイは黙ったままそれを見つめた。

その青年は明らかに他の者達とは違う空気を孕んでいた。

暗い色の服とマント姿の青年の腕には、光の具合で碧い輝きを放つ一羽の黒鳥が半ば翼を広げて止まっている。鎧どころか武器さえも無い青年、だが他の誰よりも強さを感じさせた。

「・・・彼は異邦の戦士・・・苦戦していたアルカディアを勝利に向かわせた・・・」

大地は爛れ 天は緋に染まり

人は傷付き地に伏し 鉄の戦車が全てを薙ぎ倒す

希望なき戦い 幾千夜続き

開けぬ闇星に光投げかん

暁の嵐 吹き渡る時

輝ける刃無き剣を携え

その者 暗き翼にて降り来たるなり・・・

不意にケイは絵画に背を向け、歩き出した。慌ててサクラもその後を追う。

「ケイ・・・?」

「・・・俺はやだね。そんな伝説じみた奴の話なんか」

歩きながら彼はふてくされたように言う。

「だって考えてもみろよ。あの独立はアルカディアの人々によって成ったものなんだ。それをたかが一人の人間のお陰みたいに言って・・・そんなのばかりに頼っていては、いつまでたっても救世主願いの努力なしになっちまうだろう?」

「でも伝説を支えにして、戦っている人もいる」

サクラはケイの物言いに少々驚きつつも反論する。

「そうだ・・・」

くるりとケイは振り返り、後ろに立つサクラを正面から見た。

「そうだ、だけどわすれちゃいけない・・・戦いは自分の意思、勝ち取るのは自分なんだ。過去や伝説なんかじゃない。今、この場にいる者総てなんだ」

「だが私は・・・私の記憶にある"彼"は伝説じゃない・・・」

サクラは言う。ケイははっとして口を閉ざした。

彼は黙ったまま背を向けると、今度こそ振り返らずに歩き出した。

・・・エリオル王の絶対王政に、自由民であるアルカディアの自治都市の人々が反発するが、彼の軍隊によりその多くは力で抑えられる事となる。

そんな中、北大陸の都市が国より独立、英雄王クロウの娘・サクラ=キノモトを君主として、アルカディアを二分する戦いが起こった・・・

・・・それから数年後、宇宙暦2574年

         未だ戦いは終わらない・・・

<第二章・終>

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