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To My Dearest

翌日は、2月14日。誰もが承知の通り、この日はバレンタインデーだ。

柚姫(ゆずき)は、マスターの国分寺稔(こくぶんじ・みのる)に、

「稔様。お茶のお代わりは?」

と、聞いた。

稔も、柚姫とケーブルで接続しているディスプレイと向き合いながら、

「うん…頼む…」

と、答えた。

柚姫はさっそく、慣れた手つきでお茶のお代わりを入れ始めた。

そして、なみなみと注いだティーカップを稔に手渡そうとしたその時、いきなり稔からあるものを突き出された。

今時の女の子がよく使いそうな、封筒だった。

「この中に…カードを入れてあるんだ…」

照れた顔をしながら、稔は言った。

「え…?あの…?」

さすがの柚姫も、戸惑い(とまどい)を隠しきれない。

「今日が…バレンタインデーだって事は…知ってるよね…」

「はい」

「聞いたんだけどさ…女性が男性にチョコレートを送るのは…日本だけなんだってね…ヨーロッパとかでは…男性が女性に向かって花とかカードとかを贈るのが普通なんだって…」

照れから来ているのか、稔の口調はたどたどしいものになっている。

「ありがとうございます…稔様…」

パソコンとはいえ、柚姫も女の子。こういうキザな事をされて、うれしくないはずがない。

「開けてみても…よろしいですか…?」

「どうぞ…」

うれしいはずなのに、お互いの顔を見合わせられない。

柚姫は、封筒の封に手をかけた。

と、その時、「ピンポーン」という音とともに、ディスプレイに稔が所持しているメイド型パソコンの顔が表示された。

「どうしたの?」

「お客様です。黒鋼様とファイ様がいらっしゃいました」

メイド型パソコンは、事務的口調で答えた。

「ああ。さっき本須和さんが電話で言ってた、異世界とやらから来た人か。パソコンの説明を頼まれたんだっけ。こっちに案内して」

こう言いながら、稔はペンタブで指示を出した。

「このカードは後で読ませていただきます。お客様の分のお茶をご用意しますね」

柚姫は、コードをはずし、封筒をエプロンのポケットにしまうと、新しいお茶を入れに戻っていった。

「もう少し遅く来て欲しかったのに…」

ため息をつきながら、稔は独り言をつぶやいた。

その頃。

すももの元マスター・新保弘(しんぼ・ひろむ)は、市役所の出入り口の柱にもたれかかっていた。

まもなく、出入り口の方から、一人の女性が彼に近づいてきた。

彼女の名前は清水多香子(しみず・たかこ)。新保と本須和が通っている予備校の教師で、新保のフィアンセでもある。

「出してきたよ。離婚届≪りこんとどけ≫」

そう言う多香子の顔には、さびしそうな表情は見られなかった。それどころか、彼女は微笑を浮かべている。

「ダンナはよくOKしてくれたな」

「もうパソコン命!!って感じだからね、あの人は。ルンルン気分でパソコンと一緒にマンションから出ていったし」

「俺はそんな事絶対ぇやんねーからな」

そう言いながら、新保は多香子の後ろに回りこみ、優しく抱きついた。

「ちょっと! 人が見てるよ!」

「いいじゃねえか、減るもんじゃなし」

「で、これからどうすんの?」

「とりあえず、CLAMP学園大学部、受けてみるわ。受かるかどうかまだわかんねえけど」

「あたしがずっとつきっきりで教えてあげたじゃん。絶対に受かるって」

「そ…そうか?」

「あ、そうそう。今日はバレンタインデーだっけ」

そう言いながら、多香子がポケットから取り出したのは、キットカットだった。

「縁起≪えんぎ≫を担≪かつ≫いでこれにしたんだけど、手作りチョコの方がよかった?」

「いや、多香子がくれるものなら、なんでもいい」

「それじゃ、入試本番に向けて、あたしのマンションでこれから重要拠点チェックするぞー!」

「ういーっす!」

仲良く手をつなぎながら、二人は家路に着いた。

やはり同じ頃。

「欧風菓子チロル」は、ちょうど休憩時間だった。

小狼は、コーラを飲みながら一息ついていた。

すると、サクラが、

「あのね…小狼君…」

と言いながら近づいてきた。

「あ、えっと…何か?」

小狼は、あわててサクラの方に体を向きなおした。

「たった今、店長さんから教えてもらったんだけど…こっちの世界では、今日はバレンタインデーっていう日なんだって…それで、この日は女の子が男の子にチョコレートを送る日だって…」

サクラの口調は、たどたどしいものとなっている。

「あ、そうなんですか…」

小狼は、サクラの口調に疑問を感じながらも、返事を返した。

「だ…だから…これ…小狼君にあげる!!」

そう言いながら、サクラが精一杯の勇気を振り絞(しぼ)って小狼に手渡したのは、かわいくラッピングされた小さな包みだった。

「え…あ…あの…?」

いきなりの出来事に、小狼は戸惑ってしまった。

「たった今…店長さんから作り方を教わったばかりだから…味の保障はできないけど…わたしの記憶のために…小狼君…がんばってくれてるから…その…感謝の意味で…」

一つ一つの言葉を選びながら、サクラは言った。

小狼は、包みを受け取りながら、

「姫が心を込めて作ったチョコレートですから、おいしくないわけがありませんよ。ありがとうございます」

と、やさしい口調で言った。

それを聞いて安心したのか、サクラの顔の表情が明るくなった。

その時、店の入り口のドアについた鈴がけたたましい音を立てた。

誰かが店に入ってきたのだ。それも、ものすごい勢いで。

「いらっしゃいま…って、裕美ちゃん!?」

植田店長は、思わぬ来客に驚いた。

裕美はかなり意気込んでいた。その表情はまるで、これから死地へと向かう戦士のようだった。

「あ…あの…店長…これ…受け取ってください!!」

先刻のサクラと同様に、裕美が精一杯の勇気を振り絞って植田店長に手渡したのは、やはりかわいくラッピングされた包みだった。

「え…えっと…?」

いきなりの出来事に、植田店長も先刻の小狼と同様に戸惑ってしまう。

「あの…ずっと前に店長から教わった作り方で作ったんですけど…来年はもっとちゃんとしたやり方で作ってきますんで…今年はこれで勘弁してください!!」

そう言いながら、裕美はぺこりと頭を下げた。

だが、植田店長は、

「作り方なんて、僕は気にしていませんよ。それよりも、問題は裕美ちゃんの気持ちが入っているかどうかです。このチョコは、ありがたく受け取らせてもらいます」

と、優しい言葉をかけた。

「あ…あの…これからもこの店に来てもいいですか…?」

と、裕美が聞く。

「ええ。いつだって大歓迎ですよ」

と、植田店長。

「ありがとうございます!!」

裕美は、それこそカウンターに乗り出す勢いの声で、感謝の意を表した。

それから数時間後。

本須和がアパートの部屋で、受験本番直前の最後の追い込みをかけていると、

「ただいま秀樹!」

と言う元気な声とともに、ちぃがバイトから帰ってきた。

「おかえりちぃ!」

ちぃが帰ってきたうれしさからか、本須和の声もどこか弾んでいる。

すると、ちぃは

「秀樹、これ…」

と、言いながら、やはりかわいくラッピングされた包みを、肩からかけていたポシェットから取り出した。

「え…?これって…」

本須和も、小狼や植田店長と同じ反応をした。

「このチョコレート、店長から作り方教わった。秀樹にあげる」

そう言うちぃの口調には、サクラや裕美のような緊張やためらいなどの表情はない。だがそのまなざしは、人間の女性が愛しい人に向けるまなざしと同じものだった。

「オレにくれるのか!? オッシャア!! 母親以外から初めてバレンタインチョコもらったぁ!!」

と、本須和はつい興奮してしまった。

「マスター、コングラチュレーションですー!!」

すももがくるくる回りながら本須和を祝福した。

「まあ、何はともあれ、おめでたい事のようですね」

ポーカーフェイスの琴子も、うっすらと微笑を浮かべながらこう言った。

ひとしきり興奮した後、本須和は、

「ちぃ、ありがとな」

と、感謝の意を表した。

「秀樹、受験ファイト!」

ちぃは、受験本番に臨む本須和を励(はげ)ました。

〜第3章・完〜

…第4章につづく

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