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To My Dearest

「うっしゃあ! 本須和ー! 大村ー! 店開けるぞー!」

という声が、「居酒屋よろこんで」の店内に響き渡る。

その声に、回転の準備作業をしていた青年と少女は、右の拳(こぶし)をぐっと握りながら、

「よろこんで!」

と答えた。

青年の名は本須和秀樹(もとすわ・ひでき)。

この店のバイト店員で、現在大学合格を目指して予備校に通っている浪人生である。

少女の名は大村裕美(おおむら・ゆみ)。

同じくこの店のバイト店員の女子高生だ。

「新人! これから店開けるから、お前らも気合を入れとけよー!」

と、声の主である店長が、本須和と裕美とは別の方向に同じような声をかけていた。

その声に対し、淡い栗色の髪の青年の方は、本須和たちと同じように、

「よろこんで!」

と答えていたが、もう一人の黒髪の青年の方は、「フン!」と言うだけで掃除道具の後片付けに取り掛かっていた。

「あれー?黒ちんはなんで『よろこんで!』ってやらないのー?」

と栗色の髪の青年。

「その『黒ちん』てのはやめろ!」

と黒髪の青年が突っかかる。

栗色の髪の青年の名は、ファイ・D・フローライト。セレス国の魔術師(ウィザード)だ。

黒髪の青年の名は、黒鋼(くろがね)。日本国・白鷺城の城主である、知世姫を警護する忍びの頭領だった。

「でもさっき、本須和さんが『よろこんで!』について教えてくれたじゃん」

「バカらしくってやってられっか!」

「素直じゃないな〜黒たんも」

「その妙ちくりんな呼び方もやめろつってんだろ!いつも!いつも!!いつ何時(なんどき)においても!!!」

まるで漫才のような二人のやり取りを見て、裕美がくすくすと笑いながら、

「おもしろいですね〜あのお二人。お二人とも確か、本須和先輩のお知りお会いなんですよね?」

「まあ、あの二人にここでバイトやらせるように店長に話をつけてもらったのはおれだけど、『お知り合い』ってわけでもないんだよな」

「えっ?そうなんですか?」

「うん。あの二人に会ったのはまだ今日の昼間の事だったし。わかってるのは、悪人ではなさそう、って事ぐらいかな?」

と、本須和。

数時間後。

本須和とファイと黒鋼の3人は、帰宅の途についていた。

「アパートに帰る前にちょっとよりたいところがあるんだけど」

「だったらついでにお付き合いしますよ。黒ぷーもいいでしょ?」

「別にかまわねえがな」

「ところで、本須和さん。一つ聞いてもいいですか?」

「歩きながらでいいかな?ファイさん」

「全然オッケーですよ〜今こうやって見てみると、このあたりを歩いてる人にはずいぶん変わった形の耳をしてる人がいるんですね〜」

ファイが言うとおり、道を歩いている人にまぎれて、『人』の耳とは明らかに違った形の耳を持つ、『人』らしき者がいた。それも、一人や二人ではない。

「ああ、あれはパソコンって言うんだ」

「ぱそこん〜?」

「うん。おれもまだよくはわかんねえんだけど、計算とかインターネットとかいろいろとやってくれる便利な物なんだ」

「いんたーねっと〜?」

「ああ、インターネットというのは…」

その後も、ファイは本須和からパソコンについてやこの世界についての簡単な説明を、歩きながら受けた。そして、黒鋼はそんな二人の後をブラブラとくっついていた。

「な〜る。つまり、これから働いてる本須和さんのパソコンとやらの迎えに行く、というわけですね〜」

「ああ。以前に一度誘拐(ゆうかい)された事があったからな、心配だから今こうやって送り迎えをしてるんだ」

やがて、三人がたどり着いたのは、「欧風菓子チロル」と書かれた一軒の小さな店だった。

「こんばんは〜迎えに来ました〜」

「あ、本須和君、お迎えご苦労様です」

白衣に身を包んだ男性が、3人を出迎えた。

「あれ?そちらのお二人は…」

「あ、知り合いです。といっても、まだ今日知り合ったばかりなんですけど…」

「ファイといいます〜」

「黒鋼だ」

「はじめまして。僕は植田弘康(うえだ・ひろやす)といいます」

3人は一応の簡単な自己紹介をした。

「あ、そうだ。今呼んできますね。ちぃちゃ〜ん」

と、植田店長は店の奥に向かって呼びかけた。

その時、ファイの顔色が急に変わったのを黒鋼は見逃さなかった。

「おい、どうした?」

「今…なんて言ったの…?」

「おまたせ秀樹!」

そう言いながら店の奥から出てきたのは、栗色の長い髪と、猫のそれを模(も)したかのように造られた耳を持つ少女だった。

だが、ファイはその顔に見覚えがあった。

「チィ!?チィだよね!?」

思わず声も荒げてしまう。

「ち?」と一瞬たじろぐ少女。だが、ファイはなおも追求し続ける。

「なんで!?なんでこんなところにいるの!?だって、チィはあの人のところへ行く時に…」

そこには、いつもヘラヘラとしているお調子者のファイの姿はなかった。

「おい! 落ち着け!」

と、黒鋼がファイを落ち着かせる。

「ちぃ、ファイさんと会った事あるのか?」

本須和がたずねた。

「ち?ううん。ちぃ、初めて会う顔」

少女は顔を左右に振りながら答えた。

「あ、そっか…すみません…知り合いに似ていたものですから…」

黒鋼のおかげで落ち着きを取り戻したファイ。だが、その顔は、どこか寂しげだった。

「では、ファイさんがおっしゃるチィさんは、こちらのちぃちゃんとよく似ているのですね」

と、日比谷千歳(ひびや・ちとせ)が言う。

「ええ…よく似てるんですよ…わけあって元いた世界に残してきたんですけど…」

と、ファイは答えた。

ここは本須和が住んでいるアパート・ガブ城ヶ崎。今、本須和とちぃと名乗る先刻の少女、黒鋼とファイは、ここの管理人である千歳の部屋に来ているのだ。

「ちぃ、そんなに似てる?」

ちぃがたずねた。

「ああ…そっくりだよ…」

先刻のショックがまだ隠しきれていないのか、まだ寂しげな表情を隠し切れないまま、ファイは答えた。

その場の雰囲気がきまづくなった。

「あ、そうそう。それにしても、昼間は本当に驚いたよ。ファイさんたちがいきなり空間から出てくるから」

と、本須和が無理やり話題を変えた。

ファイと黒鋼には、もう2人と1匹、旅の連れがいる。

玖楼国(クロウこく)の王女・サクラ姫と、幼馴染みの少年・小狼(しゃおらん)だ。

飛び散ってしまったサクラの記憶のかけらを求めて、次元の魔女の元にいた謎の白い生物・モコナ=ソエル=モドキの力を借りて、異世界を旅する2人に、元いた世界に戻りたい黒鋼と、逆に元いた世界に戻りたくないファイが加わった。

4人と1匹は、その途中で、本須和と千歳がいる世界に到着する。ちょうどその時、本須和と千歳はアパートの入り口で立ち話をしていた。

異世界から異世界への移動の途中で、サクラは眠ってしまうが、千歳のはからいで、彼女の部屋で休ませてもらうことになり、目が覚めるまで小狼がサクラのそばについている事になった。

そして、「異世界についてまず必要なのは、その世界でのお金だ」という小狼の主張により、本須和が「居酒屋よろこんで」の店長に話をつけて、つい先刻までファイと黒鋼がバイトに出ていたのだ。

「でも、この世界って、科学技術がめちゃくちゃ発達しているみたいですね〜異世界を旅してると言っても、信じてくれないんじゃないんですか?」

ファイが千歳にたずねた。

「あら、自分が見てきたものだけが真実とは限りませんわ。私にはよくはわかりませんが、ファイさんたちが異世界を旅しているとおっしゃているのなら、本当にそうなんでしょうね。でも、初対面でいきなり『桜都≪エドニス≫国の千歳さんですよね!?』と突っかかってくるのには、さすがに驚きましたけど」

と、にこやかな表情で千歳は答えた。

「前にいた国にあんたによく似たのがいたんだよ」

黒鋼が横から口を挟んだ。

と、その時、ガラリとふすまが開き、小狼が現れた。

「サクラ姫が目を覚ましました!!」

そう言う小狼の顔は、愛(いと)しい人が目を覚ましたうれしさで満たされているのが、端(はた)から見てもよくわかった。

「あ、そ〜なの?目が覚めてよかったね〜」

と、ファイ。

彼はもうすっかり、いつものお調子者に戻っていた。

やがて、小狼の後ろから、サクラが眠い目をこすりながらやってきた。

「えっと…皆さん…おはようございます…」

「サクラ、起きてて大丈夫?」

サクラの肩に乗っているモコナが、サクラの健康状態を気遣っている。

「あ、うん。もう大丈夫。それよりわたし、また移動の途中で寝ちゃってたの?」

「もうグッスリだったよ〜」

「前にも桜都国≪おうとこく≫の人にちゃんとしたお別れができないまま寝ちゃったし…今度移動する時はちゃんと起きてないと!」

サクラは両手で拳(こぶし)を作ると、グッと気合いを入れた。

「あまり無理しなくてもいいんですよ、サクラ姫」

と、小狼。

「ひょとして、寝てる間ずっと手を握ってくれてたの、小狼君?」

「え?あ、はい。そうですけど」

「寝てても、誰かがずっと手を握ってたのわかってたし」

そう言うと、サクラは小狼の両手を取り、それを頬(ほほ)に当てた。

「小狼君の手、すっごくあったかい…ずっとそばにいてくれて、ありがと」

「いえ、当然の事をしたまでです」

小狼の目も、自然と優しい目になっていく。

「あ、そうだ! 新しい国に来たんだっけ! 挨拶≪あいさつ≫しないと!」

サクラはあわてて小狼の手を離し、千歳たちの方に向き直った。

「あの、はじめまして。サクラといいます」

「こちらこそはじめまして。日比谷千歳です」

「あ、本須和秀樹です。で、こいつはちぃって言います。ほら、ちぃ、サクラさんに挨拶だ」

本須和は、ちぃに挨拶をうながした。

「こんにちは」と、ちぃは頭を下げた。

「あ〜!! おしい〜!! 夜の挨拶は教えたはずだろ?」

本須和は指を鳴らした。

ちぃは少し考えた後で、あらためて「こんばんは」とやり直した。

そして、それに答えるように、サクラも「こんばんは」と挨拶した。

「そうそう。やればできるじゃないか、ちぃ」

「ちぃ、えらい?」

「当たり前じゃないか〜」

本須和はちぃの頭をなでた。

その姿は、まるで幼稚園児とその父親のように見えた。

「ところで、皆さんはサクラさんの記憶のかけらを探しているっておっしゃってましたよね?」

と、千歳が言い出した。

「まあ、そういう事になるわな」

黒鋼が答える。

「でしたら、ここをお泊りになるというのはいかがですか?このアパートも結構空き部屋が開きますから」

「マジですか?ありがと〜ございます〜」

と、ファイ。

「当分落ち着く拠点は決まったし〜この世界での収入源も決まったし〜あとはモコナがサクラちゃんのツバサの気配とかを感じるかどうかにかかってるわけだけど〜」

「うん。サクラの羽根、この世界にある。それも、そんなに離れていない場所に」

と、モコナは確かな口調で言った。

「姫の羽根は、絶対に取り戻す!」

小狼が決意を込めた口調でつぶやく。

「それじゃ皆さん、これからいろいろとお世話になります」

サクラは千歳達に深々と頭を下げた。

「いえいえ、こんなところでよければ、何日でも泊まってください」

千歳の方も頭を下げた。本須和とちぃもつられて頭を下げた。

〜第1章・完〜

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