いつも何度でも

不可思議な空間でツェラシェルは目覚めた。
「…俺は…どうして」
ボロボロの身体で、虚無の剣を抜いたところまでは覚えている。ヴァシュタールは倒せたのだろうか。あの場にいた、妹たちと──彼女はどうなったのだろう。絶えることなくあった呪いのための痛みは、もはや感じない。自分は死んだのだろうか。
「気がついたようだね」
ぼんやりと思考していると、覚えのある声がした。
「お前は…!」
振り向いた先には、虚無の子シャリがいた。二度と見たくない顔を、死んでまでも見なければならないのだろうか。自分はよほど運がないらしい。眉根をよせて睨み付けても、シャリはけらけらと笑うばかりだった。
「あはは。そんな顔しないでよ。せっかく君の願いを叶えてあげようとしてるのに」
「何だと?」
不可思議な空間に、ふわふわと浮かぶシャリは、すうっと空間を滑るように移動する。そのままツェラシェルの真正面に立つと、笑顔を消して言った。
「君は、あの子と生きたかった。ずっと一緒にいたかったんだ」
「──ああ。それがどうした」
ツェラシェルの地を這うような不機嫌な声に、シャリは肩をすくめながらも言葉を続ける。
「拗ねないでよ。僕は願いをかなえる存在なのさ。だから、君の願いを叶えてあげようと思ったんだ。それに今回は神さまも、力をかしてくれるしね」
くるくるとシャリは回転する。そして距離感の感じられない空間の片隅を指し示す。示された空間はゆがみ、人の姿を形作った。それもまた、ツェラシェルが二度と見たくないと願った顔だった。
「あんたが神だって?はっ、世も末だ…世界も滅びてんじゃねーのか?」
銀の髪の大神官。こいつが神だなんて、笑わせる。ツェラシェルは声をあげて笑った。つられるようにシャリも笑う。妙に実体験のないエルファスだけは笑うことなく、冷たい表情のままだった。
シャリは楽しそうにくるくるとツェラシェルの周りを回る。そして歌うように言った。
「残念なことに、滅んでないんだ。あの子が守っちゃった。彼女が生きてる間は、僕の出番は無い。今回は、彼女に託された願いの方が強かったんだね。しばらく僕は眠るだろう…その前に、自分の願いを叶えることにしたのさ」
再びツェラシェルの正面で静止したシャリは、人形を思わせる顔で言った。
「君を、復活させてあげるよ。あの子と生きていくことができる。嬉しいだろう?」
「どういう意味だ」
「無限のソウルの持ち主は、僕の対極に位置する存在。まあライバルだね。でも今回は二人もいたから、迷っちゃった。だから小さいとき、確かめにいったんだ。ノエルとあの子と。どちらが僕の相手なのか」
不審をあからさまにしたツェラシェルの問いをはぐらかして、シャリは語り始める。
「出会ったとき、二人に聞いてみた。僕が願いを叶えてあげる。さあ何でも願ってみて、って。二人とも小さかったし、僕も今と同じじゃなかったから、覚えていないだろうけど。ノエルはね、みんなを守りたいって言った。だから叶えてあげたよ。竜王の従者になれば、みんなを守れるからね」
シャリは言葉を切った。一息おいて、続けた。
「あの子はね……僕をじーっとみつめてた。そうして言ったんだ」
思い出した記憶を、愛しげに口にした。
「あなたが幸せになれますように、って!」
声は、喜びに満ちていた。それを表現するためか、シャリはくるくると回る。嬉しくて嬉しくてたまらないように。
「危険な願いだよね!虚無の子に、そんなことを願うだなんて!でも、おかげでわかった。僕の永遠の宿敵、永遠の半身は、あの子だってことが!」
喜びのままに、シャリはツェラシェルに告げる。とっておきの秘密を空かすかのように。
「それから、僕は考えてた。僕の幸せって何だろうなって。ずっと考えてて、願いを救うことが幸せなのかと思ってた。でもね最後の最後、世界から退場するときに、やっと解ったんだ。どうして本当のことは、最後のときにしか解らないんだろうね?」
「俺が知るか」
ツェラシェルの答えはそっけない。だが、シャリにとってはどうでも良いことだったのだろう。嬉しそうなまま、自分の答えを口にしていた。
「僕の幸せは、あの子が笑顔でいてくれることだったんだ」
意外な答えに、ツェラシェルは目を剥いた。喜びが過ぎ去り、ふたたび人形めいた表情でシャリは言った。
「君だって、同じ事を願っただろう?」
「………」
答えることのできないツェラシェルを余所に、シャリはエルファスを指し示して続けた。
「それはあの子を助けるために、神になった彼の願いでもあったのさ」
「俺が願ったのは、それだけじゃないぜ」
負け惜しみのようにツェラシェルが口にしても、シャリは素直に頷いていた。
「わかってるよ。僕だって、そうだもの。本当に願ったのは、僕の側であの子が幸せな笑顔を浮かべてくれること。一緒に生きていくこと。でも、それは叶わない。僕たちは常に敵対しあう存在だから。まがい物とはいえ、神になってしまった彼も同じさ。神と人は、もはや交わることができないんだ」
真っ直ぐにツェラシェルを見つめて、シャリは告げる。そこに茶化すような響きはかけらもなかった。
「だから僕たちの願いを、君に託すことにしたのさ。僕たちと同じ…叶わない願いをもった君に」
「偽善だな。代償行為だ」
「形をかえなければ、叶わない願いだってあるんだよ」
ツェラシェルは複雑だった。いままでされた仕打ちを考えると、素直に納得することはできない。けれど、シャリの誘いは、どうしようもなく魅力的だった。長い沈黙のあと、ツェラシェルは問いかけた。
「どうして、俺を選んだ」
満面の笑みでもって、シャリは答えた。
「意趣返しさ」
「は?」
目を瞬かせるツェラシェルの前で、シャリはけらけらと笑いだす。くるくると周りながら、嘲笑うように叫んでいた。
「嫌がらせにきまってるだろ、君への!彼女の側で同じ時を歩む存在に、ささやかな嫌がらせをしたいのさ!」
「………」
沈黙するツェラシェルに、悪意のたっぷり篭もった笑みでもって、シャリは告げた。
「君は、僕たちの力で復活する。でも、あの世界で虚無の剣を抜いてしまった君は、存在を忘れられてる。ただ君だけが、覚えてる。誰にもどんなことも、思い出させることは絶対に不可能だ。双子の妹やゼネテス──もちろんあの子にも!」
「…確かに、すげー嫌がらせだな。全部始めからやりなおしかよ」
ツェラシェルは嘯いていた。性質の悪い笑みを頬に浮かべながら。虚無の子や大神官の善行など信じられるわけがない。だが、この仕打ちなら納得することができた。
「どうする?君が願わないなら、諦めるけど」
「願うに決まってるだろ。さっさと俺を復活させろ」
からかう声音にそっけなく答えると、シャリは何かを言おうとして思い直したようだった。
「………ま、いいや。行きなよ、ツェラシェル」
シャリがそう口にすれば、ツェラシェルの姿はかき消えていた。
不可思議な空間にはシャリと、ゆっくりと消えていくエルファスの姿だけが残される。
シャリは、ツェラシェルが消えた空間を見つめていた。そして、どこか寂しそうに呟いていた。
「君を選んだのは、あの子が願ったからだよ。君の側で、笑っていることを。あの子は、ずっとずっと願ってたんだ…」
不可思議な空間に、虚無が満たされていく。虚無から生まれた子は、虚無へと還っていくのだ。
シャリの姿が消えた後には、願いだけが残っていた。

───どうかあの子が、幸せでありますように。



冒険者ギルドの親爺は、新しい冒険者を受け付けていた。まだ若い優男は、ノトゥーンの神官服を思わせる服装をしていた。ゆったりとした服を纏っていても、動作は俊敏で隙はない。感心しながら、親爺は男をギルドに登録していた。
「登録完了。あんたもこれで冒険者だよ」
「簡単なもんだな」
拍子抜けしたように男は言った。親爺は笑いながら、男に言った。
「まあね。しかし、あんた結構なソウルを備えてるじゃないか」
「傭兵歴が長いのさ。しばらく戦争もなさそうだし、食い扶持はかせがないとな」
男は肩をすくめた。うんうんと頷きながら、親爺は口にした。見所のある冒険者とは、つなぎをもっておくに越したことはないのだ。
「そういうのも最近多いよ。けど、あんたほどじゃない。頑張って名をあげて、あんたが登録したのはここだって、俺に自慢させてくれよ」
「期待してくれていいぜ」
自信に満ちた態度だが、男のソウルを垣間見た親爺には当然のものに思えた。
「ところで、あんた仲間はいるのかい?誰もアテがないなら、紹介してやるよ?」
「そうだな…」
男が考える素振りをみせたとき、ギルドの入り口が騒がしくなる。
「ありがとうございます!本当に、ありがとうございますっ!」
繰り返し礼をいう声と共に、救助依頼を達成した冒険者たちが帰還してきたのだ。
彼らをみた親爺は、相好を崩していた。
「おお、無事に見つけたんだな!」
「あたりまえだろ。なんたって、準備ヴァン端だからな〜!」
「………気にしないで下さい」
親爺の声に真っ先に答えたのは、呼ばれた娘ではなくその仲間たちだった。お調子者の少年と、困ったようなコーンスの青年。娘の方は、相変わらず救助された人間から感謝されている真っ最中だった。
「ナッジもヴァンも、お疲れさん」
見慣れた光景に、親爺は笑いながら手続きをするのだった。
手続きが済み、救助された人間が帰宅しても、冒険者たちはギルドの中で張り紙を物色している。その姿を目でおいながら、男は親爺に問いかけていた。
「親父、あの娘は?」
「あの有名な竜殺しだよ。あの子が登録したのは、このギルドなんだ。その縁でよく顔をだしてくれるし、飛び込みの危険な仕事もこなしてくれるのさ」
機嫌良く答えた親爺に、まだ若い優男は言った。
「さっきの紹介の話だが、彼女に紹介してくれないか?」
親爺は目を見開いたが、次の瞬間、破顔していた。
「おいおい、あんたも大きくでるな!でも、まあ…いいだろう。あんたは冒険者としては駆け出しだが、実力は駆け出しじゃなさそうだ。あの子の足手まといにはならないだろう」
軽く値踏みするように見てから、親爺は娘を呼んだ。
「ちょっと来てくれないか」
「?」
不思議そうに、娘が振り返る。
ゆらめく髪も、澄んだ瞳も、しなやかな体躯も、何一つ変わってない。
姿をみつめるだけで、幸せを感じることができた。
「この人は、今日登録した冒険者なんだ」
親爺に紹介されて、まっすぐに見つめられる。
還ってきたのだと思うと、自然と笑みがこぼれていた。
つられるように、娘も微笑む。
「初めまして」
「俺はツェラシェル。よろしくな」


…いつも、何度でも。
巡り会えたなら、抱きしめるだろう。



※ツェラシェルな捏造EDでした…ははは。夢くらいみてもいいじゃん…。
パーティーがヴァンとナッジなのは、何となくです。女主人公がフリーでもフリーでなくとも、復活したツェラシェルは諦めないと思います。
全部なかったことになってるから、ツェラシェルの悪行三昧も無かったことになってて、ツェラシェルもばっちり健康体。最強の魔法戦士(除く女主)だと思ったりなんかして。