この灰色の、果てしない朝に

人間の試作品として、自分たちは生まれた。
バルザーとシスティーナと名付けられた。そして、捨てられた。完璧に近く安定していたが故に。我らの親たる至聖神は、もっと不完全で不安定な存在を求めていたのだ。
打ち捨てられ、忘れ去られても、自分たちは不幸ではなかった。幸福でもなかった。心というものを、知らなかった。弟妹たる人間たちは、向上心や競争心、嫉妬や愛憎で創造の歯車を至聖神の望みのままに回していたが、自分たちには遠すぎる世界だった。
ひっそりとただ生きているだけの世界に、やがて1人の青年が現れた。人間でありながら神でもあった彼は、ウルグと名乗った。
ウルグと出逢ったことで、システィーナに心が宿った。だが、自分には理解できなかった。二人が去るときも、ただ「そうか」としか思わなかった。
システィーナが殺された時も。
ウルグが闇に堕ちた時も。
それら全てをしくんだのが、至聖神であったと知った時も。
至聖神に争いを激化させるために、ウルグに仕えよと命じられた時も。
自分は、何も感じなかった。
心を持たなかったが故に。
ティラの手によって黄泉返ったシスティーナは、破壊神となったウルグと、傍らにいる自分を見て目を伏せた。次にゆっくりと開かれたシスティーナの瞳には、決意が宿っていた。
そのとき、初めてシスティーナが女であったことを知った。
父たるノトゥーンに、ティラが戦いを挑んだように。
親たる至聖神に、システィーナが戦いを挑むのを知った。
夢もなく、怖れもなく。
ただ、愛する者を守るために。

かくて彼女の心は天に還り、星の光となって弟妹の心に降りそそいだ。
ただ一つ、同じ存在であった、自分にも。

エスリンと出逢ったとき、それを知った。
愛する喜びは、システィーナの喜びであり。
失う哀しみは、システィーナの哀しみだった。
同じ存在としてあったときよりも、彼女を近くに感じることができる。
…いつか、ウルグは気付くだろうか。
システィーナの戦いに。
全てを仕組んだ、至聖神の存在に。

だが、それは今ではない。
今はまだ、ウルグは復活さえしていない。
やがてこの迷宮に、獅子たる我が子が現れる。
その日のために、またひとつ。
灰色の朝が巡る。



※バルザー独白。妄想120%。ははは…ども、すいません。
「夢もなく、怖れもなく」というのは、塩野七生さんの『ルネサンスの女たち』からです。ファンなのです。