Vaya con Dios(神とともに行け)

運命を司るファナティックは、時の女神でもある。全てのものに、平等に時間が流れるように管理している。時の流れは残酷で、降り積もる時は優しい。そう言ったのは、父だったろうか。記憶をたどっていると、若かりし頃に発した問いを思い出した。
「……真理とは、何なのですか?」
生真面目に問いかけたとき、教師でもある父は穏やかな笑みを浮かべ答えてくれた。
「時の娘です」
その時は、意味がよくわからなかった。
だが、今ならばわかる気がした。
ネメアの隣に、真理が立っている。
無限のソウルとして生まれ、システィーナの最後のかけら「インフィニティア」を宿し、破壊神「ウルグ」さえも受け入れた人の娘だった。ネメアの予言さえも覆した彼女は、ファナティックに愛された娘なのかもしれない。だが、それは果たして幸福なのだろうか?
「……これから、どうするのだ?」
声をかけると、娘は顔をあげた。かつてリベルダムのギルドで、初めて出逢った時のように。
「何処へいくとか、そういうことはまだなんですけど…ひとつだけ、決めてます」
視線で言葉の先をうながすと、娘は笑った。
「絶対、幸せになるって」
たぶん自分は、虚をつかれた表情をしたのだろう。娘は、すこしだけ拗ねたように頬を染めた。
「…方法は、これから考えるんですけど」
「理由を聞いても、かまわないだろうか?」
そう問えば、娘は穏やかに語り始めた。
「ティラの娘は、死んだ後、ティラの元へ還るそうです。彼らが生きていたときの記憶と一緒に。…私の友達に、イズキヤルという名のティラの娘がいました。イズキヤルは、アルノートゥンで人間と一緒に暮らしてました。シャリに操られて暴走するまでは。私とイオンズさんは、結局、イズキヤルを助けることはできませんでした…それでも、イズキヤルは最後のときに、こう言ってくれたんです。自分はティラの元に、アルノートゥンで暮らした優しい思い出を持って還ると。それはわずかでも、傷ついた母の心を癒すだろう、って」
一端、言葉を切ると娘は目をふせる。長い睫毛が、頬に薄い影をおとしていた。
「…ウルグのかけらを受け入れたときは、とても怖かった。自分の中に、破滅の種が蒔かれたことに、怯えました。でも、イズキヤルのことを思い出したとき、考え方をちょっと変えてみたんです」
ふたたび目を開いた娘は、真摯な瞳でネメアに告げた。
「私の中のウルグのかけらは、私が死んだあとウルグ本体のもとへ還るでしょう。私が幸せに生きたなら、きっと、その記憶も一緒に」
ネメアは驚いていた。そんな風に考えたことは、一度もなかったのだ。
「だから、私は幸せになります。ウルグが破滅の種だといったソウルを、ささやかな喜びや優しさで満たして、幸福の種にしたいんです。いつか、わずかでも傷ついたウルグの心を癒せるように」
晴れやかな笑みを浮かべた娘は、ネメアの隣に立っていた。
海を見下ろす丘の上は、風が吹き抜けていく。今まで知らなかった世界へと、ネメアを誘うように。
運命を司るファナティックは、時の女神でもある。全てのものに、平等に時間が流れるように管理している。時の流れは残酷で、降り積もる時は優しい。
真理は時の娘。
他に幾通りもの真理はあるのかもしれない。だが今のネメアには、隣に立つファナティックの愛娘だけが、求めていた答えだった。



※ちょっと不完全燃焼な感じですが。そのうち、同じネタを使用するかもしれません。