エルフの森

久し振りに旅から屋敷に戻ってきた義妹は、両手に溢れるほどの花を抱えていた。エルフの森でしか採取できないという、貴重な蒼風花。それが無造作に花束にされていた。
ありがたみも何も、あったものではないな。
宮廷で、それがどれほど珍重されているのかを知っているレムオンは思う。次に口にしたのは不機嫌そうな言葉だったけれど。
「なんだ、これは」
黙っていれば美女で通る義妹は、怪訝そうに答えていた。
「花だが」
実に端的な答えだった。
レムオンはわずかに眉を潜めながら、なおも問いかける。ずば抜けた頭脳をもっている義妹だが、たまに常識が著しく欠落している部分があることに、ようやくレムオンは気づき始めていた。
「それは見ればわかる。俺が聞きたいのは、理由だ」
「…誕生日には、花を贈るものなのでは?」
心底不思議そうに、義妹──サライは言った。さも、当然という素振りでもって。
「私は、記憶力には自信がある。一度聞いたことは、忘れない」
その態度があまりにも堂々としていたため、レムオンは一瞬、言葉を忘れていた。だが次の瞬間我にかえり、内心舌打ちしながら問いかける。情報の漏洩先は、ひとつしか思い当たらない。
「エストからか」
「ご明察。花は、嫌いですか?兄さん」
ほとんど表情をあらわさないサライだが、問いかける態度には期待が込められているように思える。レムオンの思い過ごしなのかもしれないが。かすかな溜息をもらしながら、レムオンは差し出された蒼風花を見つめた。
これが、どれほどの価値をもつのかしらぬ訳でもあるまいに。サライが持ってきた理由は、これが花だという一点だけなのだろう。レムオンの誕生日だから。簡潔で、解りやすい行動だった。解りやすいがために、レムオンはどうしていいのか解らなくなる。
「可もなく不可もないな」
そう言いながら、花を受けとった。
サライは、やはり無表情に言った。
「礼節は難しい」
わずかな沈黙が、二人の間を通り過ぎる。居心地の悪さに、レムオンは素直になれない自分を後悔した。それでも声になるのは、素直でない言葉しかない。
「…誕生日に花を貰って喜ぶのは、基本的に女だろう。贈り物は、花と決められているわけではない」
腕の中の花束を見おろしながらレムオンがいうと、サライの瞳に興味深そうな光が宿る。
「そうなのか。何を贈っても、構わないものだろうか?」
その光には、嫌というほど覚えがあった。サライやエストの言うところの知的好奇心、というものだ。適当な答えをすれば、後から何をいわれるか解ったものではない。レムオンは、慎重に答えた。
「基本は、相手の喜ぶものだ」
そう答えると、サライはしげしげとレムオンをみつめた。相変わらず、何を考えているのかは解らない。ただ、義妹が喜んでいるらしいという気配だけは、さすがのレムオンでも察することができた。理由は解らなくても。
レムオンを見上げていた藍色の瞳が、ふいに和む。
「なるほど。勉強になった。ありがとう」
そう言い残すと、サライは部屋を辞した。
残されたレムオンは手の中の花束をみつめて、今度こそ大きな溜息をつく。
「……礼をいうのは、俺のほうなのにな」
素直になれない自分をもどかしいと思うのは、久し振りのことだった。



※レムオン誕生日おめでとう!黒い人、サライバージョンです。彼女が何を考えているのかは謎です。タイトルは思いつかなかったので、ちょっと苦し紛れ…。