ダブルブレード

「君は、なぜダブルブレードにしないのかね?」
剣呑な視線でもって、帝国宰相ベルゼーヴァに詰め寄られてセアラは後じさっていた。だが宿の部屋は広くはない。背中はすぐに壁と接して、逃げ場はなくなった。思わず手にしていた愛用する大剣・天牙を抱きしめて、身体を縮こめてしまう。
「…そんなに怯えられるとは心外だな。私はただ質問しているだけなのに」
質問ではなく詰問とか尋問なのでは…とセアラは思った。言葉にはしなかったが。とりあえず、背筋をのばしてのぞき込んでくるベルゼーヴァをまっすぐに見上げた。気持ちで負けてはいけないと思ったのだ。
「確かに、スキルはもってます。でも私は腕力があまりないので、片手剣は向いてないんです」
駆け出しのころは、片手剣を両手でもっていたぐらい、腕力に自信がない。愛用する天牙は大剣とはいえ刀身は細身で、柄の部分は金属を使用せずに軽量化してもらっている。実際、重さは目一杯加工を加えた片手剣と同じほどしかないのだ。一生懸命そう説明したが、ベルゼーヴァは納得しなかった。
「片手剣が無理なら、小剣にすればいい。とりあえず、君はダブルブレードにするべきなのだ!」
握り拳でもって熱くかたられても、同意することがセアラにはできない。助けを求めるように、石のように沈黙したまま同じ部屋にいるレーグをみつめた。だがしかし。元祖ダブルブレード使いの剣聖は、重々しく口にした。
「……うぬは、ダブルブレードが使えるはずだ。我が教えたのだから」
きっぱりと言い切られてしまった。確かにそうだったとセアラは思い出す。廃墟になったリベルダムの闘技場跡で、対決し勝利したとき。使えませんと必死で遠慮するセアラに、無理矢理ダブルブレードのスキルを押しつけたのはレーグだった…。思い出して、ちょっとだけブルーになったセアラは気をとりなおし、なおも天牙をだきしめてベルゼーヴァに訴えていた。
「でも、その、小剣だとどうしても接近戦になっちゃうんです。私は接近戦が、あまり得意ではなくて…」
「異な事を言う。君が接近戦をする必要など、ないではないか。このパーティで君の主な役割は、魔法による後方援護だろう」
当然のように言われて、反論ができない。それは事実だった。セアラはますます天牙を握る手に力をこめていた。うっかり手放したら、そのままベルゼーヴァに取り上げられてしまいそうだったので。半分泣きそうになってベルゼーヴァを見上げていると。
「……何をしている」
冷たい声が、ベルゼーヴァとセアラの間に割ってはいる。声の主が、セアラには救世主に思えた。
「レムオンさん!」
嬉しげにセアラが名前を口にすると、ベルゼーヴァは眉をひそめ不機嫌そうに顔をあげていた。
「別に、何もしてはいない。セアラにダブルブレードの必要性を説いていただけだ」
必要性って…聞いたかな?とセアラは内心首をかしげていた。だがベルゼーヴァの態度は堂々としており、見ていると自分が聞いてなかったような気がした。セアラが脳内で先ほどの会話をシミュレーションしている隙に、レムオンは当然のようにセアラを自分の背中にかばっていた。
「ダブルブレードだと?どうしてセアラが…」
「彼女はスキルを持っている。知らなかったのかね?こちらにいるレーグが伝授したのだが」
どうやらセアラがスキルを持っていることを知らなかったレムオンを揶揄するように、ベルゼーヴァは居丈高に口にしていた。レムオンは自分の背後で一生懸命悩んでいるセアラにふりむいていた。
「そうなのか?」
「え?えっと…」
会話の流れを聞いていなかったセアラは、困惑してしまう。レムオンは穏やかに問いかけていた。
「ダブルブレードのスキルをもっているのか?」
「は、はい…もってます…」
こくこくと頷くセアラをみて、レムオンは何事かを考えているようだった。
見つめあう二人に、不機嫌を露わにしてベルゼーヴァは言った。
「ダブルブレードは、もっとも革新的な剣技だ。君だって、そう思うだろう!レムオン!」
熱く主張するベルゼーヴァの背後では、腕組みをしたレーグが賛同するようにうんうんと頷いていた。
レムオンを見上げながら、セアラは大事なことを思い出していた。そうだった。レムオンもダブルブレードだったのだ。
大きな瞳を見開いて、顔に「どうしよう…!」と書いたセアラを見て、レムオンは小さく笑った。宥めるように、片手で銀色の頭をぽんぽんと軽く叩いていた。そうして、ベルゼーヴァに向き直る。
「ダブルブレードは良い剣技だが、向き不向きもある。セアラは腕力が足りない。片手剣は無理だろうし、小剣をもたせるにしても良質でバランスのとれた小剣は、なかなか手にはいらないだろう。腕力がそこそこあるなら、バランスの補正もやりやすいが、セアラには無理だ」
蕩々と説明するレムオンをベルゼーヴァは、むっとした表情でもって見ていた。睨んでいたのかもしれない。
「……確かにダブルブレードにはバランスが必須だ。良い剣がなければ、セアラには無理かもしれぬ」
重低音でもって、レーグはレムオンに賛同した。二対一になったため、ベルゼーヴァはセアラにダブルブレードを使わせるという目標を諦めたかに思えたのだが。
翌日。
ギルドに顔をだしにいこうとしたセアラを引き留めると、真剣な顔でベルゼーヴァは言った。
「ドワーフ王国に行きたい。できればそちら関係の仕事を探してもらえないだろうか」
「?は、はい。わかりました」
首をかしげつつ、とことことギルドに向かうセアラの後ろ姿を見送ると、ベルゼーヴァはふふふ…と満足そうに笑っていた。
「…嬉しそうだな。どうしてドワーフ王国なんだ?」
胡散臭そうにレムオンはベルゼーヴァに言った。ベルゼーヴァは勝ち誇った笑みを浮かべると、レムオンを見据える。
「セアラが良い剣を得られれば、君だって彼女がダブルブレードを使うことに反対はできまい?我々の使うバトルブレードを作ったのは名工デルガドだ。しばらく剣の制作を離れていた彼だが、再び剣をつくろうという気になっているそうだ。彼の復帰第一作には、セアラ専用のバトルブレードが相応しいと思うが。どう思うかね?」
自信満々でベルゼーヴァは言った。やっぱり背後では腕組みをしたレーグがうんうんと頷いている。一瞬、あっけにとられていたレムオンだったが、ベルゼーヴァの言葉を聞くと面白そうな表情を浮かべていた。
「そうだな…デルガドなら、セアラに相応しい双剣を打ってくれるだろう」
一時期、同じパーティになったデルガドは、孫娘のようにセアラを可愛がっていた。レムオンが思い返していると、ベルゼーヴァは我が意を得たりと胸を張っていた。
「セアラ専用バトルブレードが完成した暁には…革新的なダブルブレードパーティが誕生するのだ!」
ふははは…!と高笑いするベルゼーヴァを冷めた目で見つめながらも、レムオンはもはや反対しようとは思わなかった。
革新的かどうかということは置いて。
セアラとおそろいというのは、なんとなく気分が良い。子供のような思考に内心苦笑していると、上から重低音の呟きが聞こえた。
「……おそろいだな」
驚いたレムオンが視線をあげれば、満足そうに笑うレーグの姿があった。



※ダブルブレーダーズ誕生秘話…ご、ごめんなさいっ!(脱兎)