七竜剣

──お前は、知っているのか。あの娘に流れる血が、誰のものなのか。誰が知らなくとも、お前は決して間違うことはないだろう。

手にした七竜剣をみつめ、ゼネテスは重ねて思った。

──だが俺は、知りたいとは思わない。

主の願いを聞いたとき、大剣はかすかに震えたかもしれない。


叔母の密偵だったフリントが死んだ。たまたま居合わせたゼネテスは、娘たちの保護を頼まれた。死に逝くものの願いを無下にすることもできなかった。
自分の被保護者となった娘──セアラは愛らしくはあったが、まだ子供子供していた。大きな瞳や小柄な体躯もそれに拍車をかけた。食指は動かなかった。少女から女の匂いはしなかったから、当然ともいえる。フリントも解ってたんだろうなと苦笑しながら、ゼネテスは少女に冒険者の基礎を教えた。ひととおり教えると、さっさと独り立ちさせた。その方が少女のためだと思って。内なる獣がざわめく前に、離れた。
それきりの縁だと思っていたのに。

叔母に秘密を打ち明けられた。彼女が誰より信頼し、心を分かち合った親友だった乳姉妹のことを。叔母付きの侍女でもあった乳姉妹が何も言わずに姿を消したのは、叔母の兄であり己の父親でもある男のせいだった。乳姉妹の探索を命じられた密偵は、彼女を見つけることができなかったと報告した。それなのに密偵フリントの娘として現れた少女は、行方不明だった乳姉妹に生き写しだった。フリントと彼女は密かに結婚していたのだ。叔母は、結婚も娘の存在さえ知らなかった。フリントは巧妙に、叔母やファーロス家から二人を隠していた。
疑う材料は揃っていて、状況証拠は真っ黒だった。
だが物証はひとつもない。真実をしる者は、みな墓の下だった。
叔母は、今となってはどうでもいいと言った。
少女の父親が誰であれ、母親が乳姉妹であるのは間違いのない事実だったから。何より、少女の父親としてフリントは相応しかった。
ゼネテスも、そう思った。けれど叔母ほど、割り切ることはできなかった。
子供は、いつまでも子供ではなかった。気がつけば、少女は顔をあげて一人で歩く存在になっていた。ほのかな女の匂いとあどけなさが、せめぎ合い始めていた。花ならば、まだ固い蕾。けれど、必ず艶やかに咲き誇る。確実な予感に、内なる獣が騒ぎ始める。
誰かのモノになるまえに手折ってしまえ、と。
獣が暴走する前に、言の葉が鎖をかける。
血を分けた妹かもしれない、と。
自分と少女との間に、血縁があるのかないのか。誰も知ることはない。それを知っているのは、人間ではないのだ。

ゼネテスは、七竜剣を手にした。
七竜家の血に反応するという、伝説の剣だった。


もしも、血縁でなかったならば。
自分は必ず手に入れただろう。
少女を傷つけても、抱きしめて捕らえずにはいられない。

もしも、血縁だったならば。
自分はそれで縛り付けただろう。
少女を傷つけることなく、血の檻で閉じ込めたに違いない。

どちらの結果でも、少女に自由はない。
選択する権利さえも与えられない。
細い肢体を独占という牙で喰らいつくしたならば。
己の内なる獣は満足したかもしれない。
決して離れない骸の傍らで、安らいだかもしれない。
少女の自由を、代償として。

ならばゼネテスは飢えたままでいたかった。
満足も安らぎも、欲しいとは思わなかった。
剣狼の名のもとに。
七竜剣を握った、あのときから。

──求めるのは、最後に笑って死ねる人生だけだ。



※黒ゼネテス…ご、ごめんなさい。うちの旅先女主の出生の秘密話でした。限りなく黒に近い灰色です。そんな訳でゼネテス×旅先女主にならないのです。
正直、本気になったゼネテスは何にも気にしなさそうな気もするんですが(…)本気にならないよう自制してるっぽいゼネテスが好きなので。み、見逃して下さい。