令嬢と白うさぎ

解放軍から埋蔵金探しの依頼を引き受けた、とセアラが口にしたとき。不機嫌な顔をしていたヴァンが、とうとうキレていた。
「あんな女、放っておけばいいんだよ!」
ヴァンが握り拳で叫ぶ。となりにいるナッジも賛成らしい。二人の前にすわるセアラは、何故怒られるのかわからない、といった風情できょとんとしていた。
「…ヴァン、女じゃないよ。クリュセイス」
「しかも、そこに引っかかるか、普通!目を覚ませ、覚ますんだ、セアラっ!」
不思議そうに訂正する、自分よりも一回りは小さいパーティリーダーの肩をがしっと掴んだヴァンは、その勢いのままにガクガクと前後に揺さぶっていた。
「ヴァン、落ち着いて!セアラが目を回してるよっ!」
「あ」
慌てたナッジがセアラをヴァンから引きはがすが、容赦なく揺さぶられたセアラは、きゅうっと目を回していた。
「何の騒ぎだ?」
騒ぎを聞きつけたセラが、部屋に入ってきた。くたっとなったセアラと介抱するナッジを認めると、ヴァンを睨み付ける。だが、ヴァンはひるむことなくセラに訴えていた。
「セラ!あんたからも言ってくれよ!あの女に、二度と関わるなって!」
「あの女?」
どの女だ、とセラが聞き返す前に、ナッジがすかさずフォローする。
「ロセン解放軍リーダー、クリュセイスのことですよ」
名前を挙げられて、ようやくセラは女の顔を思い出していた。気の強そうな…それでいてセアラを頼り切っている、どうも虫の好かない女というのがセラの中の評価だった。
視線をヴァンから、眩暈のおさまったらしいセアラに向ける。自分を見上げる空色の瞳は大きくて、相変わらず落ちるんじゃないかと心配させられた。
「…何があった?」
問いかければ、セアラはしばらく沈黙していた。いろいろと思い返しているらしい。それから、何でもないことのように答えていた。
「特に、何も」
「「セアラっ!」」
間髪いれずに、ヴァンとナッジの双方からツッコミが入った。
「お前は、アホか!バカなのか!あんなことされたのを、もう忘れたのかーっ!」
「ヴァンにここまで言われたら、お終いだよ、セアラ」
ウッキーと猿のように地団駄を踏むヴァンを抑えながら、ナッジも訴える。二人の様子に、ただならぬことがあったとセラは理解した。
「少し落ち着け。それで、何があった?」
「すげーことが、いっぱい沢山あったんだよ!」
「僕が説明するから。ヴァンは黙ってて。セアラもね」
要領を得ないヴァンの発言を封じると、ナッジは最初からの説明を始めていた。温厚な彼も、かなり腹に据えかねていたのだろう。説明にはトゲがかなりある。それを聞かされながら、セアラは困ったように身体を縮めることしかできなかった。
ロティ家への宅配、暗殺疑惑、ナイトメアの雫の依頼と盗難。
「──それで冒険者たちに袋だたきさ。僕やヴァンは男だし、昔から日常茶飯事だからいいけど。あいつらセアラまで殴ったんだ!セアラもぜんぜん抵抗しないし。ぐったりして動かなくなったときは、あいつら全員、ブレイズで燃やしてやろうと思ったよ」
ナッジは心底、悔しそうに言った。隣にいるヴァンも、うんうんと全身で同意している。話を聞いているセラは、恐ろしいほどの無表情だったが、醸し出す雰囲気は凶悪になりつつあった。
「どうして燃やさなかった」
短い言葉は、真剣だった。もしもあの場に、セラがいたならば…あの冒険者たちは全滅してたかも、とナッジは思う。ヴァンが口元をとがらせながら、ぼそぼそと言い訳のように答えていた。
「…だってセアラが、やめてって言ったしよ」
セラの冷たい視線を遮るように、ふわんとセアラが口をはさむ。痛い目にあった当人だというのに、気にもとめてないらしい。
「非は、こっちにあったから。あの時はエステルがラドラスに帰っててよかったね」
おだやかに口にする少女をみつめながら、セラは諦めたように呟いていた。
「むしろ、いた方が良かったかもしれんな…」
「?」
首をかしげる少女は、自分の痛みよりも他人の痛みの方が辛いというタイプだから。その場にエステルがいたならば、彼女を守るために抵抗したに違いない。ヴァンとナッジは、彼女に守られることを嫌がるから、今回は何もできなかったのだろう。
「それからどうした?」
セラは溜息をつきながら、ナッジを促していた。
「あ、うん。それからがまた、酷かったんだ──」

ナッジの話をひととおり聞き終えたセラは、すでに妖気さえ漂わせていた。氷のように冷たい視線でもってセアラを見つめると、言い放つ。
「──セアラ。今後一切、その女と関わり合いをもつな」
「だから女じゃなくて、クリュセ…」
セラの気配にビクビクしながらもセアラは言い返すが、言葉は無情に遮られてしまう。
「名前を呼ぶ価値もない」
一刀両断したセラに、ヴァンも勢いづいて口にする。
「そうだぜ。他人を逆恨みして、陥れるよーな人間なんだ。セアラみたいなお人良しは、骨までしゃぶられて、しゃぶしゃぶにされるんだからな!」
「しゃ…?」
相変わらず妙なトコロでひっかかってしまうセアラに、諭すようににナッジが告げた。
「ヴァンの言うことは意味不明だけど、言いたいことには僕も賛成だ。セアラ、ロセン解放軍には関わらないほうがいいよ。僕たちは、ロセンもリベルダムも復興させたいとは思ってない。そんないいかげんな気持ちだけじゃ、無理だと思うんだ」
「………」
ナッジの言葉を、セアラは黙って聞いていた。だが、納得したわけではない。伏せ気味の視線と、ぎゅっと握られた手のひらが告げていた。しばらくセアラを見つめていたセラは、わずかに雰囲気を和らげて問いかけていた。いつもは素直な少女が頑なになるには、理由があるのだと思った。
「どうしてお前は、そんな女を気にかける?」
「クリュセイスが、途方にくれて蹲ってる気がして」
セアラは視線をふせたまま答えていた。
「……父さんが殺されたとき、私もどうしていいかわからなかったの。たまたまいてくれたゼネテスさんが冒険者になる道を示してくれなかったら、今も途方にくれてたかもしれない。私は、恵まれてた。ルルアンタがいて、ゼネテスさん、オルファウスさんと知り合えて。手を引いて貰ったから、立ち上がることが出来た」
それは、まだ疼く傷跡なのだろう。言葉を紡ぐ声音は、わずかに震えていた。口を挟むことも、茶々を入れることもなく、三人は耳を傾けていた。
「蹲ってると、後ろ向きなことばかり考えてて、どうすることもできない。父さんを殺した男や命令した人に復讐したくてたまらなかった。そのためなら、どんな手段を使っても、後悔しないと思った。父さんを殺した男を追いつめたとき、殺してしまおうと思った──でも、できなかった」
思いがけない激しい言葉をこぼす少女は、かすかに震えていたかもしれない。記憶の中では、何度も男を殺していた。だが現実は、違った。止めをさすこともできず、男を見過ごした。あの時は、それが自分の弱さだと思って辛かった。だが、隣にいたゼネテスは…。
「いまは───あのとき天牙を振り下ろさなくてよかったと思ってる」
セアラは、どこか晴れ晴れとした表情を浮かべて顔をあげていた。
「そうか」
短く答えたセラは、わずかな笑みを浮かべているように見えた。それがとても綺麗に見えて、セアラは慌てて視線を伏せて続けた。
「クリュセイスは、立ち上がろうとしてるんだと思う。途方にくれても前に進もうとしてるんだと思う。少しでも手助けができるなら…クリュセイスの手を、放したくないの。私も助けてもらったから。ごめんなさい、我が侭言って…」
だんだんと自分の言っていることが解らなくなって、困った表情をうかべると、セラの手が銀髪を撫でる。
「気にするな」
とかしつけた髪をくしゃくしゃにしながら、セラは何故か楽しそうだった。
「セアラがそうしたいんだろ?」
ナッジも笑みを浮かべて、口にする。
「うん…」
こっくりと頷くと、ヴァンが元気よく声を張り上げていた。
「安心しろ。もしも騙されそうになったら、このヴァンさまがヴァヴァーン!と助けてやるからな!」
「ありがとう」
大きな声に励まされるように、セアラも微笑んでいた。

セアラを宿屋に残して、男三人は酒場にいた。
にこにこと上機嫌なナッジに、ヴァンが不思議そうに問いかける。
「何で機嫌がいいんだ?」
「だって、セアラが自分のこと話してくれたのって、初めてじゃない?セアラは聞き上手だから。僕たちは結構、いろんなコトを話してるとおもうんだけど。セアラはほとんど自分のことを話さなかったよ」
「そうだな」
セラも機嫌よく頷く。今までの自分たちは、セアラの仲間になってからのことしか知らなかった。それでもいいけれど、心を打ち明けてくれるならなおのこと良いに決まっている。
「僕たちを信用してくれたんだと思うと、何だか嬉しいんだ」
それに気づいたヴァンも、全開の笑顔を浮かべていた。
「やっぱ、俺たちって仲間なんだよな!」
だが、セラはふと真顔になる。事の始まりを思い出したように。
「…だからといって、あの女にも同情する筋合いはない。セアラがいいように利用されないように、気をつけねばな」
「当然だよ」
同意するナッジとヴァン。保護者の苦労は、これからが本番らしい。



※ちょっと変則的な書き方をしたので。まとまりがなくなりました…。
クリュセイスのイベントをしながら、ぼーっと思ってたことを書こうと思ったのですが(涙)