剣狼と白うさぎ

茂みの奥で、白いものがひょこひょこと動いている。眠気の残る頭で、ぼーっとしながらもゼネテスは認識していた。ふわぁ、と大あくびしてから改めて目をこらす。よくよくみれば、それは白ではなく。陽を浴びて輝く銀の髪だった。動きも、一定の動作をなぞっている。
「素振りか。懐かしいね」
ごろんと木陰で寝そべったまま、ゼネテスは眺めていた。茂みの奥に見え隠れする、剣の練習をする白い少女を。
真剣な面もちをしていても、大きな空色の瞳のせいも相まって、あどけなさが優っている。リングメイルを纏っていても、小柄な体格は隠しようもない。一生懸命、剣を振る姿は好感と同時に、どこか痛々しさを感じさせた。
「…庇護欲をそそられる、ってのか?」
苦笑を零しながら、ゼネテスは呟いていた。
しばらくすると、軽い足音がした。少女の迎えが来たらしい。可愛らしい会話を聞くともなしにきいていると、不穏な気配が現れる。少女と連れが、何者かに絡まれていた。
眠っていた身体を伸ばすと、ゼネテスは立ち上がっていた。迷うことなく、少女を助けるために。
助けた少女は、旧知の娘だった。
セアラ、という名前を、愛しげに父親は発音していた。それだけでも、愛されている娘なのだと思った。仲睦まじい父子の姿から、突然の別れを予想することはできなかった。

父親が死んで、娘達が残される。
わんわんと泣き伏すリルビーの少女を、銀の髪の娘が抱きとめていた。セアラは、ただ静かに泣いていた。声をあげて泣いてほしいという、ゼネテスの願いを余所に。
宿の部屋で悄然とうなだれる姿は、病を患った小動物を思わせた。緩慢に訪れる死を、待ちわびているかのように。リルビーの少女は立ち直りの気配をみせていたが、こちらはそうもいかないようだった。ふと幼い頃、庭師が飼っていた小動物を思い出した。ふわふわの毛皮と、長い耳をもっていた白うさぎ。庭師は、白うさぎを抱き上げて──屋敷の一人息子にそっと手渡しながら口にした。
「こいつは寂しがり屋なんですよ、坊っちゃん。寂しいと、死んでしまうんです…」
手の中で震えていた、温かい生命を思い出す。目の前にいるセアラも、微かに震えていた。思わず、手を伸ばしていた。親を亡くして、寂しさに震える子供を抱きしめていた。

それがゼネテスにとっての、始まりだったのかもしれない。



※何だかよくわからなくてすんません…ゼネテスとセアラの始まりを書きたかったんですが…消化不良でした…。とりあえずプラトニック目標なんです。