若い盗賊

気が大きくなっていたのは、確かだった。何しろカジノで大勝ちするなんて、滅多にないことだからな。そうじゃなきゃ、思いつくわけがねぇ。女を、部屋に呼ぼうだなんて。
「街頭でひっかけるとか、娼館に行ったほうが選べるぜ?」
そう言ったのは、最近、カジノで一緒になる機会が多かったオヤジだ。言われてみりゃ、確かにそうなんだが。なんてゆーか、憧れみたいなものがあったんだと思う。部屋に女を呼ぶ。なんか、こう、カッコいいイメージがある!…ような気がした。
それに、実はこの街にくる前に、親父たちに止められていた。ここで女を買うな、と。何でも、動乱直後の街の娼婦はあまり衛生的じゃないんだそうだ。街娼も娼館も。彼女たちの多くは流れ者を相手にするので、どうしてもそうなりやすいらしい。盗賊ギルドは機能してるから、そっち経由で紹介して貰えれば安全だ、と最初に挨拶にいったとき教えて貰ったんだが。そんなコトをすれば、間違いなく親父たちの耳に入る。ギルドの連中は、面白おかしく脚色して吹聴してくれるだろう…揉め事はゴメンだった。だから、女の所に行こうとは考えてなかった。なのに、俺は女を部屋に呼ぼうとしていた。
発端は、気安く話しかけてくるオヤジだった。
口の上手いオヤジは、話術も巧みで話してると面白かった。何処でどう流れたのかは解らなかったが、オヤジが女の仲介もするという話になったんだ。
「へぇ、どんな奴が呼ぶんだ?」
「基本的に、金周りのいい奴だな。ちっと割高になるし。あと、買うところを見られたくない奴ってところだ。色々、事情があるんだろうさ」
「俺にも紹介してくれんの?」
そう聞くと、オヤジは肩をすくめて最初の台詞を言ったのだ。


二、三話して、俺がマジだとわかると、オヤジは狡猾な顔になった。こっちも気をひきしめる。交渉ごとは、得意中の得意だったからな。しかし、オヤジは強敵だった。俺が初心者で、足元を見られてたってこともあったんだろう。すったもんだの話し合いのすえ、なんとか相場の金額になった…と思う。先払いで金を受け取り、俺から宿と部屋を聞いたオヤジは「値段相応だからな。あんまり期待するなよ」と言って、時間を言った。
今になって思うんだが、ひょっとしてあのオヤジは最初から俺に女を買わせるつもりだったのかもしれない。これで、もし女が来なかったら……盗賊が美人局にあったなんて、恥ずかしくて口にできやしねぇ。悪い想像をしながら、そわそわと時計をみていると約束の時間がきた。
ドアの外で足音がして、部屋の前で止まった。
ノックの音がして、ドアを開けると。廊下には、女が立っていた。古ぼけたコートを着た若い女で、金茶色の長い髪とはしばみ色の瞳をしていた。ごく普通の、たとえば俺の家の隣に住んでたった不思議じゃない女だった。俺をみあげる瞳は大きくて、美人というより可愛いという表現がしっくりくる。娼婦にありがちなケバケバしい化粧もしてないし、服装も平凡で、やせぎすに見えた。
想像もしてなかった女の姿に、俺は驚いていた。その驚きをどうみたのか、女はドアの部屋番号を確認して、仲介したオヤジの名前を口にした。
「言われて来たんですけど…あの、間違えちゃった…のかな…」
心細げな声に、俺は我にかえる。
「い、いや、この部屋で間違いない。えーっと、入ってくれ」
「はい。失礼します」
俺が招くと、軽く頭をさげて女は部屋に入ってきた。なんていうか、崩れた感じがしねぇ。とりあえずドアを閉めながら、俺はどうするべきか考えていた。
「そ、それじゃあ、その……」
何をどう言うべきか、俺は迷っていた。情けねーことだが、俺は女に誘われたことはあっても、誘ったことはなかったんだ。
「…茶でも飲むか?」
視界に部屋に備え付けの茶器セットが入ったせいだろう。とっさに場違いなことを口にしてしまった。やばい、まずい…!と思ったときは後の祭りだ。きっと笑うに違いないとおもった女は、脱いだコートを抱えて首をかしげていた。
「…入れましょうか?」
ごくごく自然に申し出られてしまった。わざとらしさは、まるでない。たぶん茶器セットに自分が近いからとか、そういう発想なのだろう。俺が勝手に張り詰めてた空気が抜かれたような、そんな感じがした。
「んじゃ、頼む」
そういうと、女は笑った。緊張が、ほどけたように。


ストーブの上にあった薬缶からお湯が注がれて、手際よくお茶は淹れられた。俺はベッドに腰掛けて、女の後ろ姿を見てた。そして渡された、安っぽいブリキカップの中の安っぽい茶を、何故か美味そうだと思った。
「…あんた、変わってるな」
「え?」
一客しかない椅子に腰掛けてた女は、きょとんとしていた。
「俺は茶を飲むために、あんたを呼んだんじゃない。わかってる…よな?」
「はい」
きちんと返事をされても、何だか困る。どうも色っぽく振舞うとか、誘うとかいう行動はないらしい。ようやく、女の正体がわかった気がした。こんなにも、普通だという意味も。
「――堅気だろ、あんた」
自信たっぷりの結論だったんだが、女は首をふった。
「いいえ。わたしは身体を売って、報酬を貰ってます。ここに来たのも、お金を稼ぐためです」
きっぱり言い切られても、説得力はまるでない。顔はこわばってるし、身体もがちがちに固まってる。俺が、もっとイイ男なら。ここで金を渡して、諭したりするんだろう。でも俺は、イイ男じゃなかった。訳ありで一生懸命に金を稼ごうとしてる女に欲情して、抱きたいと思っちまった、どうしようもない只の男だった。
空にしたブリキのカップをベッドサイドに置き、俺は女に空いた手を差し出した。
「俺は、トラップ。あんたは?」
そっと、女は俺の手にふれる。
細い手首を握ると、返事が聞こえた。
「…パステル」                   




なんつーか、すごかった。
パステルは、ぐったりと消耗しきっている。俺よりも体力なさそうだから、しかたないだろう。意識が飛んでるみたいだし、このまま寝かせるべきだよな。そうっと触れると、無意識なのか擦り寄ってくる。ぬくもりに包まれると、安心したように身を任せてくる。その姿は、頼りなくて。抱きしめてやりたかったんだ。とりあえず俺もこのまま寝てかまわねーよな?と、誰かに言い訳しながら、俺は眠った。


翌朝、パステルが身支度を整える前に、俺は古ぼけたコートに金と連絡先を書いた紙を滑り込ませていた。もう一度相手をしてもらいたい…じゃなくて。何だか、放っておけなかったんだ。力になってやれるのなら、そうしたかった。