異国の傭兵

女を買うのは、面倒だった。大抵、俺の外見が問題にされる。だが馴染んだスタイルを変える気は、さらさらなかった。
街角にたたずむ女たちは、あたりはずれが大きい。自分の好みの女たちは、まず声をかけてくることがないのだ。娼館が無難といえば無難だったが、一度足を運んだこの街の娼館は好みに合わなかった。
女の好みがうるさいのか、と問われたなら「そうだ」と答える。職業柄、病気持ちの女と寝首をかかれそうな女は御免だったし、一夜の慰めを得るのだから好みを優先するのは当然だと思った。好みの女でなければ、一人寝をするほうがマシというものだ。王都の娼館なら馴染みの女もいるのだが、郊外のこの街ではそれも望めない。
それでも生理的欲求というヤツは、ままならないモノだった。顔見知りの情報屋にこぼすと、表の顔は雑貨店の店主である女は、にたりとヘビに似た笑顔で笑い、一人の男を紹介してくれた。女衒にもヒモにも見えない男だったが、女の仲介をしているようだった。
「どんなのが好みなんだい?」
「清潔で、健康で、俺の容姿を気にしない女だ」
要点だけを言うと、男は探るような目をした。
「年増がいいとか子供がいいとか、玄人がいいとか素人がいいとか、美人がいいとか身体がいいとか。そういうのは無いのかい?」
「淫行罪にひっかかる子供は困るし、嫌がる素人も却下だ」
「床上手な玄人の年増となると、けっこう難しいんだけどな?」
暗に仄めかされたそれを、俺は鼻で笑った。
「女に喜ばせて貰おうとは思わん。女は、喜ばせるものだ」
「大した自信だ」
肩をすくめながらも、男は安心したようだった。床上手で玄人の年増には、心当たりがなかったのだろう。
仲介の男は、相場より高めの金額を提示した。交渉の末、相場の金額となった。男は口が達者で、値切るのは難しかった。宿と部屋を教えると、男は時間を告げた。その時間に、訪ねるものがあるのだろう。


約束の時間に、心細げなノックの音がした。ドアを上げると、若い娘が立っていた。
「時間通りだな」
娘は頷いた。ドアの前から身体をどけると、部屋の中に入るように促す。一瞬、躊躇したが娘は足を踏み出していた。
通り過ぎた髪からは、わずかに石鹸の香りがした。清潔、という希望は叶えられたらしい。
狭い部屋の中、ベッドの前に立ち尽くす娘は20才まえに見えた。長い髪は金茶色で、自分を見上げた瞳ははしばみ色だった。古ぼけたコートを着た姿は細く、緊張している。ふと、疑念がよぎった。この娘は、騙されて此処にきたのかもしれない。
「俺は、今夜の寝床の相手を手配してもらった。もしや、騙されでもしたのか。お前に、そのつもりがないなら帰ってもいいぞ」
そういうと、娘は驚いたように振り返った。俺を見あげると、困ったように笑った。幼さの残る、笑顔だった。
「わかってます。わたし、そのつもりで来ました。でも、あの…ごめんなさい…」
謝罪を聞いたとき、俺は今夜のことは諦めるしかないと思ったのだが。
「わたし、その、は、はじめてで…!ど、どうしていいのか…」
耳まで真っ赤に染めて、娘はうつむいていた。俺はあっけに取られていた。大年増がくるとは思ってなかったが、まさか自分のところに初物が転がり込んでくるとは。夢にも思っていなかったのだ。内心、ため息をつきながら、俺は娘に言った。
「……立ち話も何だ。とりあえずベッドに座れ。椅子は一客しかないからな」
俺が備え付けの椅子に座ると、娘もおそるおそるベッドに腰掛ける。改めて娘を見つめた。興味半分…という風には見えない。堅気の娘なのだろう。何気ない所作から、きちんとした教育を受けた娘だとわかる。
「いくら必要なんだ?」
「え…?」
問いかければ、目を大きく見開く。どこか痛々しい姿から目をそらすように言った。
「堅気の女が身体を売るのは、金が要るときだ。金ならやるから、もう二度とこんなことは――」
「わたしは、お金を稼ぎにきたんです!」
思いもしなかった激しい声で、娘は俺の言葉を遮った。
「施しや憐れみで、お金を恵んで欲しいわけじゃありません!そ、そりゃあ、わたしは魅力がないかもしれないけど…」
最後の方はごにょごにょと小さくなる。真剣で一生懸命であるがゆえに滑稽な姿に、俺はふきだしていた。笑い出した俺に、娘は途方にくれた顔をした。
ようやく笑いを収めると手を伸ばし、娘の頬にふれる。娘は身体を固くしたが、逃げはしなかった。
「気に入った。悪くない覚悟だ――だが、本当にいいのか?今なら、まだ引き返せる」
真剣な目で問えば、真摯な瞳が答える。
「自分で決めたんです…お金を稼ぐって。そのせいで、いろんな人たちに迷惑をかけました。引き返そうとは思いません。それに…」
「それに?」
ふわりと、娘は笑った。懐かしい陽だまりのような、やわらかな笑みだった。
「あなたは、とても良い人です。後悔は、しません」
「俺は傭兵だ。憶えておけ、傭兵を信じると碌なことはない。俺の通り名はダンシング・シミター。お前の名前は?」
「パステル」
細い身体をベッドにゆっくりと押し倒しながら、俺は告げた。
「ではパステル。約束しよう…お前に、後悔はさせん」




「大丈夫か?」
呼吸が整ったところで、声をかけた。パステルは、ぼうっと俺を見上げた。
「…大丈夫…何だかわたし…」
パステルは、言葉をさがしあぐねているらしい。たった今した経験が、信じられないのかもしれない。
そろそろと身体を離し、身支度を整えながら告げる。
「はじめての体験が、期待はずれにならなくて幸いだ」
立ち上がると、パステルも起き上がろうとする。だが、膝が笑っていうことを聞かないらしい。支えてやると、パステルは頬を染めながら言った。
「ありがとう…」
それは支えてやったことの礼か、行為の礼なのか。わからなかったが、俺は慈しむように言った。
「ひと眠りしていけ。どうせ帰るのは夜が明けてからだろう」
真夜中に女が一人歩きすれば、この街ではどうなるか火を見るよりも明らかだった。


夜が明けた頃、パステルは帰っていった。
別れ際に、金を渡すとパステルは驚いていた。
「お金は、先払いでもう貰ってます…!」
「かまわん。あの金が全部、お前のものになる訳でもあるまい。これは、正当な報酬だ。それから、こっちは俺の連絡先だ。もし…困ったことがあれば連絡しろ。力になる」
困った表情をしながら、パステルはそれらを受け取って去っていった。買った女にずいぶん親切なことだと、思った。だが彼女には、それだけの価値があるとも、思ったのだ。