女衒になった男

俺は、あんまり誉められた人間じゃない。動乱がおきるまでは、従兄弟の保険会社の勧誘をやっていた。動乱のあおりをうけて会社がつぶれたとき、従兄弟は早々に街を出て行ったが、俺は残った。残って一山あてようなんざと、思ったわけだ。だが世の中は上手くいかない。俺は勧誘で鍛えた口の旨さでもって詐欺師まがいのことをしながら、日銭を稼いでいた。
社会の裏側に住むまっとうじゃない種類の人間だという自覚はあったが、そんな俺にも通したいスジってものはあった。力があるなら、守ってやりたいと願う顔馴染みも。行きつけの場末の食堂は、良い店だった。無口な店主が作る料理は美味かったし、口うるさい娘のウェイトレスも働きもので、皿洗いと臨時のウェイトレスを兼ねる娘は、気立てが良かった。
俺は酒代をツケにしてもらったり、たまに娘たちの尻を撫でたりする性質の良くない客だったが、どういうわけか店主も娘たちも俺を信用してくれていた。何となく肌でそれを感じた俺は、できる範囲で彼らの信用を裏切らないようにしていた。
その日、俺は看板になるまで店にいた。飲んだくれてた訳じゃなく、暇つぶしをかねて粘っていたというのが正しい。いつものことなので、ウェイトレスも文句を言わなかった。ただ、時折、意味深な視線を投げていた。俺に気がある…な訳でもなさそうなそれに、内心首をかしげていた。その答えは、俺が席を立とうしたときにわかったんだが。
「パステルが、あんたに相談があるんですって。のってやって頂戴」
きっぱりと言い切るウェイトレスの後ろには、皿洗い兼ウェイトレスであるパステルが、思いつめた顔で立っていた。
俺は神妙に頷いて、パステルと向かい合って座る。店じまいした店内は薄暗く、奥のキッチンでは後片付けの音がする。店主もウェイトレスも、俺たちの会話に口を挟む気はなさそうだった。
「で、俺に何の相談だ?」
「早急に、お金がいって…だから…お客を、紹介して欲しいの」
客が、何の客か。改めて確認するほど、俺は察しは悪くない。そういうコトも俺の仕事のひとつだった。だが、そういう雰囲気をもたないパステルから相談されるとは、思ってもみなかった。
俺の問いに、パステルは答えてくれた。妹が病気になったこと。特効薬があること。特効薬が高価なこと。そして、時間がないこと。高価な薬とはいえ、真面目に数ヶ月働けば何とか手が届く値段だった。けれど、妹の病気は刻々と進行していて数ヶ月持つことなどありえない。顔見知りな俺たちも何とかしてやりたいが、それだけの大金をすぐに用意することは難しい。ここで、金を借りるという選択を選ばなかったのは、賢い選択だった。この荒れた街で女が借金しようものなら、骨までしゃぶられて、下手をすると妹ともども娼館に叩き売られてしまうだろう。自分が、弱者であることを主張するのは、この街では危険なのだ。
娼婦として生きる決意があるなら、娼館にいくことも悪くない選択だった。だが、パステルにはそこまで決意できないのだろう。たとえ、同じ方法で金をかせぐにしても。今のこの街で、生活のため身体を売る女たちは珍しいことではない。普通の暮らしを装いながら、身体を売る女たちを、俺は知っていた。うかつに踏み込んで、泥沼にはまっていく女たちのことも。
それを思えば、パステルの選択はマシな方だと言える。自分で客を取ったりせず、俺に相談を持ちかけたのだから。
俺は、パステルの決意を確かめた。他に方法があるなら、そのほうがいいと勧めた。だが、パステルは、もう決断していたのだ。
「わたし、ルーミィを助けたい…あの子は、わたしの家族なの。ムシの良い相談だって、わかってる。でも、他にお金になるものを思いつかなくて…!」
俺は結局、パステルのヒモのふりをすることにした。パステルを街角に立たせるつもりはなかった。街角の女ではない女を求める男がいることを、俺は知っていた。


情報を集めるのは、俺の十八番だった。俺は、たくさんの酒場や盛り場に顔をだした。噂話を集め、自分の目で確かめた。それから、これはと思う男たちをピックアップした。
俺が選んだ基準は、さほど女遊びをしないこと。健康で病気をもってないこと。女に暴力を振るわないこと。それと、そこそこ見栄えのする男。最後のは、パステルへのサービスだった。それくらい我が侭をいっても構わないと、俺は思ったんだ。