思いがかさなるその前に…

俺はパステルが好きだった。そして今も、彼女を愛している。
こんな事を思うと、なんとなく格好よさげだけど、俺が自分の想いを自覚したのは、情けないことに彼女を失ったときだった。
パステルが封印されたとき。
自分の世界が、崩れて行くのを感じた。彼女の存在がなければ、俺は自分自身を支えることができないほど、パステルに頼っていたんだ。
パステルは、とても強い女の子だった。自分がどれほど強いのか、彼女自身はわかってなかったけれど。彼女には、外から見ただけじゃわからない――しなやかな強さがあった。つまずいて、転んで、失敗しても、立ち上がることを恐れない。それは分りやすいものではなかったけれど、じっと耐えることのできる静かな勇気だった。
俺は、彼女を尊敬してたんだ。
些細なことでしょげたり、トラップにきつい事をいわれて肩を落とすパステルを俺はよく慰めたけど。本当に救われてたのは、俺自身だった。
パステルは、俺と彼女が同じことを感じてるみたいだって、無邪気に喜ぶことがあった。でも、それは当たり前のことだった。俺の内側には、いつだって彼女がいたんだから。
パステルが存在しているなら、俺は彼女に忘れられたって、誰か別の男を愛したって気にしなかったと思う。彼女が幸せでいてくれるなら。彼女は、俺にとって貴婦人だったから。貴婦人に捧げられた愛が、見返りを求めることはない。
でも俺は、パステルを失った。
俺と同じように打ちのめされているトラップを見た。
まるで鏡に映した自分自身を見ている気分だった。
瞳は乾いていて、涙は一粒もでてこない。俺たちは絶望の淵を覗き込んでいたんだろう。何とか希望をみつけることができたけれど。そのとき俺は。自分が俗物だと思い知らされた。
俺は二度の喪失に、耐えられそうになかった。
もう誰にも、トラップにさえもパステルを渡したくなかった。俺の側にいてほしいと、願わずにはいられなかった。


15年は、短い時間じゃない。俺は、やっぱり何度も迷った。彼女を忘れてしまうこと。諦めてしまうこと。何度も何度も考えた。誰といても、孤独を感じた。その度に、唇をかみしめた。彼女の笑顔を振り捨てることは、俺にはできなかった。それは、今まで歩いてきた自分自身を否定するみたいだったから。
封印が解けて、パステルは還ってきた。彼女に声をかけたとき、気づいてしまった。
パステルの中でも、15年という時が流れていたことに。
15年は、短い時間じゃない。俺がさんざん迷ったように、彼女も迷ったんだろうか。俺のことは、もう何とも思ってないんだろうか。俺は、君とちゃんと向き合えてるだろうか。思いは言葉にならなかった。パステルが何を思っているのか、俺にはもうわからなかったから。
それでも、俺は。
彼女の手を握って、仲間たちの輪から連れ出していた。
「クレイ…?」
不思議そうなパステルの声に警戒心はなく。俺は、自分が情けなくなる。安全な男に、なりたかった訳じゃない。でも彼女の中で、俺は昔も今も――そういう対象になり得なかったのかもしれない。
もの思いに沈んでいると、ぎゅっと手を握られた。足をとめて振り向くと、彼女は微笑んでいた。
「パステル?」
「クレイは大人になって…昔よりもずっと素敵になったね。何だか、まだ夢をみてるみたい」
その言葉は、とても嬉しそうだった。
「俺の方が、もっと夢をみてる気分だけど、夢じゃない」
あらためて強く手を握ると、パステルは幸せそうに笑った。
俺は、告げずにはいられなかった。


「愛してるよ、パステル」


パステルは驚いていた。
それから俺の瞳をみつめながら、答えた。
「わたしも、ずっとあなたを…クレイを、愛してたの…」
言葉の語尾は震えていた。俺は彼女を抱きしめていた。あたたかな涙が、シャツを濡らしていく。
やっぱり俺たちは、同じように感じるのかもしれない。俺の乾いていた目も、涙に濡れていたから。
どんな称号を得たとしても、パステルのいない人生は、俺にとって無意味だった。失っていた片翼を取り戻して、俺は未来を夢見ることができる。
そっと身をかがめて、パステルに口付けた。
幸福は腕の中にあって、俺は自由だった。