懐かしい未来

心残りは、たくさんあった。
買い物もしたかったし、原稿も仕上げたかった。本をだして、小説家って呼ばれてみたかったかな。それに、素敵な恋もしたかった。片思いの憧れじゃなくって。
気になる人も、いたの。もう、どうしようもないことだけど。
伝えておけばよかったなぁって、思ってる。いまさらだけどね。
わたし、全部なくしたと思ってた。両親を失って、おばあさまのところにも行けずに、逃げ出したから。
でも、みんなが私に、何もなかったわたしに、いろんな事を教えてくれた。わたしを、わたしとして、受け入れてくれた。
みんな大好き。わたしの大切な家族。一番、守りたいもの。
ルーミィと一緒にいたい。
シロちゃんと一緒にいたい。
キットンと一緒にいたい。
ノルと一緒にいたい。
そして、トラップとクレイと…。
でも、そう願うことで、わたしの大切なものが失われるのなら。
そう願うことで、また、わたしの家族が守れないのなら。
わたしは、願うのをやめよう―――


竜の望みをうけいれたとき、真っ白になった。
深い深い何処かへ、落ちていく感覚があった。
それから、高く高く昇っていく感覚もあった。
気が付いたら、大樹の梢にいた。まるで風のように。
すごく高いところだったけれど、怖いという感覚はなかった。
何かが…感じるというものが、抜け落ちているみたいだった。
大樹の下には、キットンとノルがいた。
無事だった二人の前に舞い降りたけれど、二人にはわたしが見えなかった。それから、ルーミィとシロちゃん、クレイにトラップも来たけれど。
わたしを見てくれる人は、誰もいなかった。
さみしいと、思った。でも、二度と逢えないと思っていた人たちを見ることができるのは幸せなのかもしれないと、思った。私は、大樹になっていたのかもしれない。風に梢を揺らしながら、愛した人たちと過ぎていく時を、眺めていた。
最初の変化は、ささいなものだった。
小さな男の子が、わたしを見つけたのだ。
あのとき、わたしは自分が大樹ではなく「パステル」という存在だったことを改めて自覚した。そうすると、以前よりももっと、流れていく時が愛おしくなった。
キットンやノルの外見はあまり変わらなかったけれど、ルーミィは劇的に変わっていった。クレイやトラップも、大人になっていく。そんな流れの中、大人になってとても綺麗になったマリーナが男の人を連れて来てくれた。
この人と結婚するんだと、幸せそうに笑ってくれた。
笑顔に曇りは一点もなくて、わたしも幸せな気分になった。
マリーナの笑顔が、本当に嬉しかった。それは、わたしが愛した人たちが、わたしに笑顔をみせてくれないからなのかもしれない。みんなの笑顔が、とても見たかった。
そうして、大きくなったセスがやってきた。
セスの笑顔はまぶしくて、つられて、わたしの心はざわめいていた。ざわめきながら、心が重くなっていくのを感じていた。それは、危険なことなのに。


所詮、わたしは人でしかなかった。
大樹のように、生きることはできなかった。
わたしは望んでしまった。わたし自身が、幸せになりたいと。
大好きな人への想いを、止めることはできなかった。


誰よりも愛してる人が、わたしを抱きしめていた。
わたしも手を伸ばして、その人を抱きしめていた。
胸に、あなたの声が聞こえてくる。
捨て去ることも、忘れることもできなかった、私の大切な想い。それが、わたしを解き放ってくれた。
このかけがえのない腕の中へと。


初めから二人は、ここにいたのかもしれない。
懐かしい、未来に。