全力少年

セスは自分の剣を見つめていた。手になじむ重さのブロードソードは、頑丈さが取り柄のありふれた品だった。けれど長くは無い冒険の旅の間、自分を守ってくれた物だった。伝説も魔法も持たない、ただの剣。まるで自分のようだと思う。悔しいが、それは受け入れるしかない。誰しも一足飛びに、達人になれるわけではないのだから。剣を磨き、刃こぼれのないことを確かめ、鞘に収める。剣帯につるすと、マントを手に取った。じゃら、と皮鎧の下で鎖帷子が鳴った。セスは戦士としては軽装だった。防御を強化しようとも思ったが、自分の敏捷性が失われるのを恐れたのだ。
「竜と戦う格好には、見えないな」
セスの装備をみて、トラップは言った。
「慣れてる格好の方が、まだ動ける。俺の役目は、竜を霍乱することだろ?」
「まあ、そうだな。俺とお前は、おとりだ。俺たちが動き、竜の注意をひきつける。その隙に、クレイが逆鱗を貫く。口にすると、何だか簡単そうだよな」
自分も皮鎧だけの軽装で、ヒゲを剃ったトラップがうんうんと頷きながら口にした。
「簡単なハズが、あるわけないでしょう!あんたはバカですか!」
「油断は、よくない」
キットンとノルが、緊張感のないトラップに言うが馬耳東風のようだった。


戻ってきたとき、湖の周囲は物々しい雰囲気になっていた。巨大な投石器があり、その弾となる岩が転がり、そして大砲のようなものには巨大な槍が装填されている。槍の先端部には抜け落ちるのを防ぐためのスパイクがあり、鋭く輝いていた。
麓の村に避難勧告をした、とキットンは説明した。まるで攻城兵器のような武器も、彼とノルが用意していたものだった。
「いつか、時がくると思ってました。私は自ら武器をとって、竜に挑むことはできません。けれど、遠距離攻撃なら可能じゃないかと思ったんです」
ぎゃはぎゃはと笑いながら説明してくれたが、きっと口調よりもずっと真剣だったのだろう。巨大な兵器は、怠り無く手入れがしてあった。
竜と戦うための作戦会議は、あっさりとしていた。その場のリーダーは、当然のごとくクレイだった。
「俺たちの目的は、竜を倒すことじゃない。シドの剣で逆鱗を貫くことが目的だ。シロの話によると、竜の逆鱗は喉元にあるらしい。どんな動物も、弱点である喉はそう簡単にさらけだしてはくれない。だから――」
「竜をひっくり返すんだろ?」
トラップが面白そうにクレイの言葉をひきついだ。
「ああ、その通りだ」
「バンザイ魔法やキノコ変化が通じる相手だとよかったんですけどねー」
悔しそうにキットンが言う。セスには、意味が良くわからなかったのだが。
「竜は魔法耐性が高いし、知能も高いもの。攻撃用じゃないキットン魔法じゃ無理だよ」
「ルーミィのいう通りだ、キットン。気に病まないでくれ。魔法の援護は、ルーミィだな」
シルバーブロンドの少女は、魔法使いのローブを纏っていた。
「うん、任せて。竜に攻撃魔法は通じないけど、クレイたちに防御魔法はかけられるよ。それに魔法は聞かなくても、竜だって風の影響は受けるはずだと思うし」
「そうだとありがたいな。ルーミィ、キットン、ノル、シロ、エンニオさんは、後方援護。俺とトラップ、セスは前衛だ。まともにやりあう必要はない。危なくなったら、さっさと逃げること。明日になれば、麓から冒険者ギルドの特別隊がくる。見栄を張って、命を捨てる必要はない」
淡々とクレイは、全員に告げた。気負ったところは何処にも見当たらない、自然体な姿だった。
姿といえばセスにとって意外なことに、クレイの装備は軽装だった。鋼のブレストプレートと、黒い胴鎧。マントも黒皮ではなく、青いマントだった。会議の前に思わずそれを指摘すると、クレイは眉根を寄せ、トラップは爆笑したのだ。
「そーだよなー!噂とは違うよな!黒竜の皮のマントに、黒竜の鱗のスケールメイル!いやー、あの噂はサイコーだぜ!」
げたげたと笑い転げるトラップのとなりで、キットンがこまったように口をはさむ。
「あのですね、セス。クレイはちゃんとブラックドラゴンの皮のマントも持ってるし、ブラックドラゴンの鱗の魔法がかけられたアーマーも持ってるんですよ…」
キットンのフォローを他所に、トラップはニヤニヤと笑いながらクレイをからかう。
「クレイちゃん、あのマント、着ねーの?カッコよかったじゃん。JBとおそろいのマント!」
「着たかったら、お前が着ろ。お前好みの派手さだったろ!」
不機嫌そうに声をあらげるクレイを、呆然とセスはみつめた。何となく、怒る理由は想像できる気がしたが。
セスは知る由も無いが、クレイが聖騎士の塔をクリアした記念に、とJBから贈られたマントはJBとおそろいだった。表は黒だったが裏の派手派手しいきらびやかさに、クレイは着用を拒否したのだった…。
「でな、セス。この胴鎧にブラックドラゴンの鱗をつかって魔法防御がかけられてるわけだ。えっと+3だったか、4だったか?この胴鎧は、一見黒光りするスケールアーマーに見えるが、その実態は由緒正しい…ぐげ」
トラップの長広舌は、妙な悲鳴でさえぎられた。背後からクレイが腕をまわして、喉を締め上げたために。
「このまま、おとしてやろーか?」
「ギブ!ギブ!」
じたばたと暴れるトラップを、簡単に押さえ込むクレイだった。いい年をした男たちが、少年のようにじゃれあう。これから待ち受ける戦いに、備えるために。