魔法のコトバ

ルーミィはパステルの傍を離れようとしなかった。当然、セスも動かない。銀髪の美少女と金髪の美青年は、パステルを挟んで火花を散らしているのだが、当の本人はのほほんと幸せそうに笑っていた。
気を利かせたシロがキットンたちを連れて戻ってきたときも、三人のスタンスは変わっていなかった。
「パステル…あなたは、どうなってるんですか?」
どたばたと駆けつけてきたキットンは、わなわなと震えた挙句、質問を口にした。再会の感動よりも、疑問解決の方が先らしい。
――キットン、相変らずだなぁ…。答えたいんだけど、上手く説明できないの。
苦笑して困ったように口にするパステルに、なおもキットンは問いかける。
「視覚と聴覚はあるんですね?触覚や臭覚はどうですか?」
「キットン、あんた、他に言うことないのかよ…」
あきれたように隣で呟くセスを、キットンはキッと睨み返す。
「あのですね、あなたには分らないかもしれませんが、これは重要なコトなんですよ?パステルを封印から解放するために、何が役にたつか判らないのですから。私はどんな些細な情報も調べるつもりです!」
ぎゅっと拳を握り締めるキットンの前に、ふわりとパステルが立った。
――ありがとう、キットン。長い間、わたしの側にいてくれて…とても嬉しかった。キットンやスグリさんがいてくれたから、寂しくなかった。でも、ね。封印は、解かなくていいよ。
「ぱーるぅ!」
「どうしてですか、パステル!」
驚くルーミィとキットンを見つめて、パステルは口にした。
――だって封印が解けたら、竜が起きてしまう。そうしたら、この湖も森も無くなってしまうかもしれない。そんなこと、竜は望んでないのに…。
「竜の望みなんて、私の知ったことじゃありません」
真摯な言葉を、ばっさりとキットンは切り捨てる。
――キ、キットン?!
驚くパステルを見上げ、キットンは迷うことなく告げた。
「そして竜の望みとあなたの望みも異なるはずです。あなたの人生は、あなたのものなんです、パステル…!」
キットンの言葉を雷が打たれたように聞くパステルに、労わるような声がかけられた。
「俺たちのことは、気にしなくていい」
キットンと、背後に立っていたエンニオ、そのさらに後ろから大きな姿が歩み出てくる。
――ノル…!
「俺たちは、パステルを解放することを望んで、そのために行動してる。負い目に思わなくていい」
穏やかな声で、巨人族の男は迷うこと無く言い切る。手前で、エンニオも頷いていた。
「俺も嫌なことはしない。自分がしたいから、するだけだ」
――エンニオ…
エンニオは、懐かしい目でかつての学友を見つめた。それから、楽しそうな笑みを浮かべた。
「封印された仲間を救う冒険。吟遊詩人の歌には、もってこいの素材だと思わないか?」
おどけた声音に、パステルが小さく微笑む。つられたようにルーミィとシロが重ねて言った。
「わたし、もう一度、ぱーるぅに抱っこして欲しい!」
「ボクは、パステルおねーしゃんと一緒に行くって、約束したデシ!」
「俺は、パステルが好きだ!」
そう続けたのは、セスだった。
一瞬の沈黙がおちる。まるで天使が通り過ぎるように。
その場にいた全員の突き刺さる視線をものともせず、セスは驚いて目を丸くするパステルに、熱い声で告げた。
「君を、愛してる」


大きく見開かれたはしばみ色の瞳から、ほろほろと涙が零れた。
「え、ど、どうして泣くんだ…?!」
泣き出したパステルの前で、セスはわたわたと慌てる。
思ってもみなかった出来事にエンニオは興味津々だが、ほかのメンバーはそうでもない。
「……泣くほど嫌だったんじゃないの?」
不機嫌な声で、ぼそりとルーミィは呟く。
ノルが小さく首を振った。
「ルーミィ、ちょっと口が悪くなった」
ノルの嘆きに、キットンも同調した。困ったように、ため息をつく。
「子は親の鏡といいますから…育ての親が、あの人ですし…」
シロが何かを言おうとしたとき。その瞳の色が、緑に変化した。
「危険が、危ないデシ…!」


大樹の内側から、風が起こる。ごう、という激しい音の中で、とぎれとぎれの声が聞こえた。
――封印が、弱まってしまう……魂が…人に近づいて…
パステルの幻影が、風に揺らめいていた。
「パステル!」
セスの叫びも、風にもっていかれる。
風は荒れ狂い、枝を激しくゆらし、小石をとばし、土ぼこりを巻き上げていく。
――わたしが、それを望んでしまった……セスが、わたしを、愛してくれたから、想いが――
大樹を中心に、竜巻が沸きあがろうとしていた。
障壁となりつつある風の壁に、セスは手をのばす。
ゆらめき、消えていくパステルを留めようとした。
「パステル…っ!」
――わたし…眠らなくちゃ…
セスの声に、哀しそうにパステルが言った。彼女が目を閉じたとき姿はかき消え、荒れ狂う竜巻だけが残る。セスは叫んだ。
「ダメだ、パステル!眠るな!」
「セス、危ない!」
竜巻に飛び込もうとするセスを、エンニオが引き止める。
それを振り払うように、なおもセスは叫ぶ。
「パステル!俺は、君を呼ぶ!」
エンニオもろとも、竜巻に吸い込まれそうになる。それをノルが助けた。
「もう無理だ!」
引きずられるように安全地帯へ移動しながら、セスは言った。誓いを立てるかのように。
「きっと、君を、呼び覚ます…っ!」


吹き荒れた竜巻は、しばらくするとかき消すように消えた。あとに残った大樹は、何事もなかったかのように立っていたが、もうパステルが姿を現すことはなかった。
「せっかく…ぱーるぅに会えたのに…」
「きっと、また会えるデシ」
肩をおとすルーミィを、シロが慰める。シロが感じたことによると、あの竜巻は竜の封印が物理的に力をもったものではないか、ということだった。
「ちくしょう…っ!」
悪態をつくセスの背後で、キットンは何かしら考えていた。
そして、唐突に大声を出す。
「そうか…そうだったんだ!何て簡単だったんだ!どうして気づかなかったのか!」
「キットン?」
心配するノルの前で、ぎゃはぎゃは、ぐふふと不気味な笑い声をあげながら、キットンは言った。
「ノル、ルーミィ、シロちゃん!わかりました!わかったんですよ!封印を解く方法が!」