はじまりの風

「ルーア人の父がいるー♪ルーア人の母がいるー♪そして、オーレがここにぃーいるぅー♪」
晴れた空に、元気よく気持ちよく歌が響いている。その合間にため息が聞こえた。
「…セスは、父親に似たんだな…」
「そうらしい。母さんも、そう言うんだ。何でかな?」
歌を歌っていたセスは、背後を歩く連れに振り向いて答える。
「……詩人に向いてないのは、確かだ」
しみじみと、しかしキッパリと旅の連れは呟いていた。だがセスは気にしない。本当のことだと、自分でもわかっていたので。
「あたりまえだろ?だから、ファイターになったんだし」
セスの母は、先ほど歌っていた歌にもでてくる高名な吟遊詩人オーレの子孫だった。母も吟遊詩人になることを期待され、才能も溢れるほどあったが、彼女は冒険者にはならなかった。理由はわからない。けれど母はとても幸せそうなので、セスは気にならない。
それでも、母はセスが冒険者になりたいと言ったとき賛成してくれた。詩人を選ばなかったことには、苦笑いしていたけれど。
母に惚れ抜いている父も、心配はしたが反対はしなかった。ただし、条件は付けられた。資格試験のチャンスは一度だけ、だと。何でも、昔、父も祖父にそういう条件をつけられたらしい。その結果は聞かなかった。父は、冒険者ではなく商人だった。つまり、そういうことなのだろう。
セスは、一度の機会をモノにした。
駆け出しのファイターとして、地道な仕事をこなしている。普通なら、同レベルの仲間を見つけてパーティーを組むのだが、セスはパーティーを組んではいない。かといって一人というわけでもない。両親の友人だという吟遊詩人の護衛というかオマケというか。とにかく、そういう事をしてレベルを上げている最中だった。


昔、両親の学友だったという吟遊詩人は、エンニオという名だった。美形と名高いルーア人とメルト人のハーフで、青黒い肌に青い瞳のとんでもない美形だった。年齢もセスとは親子ほど離れているはずなのだが、エンニオはそんな風には見えないのだ。せいぜいが兄弟といったところか。セスもルーア人で金髪碧眼なので、この二人連れは目立つことこの上なかった。
それでも今は、人目など気にならない。
辺りに人影はなく、モンスターの気配もない。街道を行くセスとエンニオの姿があるばかりだから。
「ああ、湖が光ってる…」
峠の頂上に立ち止まると、エンニオは目を細めて遠くをみた。懐かしむように、哀しむように。
セスも目的地である湖を見つめながら、エンニオを見た。
そういえば、初めてあったときもこんな表情だったな、と思い出しながら。
セスが4っつの頃だったろうか。子供だったけれど、よく覚えている。こんな表情をしたエンニオが、家を訪ねてきたのだ。
両親はエンニオを大歓迎したが、深刻な顔で何かを告げられると青ざめていた。母が泣き出したので、セスはエンニオが意地悪をしたのだと、勘違いしたりした。それからしばらして、両親とセスはエンニオに案内されて、美しい湖へと赴いた。セスは子供心に家族旅行だと、浮かれていたのだが。両親とエンニオにとっては、別の意味がある旅だった。冒険者になった友達が、湖に消えたのだと。後にセスが大きくなったとき、母が旅の目的を教えてくれた。
そうして、その旅で赴いた湖は。
セスにとっても忘れがたい、はじまりの地となったのだ。
「いこうぜ、エンニオ!」
一声かけると、セスは駆け出した。
はじまりの風に背中を押されるように、湖へと向かって。