竜の眠る岸辺

昔、翼のない竜がいた。
荒々しくも、高潔な心をもった竜だった。
竜は湖に棲んでいた。
竜の棲む湖は豊かな恵みが溢れ、健やかな生命に満ちていた。
あるとき、大きな戦があった。
世は乱れ人の心も乱れ、やがて戦のために湖に毒が流された。
竜は怒った。それ以上に悲しんだ。
湖の恵みが失われ、生命が失われていくことに。
竜は毒を我が身に取り込んだ。
取り込んで、眠った。
二度と目覚めるつもりはなかった。
もしも目覚めたなら。
己は毒によって狂っているに違いないから。
竜が眠りについた頃、戦は終わった。
人は湖に棲む竜を忘れた。
自分たちが何をしたのかも忘れた。
竜の残した財宝の伝説だけが、残った。
財宝を求めて、人は竜の眠る湖を荒らした。
荒らすたびに、竜の眠りは浅くなった。
ついに狂った竜は目覚めた。
人も湖も全ての生命を破壊しようと目覚めた。
若い冒険者たちが竜に挑んだが、敵うはずも無い。
もはやこれまでと彼らが覚悟したとき。
彼らの一人、年若い語り部が竜に宝珠を投げた。
宝珠に込められた魔法で、つかのま竜は正気を取り戻した。
竜は己の所業を恥じた。
再び眠りにつくために、語り部に助けを求めた。
語り部は、竜の求めに応えた。
竜と語り部は、ともに眠りについた。
大樹へと姿を変じて。
竜の眠る岸辺に、今も大樹はあるという。