魔力障壁

透明な壁が、俺たちとパステルたちを遮っていた。壁の向こうの声は聴こえない。不安で瞳をいっぱいにしたパステルが、見えない壁を叩く俺の手にふれようとしたが、それは叶わなかった。異常事態に真っ青になったあいつが、どんどんと壁を叩くが、どうにもならない。パニックをおこしてるあいつの隣、ノルの背中でルーミィも目を覚ました。ノルの顔も真剣そのものだった。何かが――壁の向こうでおこっている。
「ああ!あぶないっ!」
隣でキットンが叫ぶ。俺も、当然クレイも気づいていた。
石つぶてが意思をもって、パステルたちを襲ったのだ。ノルが背にかばった向こうには、モルモの村人たちと同じ種族の男が現れていた。
俺は、パステルたちが必死な顔をしていた訳を知った。
デュムリュム。悪い魔法使い。パステルの唇が、そいつの名前を形作ったとき。炎がパステルたちを襲っていた。
「逃げろ!パステル、ルーミィっ!」
クレイが叫んでも、声はとどかない。
「あああ、ど、ど、どうすれば…」
わたわたとキットンもパニック状態になっている。ちくしょう、俺もパニックになりたい。でも、考えなければ。なんとかして、この見えない壁を―――と、決意したとき。ノルが戦ってるのにぼーっと突っ立ってたパステルに、ファイヤーボールが直撃していた。肩に直撃したそれは、一瞬で長い髪に燃え移る。金茶色の髪が、燃え上がった。
「パステルっ!!」
叫んだのは、俺一人じゃなかった。でも俺には、俺の声しか聴こえなかった。惚れた女が目の前で傷つけられても守ることもできない、最低な男の声だった。
キラキラとした氷と雪の結晶が、炎を消した。ルーミィ、よくやった!安堵もつかのま、今度はルーミィとノルが木々に縛り上げられる。シロはがじがじと噛み付いて、パステルは…攻撃なんかしなくていーから、さっさと逃げろ!いらいらと見えない壁を叩き続ける俺の隣で、ぜはぜはと息を切らしながらキットンが言った。
「デ、デュムリュムは、パステルを間違いなく殺せるはず、です。でも、そうしない。いたぶってるんです。今のうちです…!」
「この壁は、迂回できないだろうか?」
クレイの言葉に、俺は走っていた。壁に手をおいて、切れ目を捜そうと。だが、俺が走っても壁は次々と続く。まるで、次々と新しい壁が生まれてるように。そして俺の直前では、蹴った小石は間違いなく向こう側に飛んでいた。俺は、急いで引き返していた。
「ダメだ。こいつは、俺たちの前に現れるんだ。迂回はできねぇ…!」
俺が戻ってきても、パステルはもたもたとクロスボウを組み立てていた。だから、さっさと逃げてくれ!ルーミィたちを見捨てられないのは、わかる。わかるけど、逃げてほしーんだよ!
パステルは決死の顔でもって、矢を放っていた。狙いはいい。当たる、と思ったとき矢は魔法で逸らされていた。
「この壁は、魔法の壁なんですよ!」
キットンのあげた悲鳴に、クレイは自分のロングソードを見た。
「…マジックウォールなら…」
けどクレイは迷ってるみたいだった。迷うのはお前の十八番だが、今は後にしてくれ!俺たちの目の前では、パステルが震える手で矢をつがえたが、その手にファイヤーボールが飛ぶ。
炎に直撃されて、パステルの体が倒れた。
「パステル!」
ばんばんと壁をたたくキットンの声は、涙声だった。俺も、他人のことは言えなかったが。
「ちくしょう!この壁さえ叩き壊せたら…!」
「壊す。壊してみせる…!パステル、さがってろ!」
クレイの声には、初めて耳にする激しさがあった。
地面に倒れたパステルがこっちをみた。意味を理解したように、地面を転がり壁から離れる。
同時にクレイが、ロングソードを振り下ろす。
剣は青い光を纏っていたようにみえた。
見えない壁は、壊れた。
「パステル!」
名前を呼んで、ひき起こそうとしたとき、あいつは悲鳴をあげた。
手の甲は、炎に焼かれて炭化している風にみえる。
それは、俺が何も出来なかった傷痕だった。