時事ネタ集

□第三の漢□

「…シイナ、ユヤ」
「何?どうかしたの、狂…え、ち、ちょっとっ!何するのよっ!」
「…………♪」
「何してやがる、鬼眼っ!」
「狂、ずるい」
「…待って下さい。その漢は、狂ではありませんっ!」
「何ーーっ!」

<狂のせいだよ!>
(うるせーんだよ)
<狂が、きちんと天狼を躾ないから…!>
(だったら、てめーが躾やがれ)
<ゆやさんに、何かされてからじゃ遅いんだってば!ボクだってまだ何にもしてないのに〜〜!>
(……………)



非日常実用講座<××の飼い方>

梵ちゃんが、獣になってしまった。そして狂は、留守だった。
「ちょっと〜どーすんのよ!」
「どうすると言われても…」
危機回避本能でもって、一同はすばやく梵天丸の側から離れていた。
そして、遠巻きに獣となった梵天丸を観察している。きちんと隠れて。
いいかげん、隠れるのに飽きた灯が文句をいうが、アキラもため息をつくしか方法がない。
「梵ちゃん、カワイイ!やっぱり、飼いたいなぁ♪」
「…才蔵が泣くから、ヤメロ」
うきうきと観察する幸村のとなりで、サスケは呟いていた。ほたるも、ぼーっと梵天丸をみているが、おそらく何も考えてはいまい。
と、獣化した梵天丸が、何かに気づき一目散に走り出す(四つ足)。
「何があったのかしら?」
首をかしげる灯の隣で、サスケががばっと立ち上がっていた。めずらしく慌てている。
「やば…そろそろ、ねーちゃんが帰ってくる頃だっ!」
「「「なにーーーっ!」」」
ゆやは、たまたま買い出しに出かけていて留守だったのだ。運の悪い巡り合わせに漢達は青ざめ、梵天丸が走り去った方向に駆けだしていた。だが、時既に遅く。
「きゃ───っ!」
ゆやの悲鳴が、聞こえてくる。
「「「ゆや(ちゃん、さん、ねぇちゃん)っ!!」」」
若干、青ざめながら駆けつけた漢たちがみたものは。
「梵天丸さん、カワイイ♪」
ゆやの足下にうずくまり、思いっきり媚びをうっている梵天丸の姿だった。ちなみに頭をなでられて、明らかに喜んでいる。もしも尻尾があったなら、千切れんばかりに振り回しているに違いない。
「ば…バカボンのヤツ…っ!」
「筋肉ダルマの分際で……」
「ずるい」
アキラ、灯、ほたるは、何処かで聞いたような台詞を吐いている。その隣では、指をくわえて幸村が羨ましそうに、目の前の光景をみつめていた。
「いいなぁ〜梵ちゃん。サスケも、ゆやさんに頭なでてほしいよね?」
「お、お前と一緒にするな、幸村っ!」
少しだけ、ほおを染めながらサスケは否定するのだった。
獣化した梵天丸を元にもどすのは狂だったが。なぜか野獣は、ゆやにだけは懐き危害を加えない。そういう訳で、獣化した梵天丸の世話をするのはゆやの役目となった。
「狂、まだ帰ってきませんね」
「ばう」
「…早く帰ってきて、元に戻してもらえるといいのに」
「ばうわう」
そういいながらも、どこか楽しそうなゆやの隣で、獣化した梵天丸は妙に幸せそうなのだ。

それを遠目で見る漢たち。獣化した梵天丸に攻撃されるので、なかなか近づけない。
「はぁ…梵ちゃんも、ゆやさんも、羨ましいなぁ…」
機嫌が悪い一同の中で、幸村だけは、どういう訳か機嫌がいい。
「あそこまで懐かれちゃうと、首輪つけたくなるよね〜」
「筋肉ダルマに首輪なんて、もったいないわよ」
「そうです。縄で十分ですよ」
灯とアキラは不満たっぷりに応えるが、幸村は人の悪い笑みを浮かべながら言葉を続けた。
「ゆやさんに、梵ちゃんとおそろいの首輪とか贈っちゃおうかなぁ♪」
その言葉で、漢達の脳裏には<ゆやたん首輪バージョン>が映し出されてしまう。
「な、な、な…なんてことを…!」
「ゆ、幸村っ、ふざけるなっ!」
「そ、そーよっ!ゆやちゃんは、清純派なんだからっ!」
一瞬、口ごもりながらも次々に抗議を叫び出す漢たちを、幸村は楽しそうに眺めている。
「うわー、皆、ナニを想像したのかなぁ〜♪ふふふ」
さらなる冷やかしの言葉を綴ろうとしたが、それはほたるの言葉で遮られた。
「ゆやに首輪はめて、俺が飼い主になる。やっぱり、鎖もいるよね。何処にあるか、知ってる?」
真剣な顔で、ほたるは幸村に問いかけていた。

遠くから聞こえてくる破壊音。獣化した梵天丸は、うるさそうに視線をなげるが、動こうとはしない。なぜなら、自分にもたれて、ゆやがうたた寝をはじめたので。



ビデンの君。

地下迷宮で離ればなれになった一行が揃ったとき。
サスケが不思議そうに口にした。
「…ねーちゃん、何で座らないんだ?」
「え」
思い思いに座って、くつろぐ漢たちの中にあって、ゆやだけは立ったまま壁にもたれていた。
「そやで、座ったほうがラクになるし」
「そ、そうね。でも、今は、立ちたい気分なの」
冷や汗を流しながら、ゆやは答える。ゆやだって、座りたい。地面に腰をおちつけて、くつろぎたい。だがしかし。座りたくても、座れないのだ。
…ぶつけたお尻は、未だに痛い。最初の頃のように、もう赤くはないだろうが…今頃は、蒼くなっているに違いない。自分で確認することはできないが。
いつものように、膝を抱えた中腰で器用に座っていたほたるが、何事かに気づいたように頷いていた。
「あ。そっか…」
一人でうんうんと納得しているほたるに、周囲の者が怪訝な視線をなげた。
「何、一人で納得してんのよ」
灯に問われて、ほたるはしれっと言い放った。
「ゆやと俺、きっとおそろいだと思う」
「…は?」
唐突な発言を、誰も理解できない。
ほたるは得意げに胸をはって、えっへんとばかりに続ける。
「お尻」
「はぁあ?」
ますます意味不明な発言に煙に巻かれる一同だったが…ゆや一人だけが、カーっと頬を染めていた。なんとなく意味を理解したのだ。
「どういう意味ですか、ほたる?」
意味がわからず、イライラとアキラが口をはさむと。ほたるは、アキラをみて、ちょっと眉をしかめていた。
「あ…アキラともおそろいだった」
「だから、何がです!」
「お尻が青いってこと」
淡々と綴られたほたるの言葉に、一瞬の沈黙が落ちる。だが、次の瞬間、アキラは怒髪天をついていた。
「わ、私の尻は、青くなどありませんっ!」
「えーでも蒙古斑があったわよぉ〜♪」
「ないったら、ないんですっ!」
灯の冷やかしに、アキラの絶叫がかぶさる。一気に騒々しくなった周囲とは無関係に、ほたるは嬉しそうだった。
「そっか。じゃ、俺たちだけ、おそろいだね」
ちゃっかりゆやの隣に移動して、囁く。ゆやは、首筋まで真っ赤に染めてうつむいている。それから、蚊の鳴くようなか細い声を絞り出していた。
「…で、でも、あの、私…自分じゃ、わからないんです…」
「あー…そっか。俺も、わかんないや」
むーんとほたるが口をつぐんだので、この会話も終わりかと思いきや。
「それじゃ確認ってことで、俺のお尻見せるから。ゆやのも見せて?」
投下された爆弾発言に、ゆやは目を見開き。辺りはしん、と静まりかえっていた。
石化した一行で、もっとも素早く復活したのは。
「ケ、ケイコク──っ!何を破廉恥なっ…!」
「そ、そーですよ!何てコトを…!」
辰伶とアキラを筆頭にした一行に、ほたるは袋にされるのだが…その片隅で、ゆやはくすんとうずくまっていた。
「ねーちゃん…大丈夫か?」
「ゆやちゃん…遠慮しなくていいのよ?」
サスケと灯の気遣いが、ますますゆやを落ち込ませたりするのだった。



□因果は巡る糸車□

「さ〜あ♪お待ちかね、灯たんの治療のお時間よ〜♪」
かなりボロボロの辰伶を前に、ハイテンションの灯がいた。場違いな明るいノリに、辰伶は不機嫌な視線を投げる。
「…治療?」
疑問に満ちた呟きに、かたわらでぼーっと突っ立っていたほたるが何を思ったか説明していた。
「灯ちゃん、シャーマンだから。キズ治して貰えるよ」
ほたるの説明に乗っかるように、ずずいと灯は辰伶に迫っていた。とっておきの悪戯っぽい表情でもって。
「そうなの。でも、条件があってね。治療される方は、灯たんとキスする決まりになってるのよ〜?」
「な、な…っ!そんな破廉恥な真似ができるかっ!」
突拍子もない条件に、辰伶は顔を真っ赤に染めて後じさる。狼狽える姿に、灯の後方にいたゆやはぼそりとつっこみを入れていた。
「……人のことは、言えないクセに」
「何だと…っ!」
思いがけない人物からの指摘に、怒りを覚える辰伶だったが。口にした当人が、頬を染めてそっぽを向いているのを見ると、思わず言葉に詰まっていた。己の所行を思い出したために。
ゆやの横顔をみつめていた辰伶に、灯が低い声で話しかける。たっぷりと、毒の入った声音でもって。
「ふふふ………灯たんは、何でも知ってるのよぉ〜…あんたが、ゆやちゃんにしたこともね」
「…っ!」
辰伶が、ゆやにしたこと。それは水龍を入れたことで…知られても、しかたのないことだった。それに後悔はしていない。あの時は、あれが正義だと信じていたから。しかし、ぼそぼそと告げられたほたるの言葉に、した「こと」ではなく、した「行為」のことを責められていることに気づく。
「辰伶、むっつりスケベだったんだね」
「あ、あれは…っ!」
あんまりなほたるの言いように、何か言い返したいのだが言葉がでてこない。それに、ほたる(螢惑)は怒っているようだった。何故なのか、理由がわからないことが、さらに辰伶を混乱させていた。半ばパニック状態の辰伶に、婉然と微笑みながら灯が手を伸ばしてくる。
「恥ずかしがらなくても、灯たんが、優しくしてあげるから。ね、ほたる?」
「うん。遠慮しないでいーよ、辰伶」
灯の目配せでもって、ほたるは辰伶を背後からがしっと、羽交い締めにしていた。
「け、螢惑っ!何の真似だっ!」
瀕死の重傷を負っている(はずの)辰伶は、ほたるの腕を振り払うことができない。じたじたと無駄なあがきをする辰伶の顔を、ひたりと灯の両手が包んでいた。
「キス・コレクションも増やしたいコトだし…灯たんの熱いベーゼを受け取って貰わなくっちゃ♪」
「ま、待てっ!考えなおせっ!」
どんどんと接近してくる顔に、必死でいいつのるが止まる気配はない。
「あ。言い忘れてたけど、灯ちゃん…漢だから」
辰伶の耳元で囁かれたほたるの呟きは、死刑宣告に等しかった。
「××△□※×××────っ!」
声にならない絶叫をあげて痙攣する辰伶に、ゆやは手を合わせる。因果応報とはいえ、ちょっと可哀想な気もしないではないのだ。
「…ご愁傷さま」

辰伶を治療すると、灯は何だか嬉しそうだった。意外なほどの喜びように、首をかしげながらほたるは尋ねてみる。
「灯ちゃん、そんなに辰伶とちゅーして嬉しかった?」
「まあね─♪悪くない漢だし。それに、ゆやちゃんの仇もとれて、間接キスもできて、一石三鳥よっ!」
握り拳でもって、喜びを宣言する灯に、ふんふんとほたるはうなずく。
「…そっか。辰伶とちゅーすると、ゆやと間接ちゅーになるんだ」
「もう灯たんがしちゃったから、無効だけど♪」
ほほほ、と優越感にみちた笑いを灯にみせられて、ほたるはむーっと拗ねた顔をしていた。
「灯ちゃん、ずるい」
「こういうのは、速いモン勝ちなの!」
「じゃ、ゆやとちゅーしてくる」
「お待ち、あほたるっ!」
そういって、くるりと背をむけたほたるの襟首を、灯はつかんでいた。この天然漢は、本能の赴くままに何をやらかすのか解らない。あーだこーだとすったもんだを繰り返す灯とほたるの隣で、ゆやは魂が抜けて、吹雪にやられた以上のダメージ(精神的)をくらった辰伶を、ため息をつきながら介抱するのだった。


□真性

泣き叫ぶ少女を、満足そうに見下ろしていれば背後から声がした。
「…悪趣味だな。泣いてるじゃねーか」
「泣いている彼女は、とても魅力的だと思いませんか、遊庵」
振り返らずに応えると、舌打ちの音が聞こえた。
「俺は、笑ってる顔のほーが、好きだけどな」
健全な側面を持つ同僚の声は、不機嫌だった。
「…あなたは、何もわかっていない。血と涙に汚れる彼女は、誰よりも美しいのに」
「わかりたくねーよ。んなコトしたら、嫌われるだろーが。お前がSだったとは、意外だぜ」
けっと吐き捨てられる、遊庵の言葉。思わず、言葉の一部を否定するために振り向いていた。
「遊庵、私は彼女に嫌われたいのです。否定されて、憎まれたいのです。彼女が私を心底厭って、あの顔を歪めるのだと思うと…ぞくぞくしますね」
うっとりと心情を口にすれば、げんなりとした顔の遊庵の呟きが聞こえた。
「……前言撤回。ひしぎ、おめーは真性のMだぜ…」


□金魚(BY中島みゆき)□

「…一匹もすくえなかったの」
しょんぼりと肩を落とすのは、金の髪の少女。藍染めの浴衣が涼しげだった。傍らに立つのは、やはり藍染めの浴衣の漢。風変わりなことに、眼に布をまいている。
「要領、わりーんだよ。俺様が、ささっとすくってきてやろーか?」
漢はそういうが、少女は首をふった。
「いいの。もう…いいの」
「何か、嬉しそうだな」
少女は顔をあげて、漢を見つめた。かすかな微笑みをうかべて。
「どうせ、飼えないから。だから、いいの」
諦めに聞こえる言葉だけれど、涼やかな声音がそうではないと訴えていた。
きらりひらりと身をかわす金魚は、人生に似ているのかもしれない。手に入った幸せと、手に入らなかった幸せを、改めて思い知る。全てを手に入れることは、できないから。せめて手の中の幸せを、大切に抱きしめていたい。
「──旅暮らしだからな」
漢は、少女の肩を抱きよせる。自分の手の中に残った、たった一つの幸せを。かつてのように、全てを護りきる自信はない。おそらく自分は、この幸せを護るだけで手一杯なのだと思う。
戦友と袂を分かった少女と、己の一族を捨てた漢が寄り添って歩き出す。祭りの灯りがきらめく夜市に背を向けて。たどる道程は、闇路へと続く。どれほどの暗闇も、傍らの存在があれば乗り越えられると信じて、歩き続ける。明けない夜は、ないのだと。


□紅の豚ごっこ。

「私が、口吻ればいいの?」
「バカやろ。そーゆーのは、大事な時にとっとくんだよ。ゆや、お前は、いい子だ。お前をみてると、人間も捨てたモンじゃねえって気がしてくる」
「遊庵…」
「でも、どーしてもしたい!ってのなら止めないぜ?」
「………最低っ!」


□太四老推参の時、名乗ってたっけ…?

突然現れた、黒衣の漢に名を呼ばれた。
「椎名ゆや」
「あなたは…太四老・ひしぎ?」
ゆやが答えると、ひしぎはわずかに首をかしげる。
「…私の名を、何故…?」
「だって、灯さんがそう呼んでたもの」
地下迷宮での出来事を思い出しながら告げれば、ひしぎは口元に笑みを浮かべていた。
「ナンバー13が…ふふ、やはりアレは、私の素晴らしい仲間ですね」
ふふふ、と自己満足な笑みを浮かべて悦にいるひしぎをおしのけて、少年がひょいっと顔をだした。
ゆやは、その顔に覚えがあった。
「それじゃ、僕が誰だかわかる?」
「えっと、確か…太四老・時人」
「大当たり!すごいね!」
嬉しそうに笑う少年に、慌てて言葉をつけたしていた。
「前に、梵天丸さんがあなたにあったって…」
「ふーん。筋肉ダルマも、たまには役にたつじゃないか♪」
次に現れたのは、白い人影だった。
「では私の名も誰かから聞いたか」
特徴的な髪型に、視線が釘付けになったゆやは、思わずぽろりと口にしていた。
「…白くて、モワっとした人…って、ほたるさんが…」
「…………」
わずかに眉をしかめる相手に、あわてて自分の失言をゆやは謝罪する。
「ご、ごめんなさい!あの、その、そう!太四老・吹雪!そうですよね!?」
「………そうだ」
「辰伶が口にしてたのに、ちょっと忘れてました…」
機嫌を損ねなければいいけど…とゆやが心配していると。
げたげたと笑いながら、最後の影があらわれていた。
「螢惑サイコー!相変わらずのボケっぷりっ!」
「ほ、ほたるさんは天然なだけです!」
おもわず弁護するが、あまり弁護にはなっていなかった。
現れた目隠しの漢は、ニヤリとわらってゆやに躙り寄る。
「で、当然、俺の名前は、螢惑の野郎が言ってただろ?」
確かに、ほたるから漢のことを聞いていたので、ゆやは素直に言葉にしていた。
「はい。太四老・ゆんゆん」
「は?」
だが、目隠しの漢──遊庵は、間の抜けた声をだす。
「だから、赤い目隠しをしてるのは太四老・ゆんゆん、だって…ほたるさんが」
あわてて言葉をつけたすが、それは火に油をそそいでいた。
「…なんじゃそりゃーっ!」
絶叫する遊庵に、ゆやは不安そうに言った。
「違うんですか?」
「あのボケ弟子が───っ!」
怒り狂う遊庵の背後から、冷たい同僚たちの声がする。
「可愛いじゃん、ゆんゆん」
「そうですよ、ゆんゆん」
「悪くはないぞ、ゆんゆん」
「てめーら、黙ってろっっ!」
がーっ!と怒鳴った遊庵に、ゆやは大きな眼をわずかに潤ませながら、再度問いかける。
「……ゆんゆんじゃ、ないんですか…?」
桜色の口唇からこぼれる言葉の全てが、愛らしく聞こえはじめたら、おしまいなのだろう。
「う………あー、その、なんだ。お前には、トクベツにゆんゆんと呼ばせてやるぜ!」


□SPF50?

季節感を完全無視した漢の着替えを、じーっとゆやは見つめていた。
背中に激しく突き刺さってくる視線を、遊庵は出来る限り無視しようと努めていた。
これが色気のある視線なら、どんとこーい!…というカンジなのだが。こんな時、己の心眼が恨めしい。心眼で感じたのは、色気づいた感覚ではなく哀しいほど(主に遊庵にとって)純粋な、好奇心だけだった。かつて同居していた螢惑が、毛虫を見つけたとき。やっぱりこんな風に見つめていたような気がする。
(…俺は、毛虫か…?)
ふ、と一抹の寂しさが遊庵の心をよぎった。そんなことをしてる間にも、ゆやは遊庵を見つめている。
さわやかな朝のひとときだというのに。何だか、もっと、こう、色っぽい会話とかしどけない仕草とか、あってもいーんじゃないかなー!…などと、遊庵は心の中で叫んでいた。
ゆやにその気はなくても、遊庵は、その気がばりばりなのは何故だろう?やはり、惚れた弱みというヤツなんだろうか?(それは違うだろ)
そろそろヤバイ、と思った遊庵はぐるん、と振り返っていた。寝台の上に身体を起こし、ゆやは真剣な目で遊庵を見つめていた。
「で?俺の身体は、そんなに魅力的なのか?」
そう言えば、ゆやは真っ赤になると思っていたのだが。相変わらずゆやは、真剣な眼差しだった。
「…日焼けしてるよね?」
そう言われて、遊庵は首をかしげる。
たしかに、自分は外をうろつくタイプなので日焼けしている方だろう。日焼けというのは、なかなか全身ムラなく焼くということは難しい。
「それが、どうかしたのか?」
当たり前のことを言われて、遊庵は憮然として答えた。
ゆやはますます真剣な顔になっていた。そのまま、右手で遊庵を手招く。理由は不明でも、ゆやに呼ばれると遊庵はふらふらと近づいてしまう。するとゆやは、近づいた遊庵のトレードマークである赤い目隠しの布の端を、ぎゅっと引っ張っていた。
「お、おい…!」
慌てる遊庵に、ゆやは真剣な口調で告げた。
「腕があれだけ日焼けしてるなら……目隠しの下は、どうなってるの?」
────そんなコトは、考えたこともなかった。
思考が一瞬、真っ白になった遊庵は隙だらけだった。それを逃さず、ゆやは、がし!と遊庵の頭を抱き込むと、後頭部の結び目に手をまわす。
「うわ、ち、ちょっと、待て──っ…!」
「ちょっとだけ、見たいの!見せなさいっ!」
「いや、だからっ、こら!ほどくなっ!」
遊庵は、顔をゆやの胸に埋めていた。こんな時でなければ、もう死んでもいいかも…という至福な状況なのだが。目隠しを解かれているのと、体勢が悪すぎて力が上手く入らないので、幸せを感じる余裕もなかった……。

その朝。遊庵の自室からは、笑い転げる少女の高い声が聞こえてきたらしい。


□お下品。

ゆや「お稲荷さんをつくったんです♪」
辰伶「器用だな。貰おう」
ほたる「………」
ゆや「あ、ほたるさん、これ、わさびいなりなんですよ?」
ほたる「なら、貰う」
遊庵「美味い!なかなか上手じゃねーか。褒美に、俺のお稲荷さんをにぎ…」
【ドガガガガッ─!】
ゆや「い、いま何が…?」
吹雪「壬生に下品な者はいらぬ。うなぎいなりを貰おうか」
ゆや「……?」