流星

「兄上は、私にとって誰よりも大切な人です。それでも…あの方を討った兄上を、許すことはできません」
そう言って、妹は微笑んだ。哀しいほど透明な笑顔だった。
その会話が最後だった。自分は本能寺で死に、妹は北の庄城で死んだ。
武将の妹として生まれ、武将の妻として死んだ。野望に生き覇権を求めた自分とは、異なる一生だった。今にして思う。妹は、幸せだったのだろうか。
自慢の妹だった。絶世の佳人とうたわれた見目などは、どうでもよかった。気立ての良い娘だったのだ。頭も良く機知に富んだ会話が楽しめたし、時折かいまみせる強情さも愛しかった。
本当は、ずっと手元においておきたかった。子飼いの部下に嫁がせたかった。だが婚姻は政略の重要な駒だった。嫁ぎ先は、吟味したのに──戦国の習いを、よむことは叶わなかった。
自分は妹の夫を討ち、姪たちの父親を奪った。後悔はない。そうせねば、自分が滅ぼされたのだから。妹も、それを知っていたはずだ。
再会した妹は、自分を詰ることも憎むこともなかった。ただ…寂しそうに微笑んでいた。
別れの言葉を告げた後、妹は振り返らずに去った。毅然とした背中は、自分を拒んでいた。子飼いの部下に再嫁させることもできたのに、そうしなかったのは。あの背中を見たせいだろう。

忘れていた疑問が、記憶の底からよみがえる。
───妹は、幸せだったのだろうか。

「…兄さまが、もし狂を斬ったら、私、兄さまを許せない…兄さまのこと大好きなのに…許せなくなる…!」
震える声で告げられた言葉が、魂を縛り付ける。身体の制御ができなくなる。
望の記憶と、自分の後悔がないまぜになっていた。
愛しい妹だった。自分を大好きだといい、誰よりも大切だという。
椎名望の想いがあふれてくる。その流れを封じることは、できなかった。記憶の奥底の疑問が、身体の制御を譲り渡していた。
「…そうだね…ゆや…」
望の言葉に、妹が微笑む。兄を信じて、手を差し伸べてくる。

───妹は、自分といる間は紛れもなく幸せだったはずだ。
迷いのない笑顔をみたとき、そう確信した。疑念を抱いたのは、自分から去っていく背中をみたせいだと思った。それならば、何処へもいかせはしない。もう二度と嫁がせることも──狂の元へもいかせはしない。

この場で死ぬのが、妹の幸せなのだ。

細い手首を握りしめて、嗤った。
振り上げた刀で、迷うことなく妹を切り裂くために。