山寺

とっぷりと日がくれたとき、辺りに人家はなかった。山中だから、当然といえば当然なのだが。
今夜は野宿か…と一行が思ったとき。ふいに開けた場所にでて、荒れた寺が目の前に現れていた。
「…廃棄された寺みたいだねぇ」
すたすたと中に入った幸村が、堂内を見聞しながら口にする。埃がつもり、土壁も崩れていたりして、何処をどう見ても立派な荒寺だった。当然、人の気配はない。
「まあ、屋根があるのとないのとじゃ、違いは大きいわ。今夜は此処に泊まるんでしょう?」
有無を言わせぬ口調で灯がいうと、反対する者は誰もいなかった。漢たちは、それぞれ荷物を降ろしたり、庭先で焚き火を起こしたりしはじめる。近くの竹藪から、糒用の竹を切り出してきたサスケは、ふと首をかしげていた。
いつもなら率先してくるくると働く存在が、いやに大人しいのだ。サスケは注意深く観察してみる。
ゆやは、梵天丸と談笑している。それは珍しいことではない。だが、他の者が動いているときに談笑に興じることなど、ゆやらしくないし、現に今までなかった。何故だろうか。ゆやは、神経過敏になっているらしい。風の音や木のきしみに、いちいち反応していた。唐突に、サスケは理解した。
怯えているのだ。だから、安心感を求めて梵天丸の側にいるに違いない。
そのとき、がしゃーん!という派手な音がした。
おもわず振り向くと、ほたるが積み上げられていたガラクタを蹴倒した音だった。
「あ、ごめん」
視線が集中した人物は、けろりと言った。いつもの無表情だったが、ある一点をみて眉をしかめる。
「……なにしてんの、梵」
尖った声に、周囲は視線の焦点をほたるから、梵天丸に映した。その瞬間、周囲に殺気がふくれあがる。
「…俺は、何もしてねーだろーが」
ふん!と梵天丸は胸を張るが。その腕には、しっかりとゆやがしがみついていた。色っぽさはないが、溺れる者が藁をもつかむような必死な様子だった。ぎゅっと目をつぶっていたゆやだったが、しばらくして我にかえる。
「あ、あの、すいません、梵天丸さんっ!私、驚いちゃって…」
ばっと離れて、頬を染めながらもあやまるゆや。愛らしい姿だけに、梵天丸に突き刺さる視線は激しいものだった。だが梵天丸は、そんなことは気にもとめない。むしろ自慢そうに笑って、ゆやと語らっていたりする。
その他の野郎どもは、悔しさのあまり拳をにぎりしめるしかない。
煙管をふかす狂の手元もかすかに震えているし、灯は「バラしてやる…秘密をバラしてやる…」とぶつぶつ呟いている。幸村の笑顔も引きつっているし、ほたるの周辺は焦げ、アキラの周辺は凍り付いていた。
「……ゆやはん、どないしたんやろな?」
ただ紅虎は、梵天丸の事よりもゆやの方を気遣っていた。この漢の周囲にたいする心配りは、内心サスケも感心していたりする。
「なんか、ちょっとヘンやないか」
「…怖がってるみたいだ、ねぇちゃん」
サスケが答えると、紅虎は驚いていた。
「ゆやはんが…怖がる?なんでやねん」
「俺が知るか。でも…何かが怖いから、おっさんの側にいるんだと思うぜ」
「……そうですね。今夜のゆやさんは、確かにらしくありません」
「うん。元気ないし」
サスケと紅虎の会話に、いつのまにかアキラとほたるが加わっていた。彼らも、ゆやの態度に感じるものがあったのだろう。
首をかしげながら、紅虎は呟いていた。
「何が怖いんやろか?」
「山の中だから…熊とか?」
「今までの野宿では、平気そうだったぜ」
アキラの言葉を、サスケが一蹴する。
「…雷とか」
「晴れてけど」
ほたるの言葉も、やはりサスケに否定される。
「夜盗の襲撃?」
「賞金首が向こうからきたら、ねぇちゃん、大喜びだと思う…」
サスケの答えには、紅虎も納得せざるを得なかった。
うーんと四人が考え込んでいると。
「みんな、甘いね〜」
ふふふ、と笑いながら幸村が口を挟んできた。
「ゆやさんが怖がっているのは、アレだとおもうよ」
「アレって何だよ、幸村」
不機嫌そうにサスケは尋ねた。幸村は得意そうに、でも声をひそめて話し始める。
「ほら、ここってお寺だろ?しかも荒寺……何かが、でそうな気がしない?」
「…何かって、何だ?」
「幽霊ね」
サスケの問いに答えたのは、幸村ではなく灯だった。ちゃっかりと会話に参加している。
「そんなもの、存在してるんですか?」
アキラは怪訝そうに尋ねるが、灯は、ちちちと指をふる。
「いるかいないかが問題じゃないのよ。ゆやさんが、お化けを怖がってるのが、問題なの。怖いものなんて、人それぞれなんだから。あんただって、昔は毛虫が怖くてないてたでしょ?」
「ないてませんっ!」
すかさずアキラは否定するが、誰もきいちゃいない。
「でも、ゆやはんがお化けを怖がるなんて…イマイチ考えられへんなぁ…」
むむむと紅虎は考え込む。彼の知るかぎり、ゆやがお化けを怖がってる様子はなかった。そういう機会もなかったのだが。
「じゃ、確かめましょう♪」
うふふ、と灯は嬉しそうに言い放つ。それを止められるものは、誰もいない。
灯はすすす、とゆやの隣に座って梵天丸とゆやの会話に加わる。梵天丸は嫌そうな顔だったが、ゆやは楽しそうだった。そんな三人の様子を、他の連中は固唾をのんで見守る。狂も興味なさげを装いつつ、観察しているのはバレバレだ。
「…そうね、私ってシャーマンじゃない?人より目がいいのよねぇ」
「?何が見えるんですか?」
不思議そうなゆやに、灯はにっこり笑いながら教えてみる。
「……アレよ。物陰にいたり…暗闇にいたりしてアブナイの」
そう灯がいうと。ゆやは目に見えて青ざめていく。これはアタリだ、と思ったのか灯の話はますますグレードアップしていった。話が進むにつれ、ゆやは梵天丸の服の裾をぎゅーっと握っている。怯えた子供が、父親を頼る姿ににていた。
と、ゆやの背後から、脳天気なほど明るい声がした。
「ゆーやさん♪何で、震えてるのかな?寒いなら、あっためてあげるよ〜!」
そういって幸村が両腕をひろげて抱きつこうとするが。腕はむなしく空をきる。
「暖めるのは、俺。得意だから」
そういってゆやを抱きよせたのは、ほたるだった。ほたるの腕の中で、ゆやは目を白黒させていた。
「あ、あの、ほたるさん…っ!」
ふるえるゆやの声に、ほたるはうっとりしたが。後頭部に激しい衝撃がはしる。
がこん!と派手な音をたてて、巨大な氷塊に殴られたのだった。
「ほ〜た〜る〜っ!」
犯人はもちろん、アキラ。ほたるがアキラに気をとられたとき、腕の中のゆやは奪い取られていた。こちらの犯人は、灯だった。
「ゆやさん、大丈夫?怖いなら、今晩、一緒に寝てあげるわ♪」
突き刺さるような鬼眼の視線を浴びても、灯は嬉しそうだった。狂にみつめられているのが、どうも嬉しくてしょうがないらしい。しかも腕の中には、お気に入りの少女もいることだし。今回は、灯の一人勝ちかと思われたのだが。
天井から、ぼとりと何かが床に落下してきた。灯とゆやの目の前だった。
漢たちは、一瞬それに目をやるが、すぐに興味をなくした。
何のことはない、ムカデだった。古い家屋では、めずらしくもない存在だ。
だが、次の瞬間。
絹を引き裂くような悲鳴が、ゆやの口からこぼれていた。
「いやああああぁ────っ!」
その声に反応できたのは、サスケだけだった。
がさごそと動くムカデに、手裏剣が突き刺さる。ムカデは、あっさりと死んだ。
呆然とする漢達の間をぬって、サスケはすたすたとゆやに近づく。ゆやはしゃがみこみ、顔を両手に埋めていた。よほど嫌いなのだろう。少し涙ぐんでいるようだった。ぽんぽんとゆやの背中を叩いて、サスケは言った。
「ねぇちゃん…もう大丈夫。アレは退治したから」
「ほ、ホント…?」
「うん。またでても、俺が殺すし」
きっぱりとサスケがいうと、ゆやはおそるおそる顔をあげた。
「そんなに嫌いなら、一緒に寝てやろうか?俺、虫は得意だから、ムカデとかが近づいてこないコツもしってるぜ?」
サスケの問題発言に、漢たちは怒りのオーラを発するが。ゆやは救われたような、心からの笑みを浮かべていた。
「そうしてくれるなら…すごく嬉しい。迷惑じゃなきゃ、いいんだけど…」
「迷惑なら、言わないし。たぶん、ここの部屋よりも向こうの方がいいと思う」
そういうと、サスケはゆやの手をひいて歩き出す。ゆやは安堵したように、サスケにつれられていく。
漢たちは、なすすべもなく目の前で交わされる会話を聞いていた。
「ムカデは、乾いてて明るい処が苦手なんだよ」
「そうなの?」
「むこうの部屋は南向きだから、マシだとおもうぜ」
サスケの口調は、しっかりとして頼りがいがあった。ゆやは、山寺について初めて、心穏やかな表情を浮かべている。ゆやと共に、別室に移動する際、サスケは後にする部屋をちらりと振り返る。そして、勝利の微笑みをみせつけたのだった。

「…ちびっ子、しめたる…!」
「生意気…」
「ムカデ退治でいい気になられては、困りますねっ!」
「ゆるせないわ──っ!」
「…サスケ…」
「……………」
大人げない発言をくりかえす漢たちを、梵天丸はため息をつきながらみつめていた…。