爪紅

旅籠の庭の片隅で、ゆやは座り込んでいた。何をしているのだろう?
木の上からそれを見つけたサスケは、するすると木から降りると、ゆやに近づく。
「何してるんだ?」
「きゃっ…!」
話しかけると、ゆやは飛び上がって驚いた。サスケは無意識に気配を消していたらしい。忍らしく足音なかったから、ゆやは驚いたのだった。
「びっくりした…サスケくんだったのね」
ほう…と胸を撫で下ろすゆやに、サスケはちょっと頭を下げた。
「脅かしてゴメン…そんなつもりはなかったんだけど」
「いいの。私にも、ちょっとやましいトコがあったから余計驚いちゃったの」
小さく舌を出して笑うゆやは、年上には見えなくて。サスケは何だか嬉しかった。
「それで、何してたんだ?」
まだしゃがんだままのゆやの隣に、サスケも座った。ゆやは、旅籠の庭の花をこっそり摘んでいた。いったい何をする気なのか、サスケには見当もつかない。
「懐かしい花があったから、ちょっと遊んでみようとおもったの」
「…花で遊ぶのか?」
「うん。サスケくんは…男の子だから、知らないよね」
ゆやは摘んだ花を、サスケにみせる。紅い小さな花々だった。首をかしげながら、サスケは問いかける。
「花輪にするには…小さいとおもうけど…」
「ふふ、花輪じゃないの。こうするのよ?」
ゆやは花の一つをつぶす。指先が紅くそまった。それを、爪に塗りつける。爪もまた、淡い紅色に染まっていた。
「…爪を塗るのか?」
「そう。女の子の遊びなの…なんだか、綺麗になった気がしたのよね」
染めた爪をなつかしそうに、ゆやはみつめていた。過去を懐かしむゆやは何だか大人に見えて、サスケは面白くない。一つだけ紅色に染まった左手を、サスケはぎゅっと握った。
「サスケくん…?」
ゆやが驚くのにもかまわず、紅色の花も片方の手で取って、告げた。
「俺が塗ってやるから」
「え、でもサスケくんの指、汚れちゃうよ?」
「洗えばいいし。ねぇちゃん、塗ってみたいんだろ?」
真っ直ぐに問うと、ゆやは恥ずかしそうに頬を染めながらも頷いていた。
「子供っぽいって…笑わない?」
「笑わない。俺、子供だし」
はっきり口にするのは、抵抗があった。それでも、ゆやが花がほころぶような笑顔をみせてくれたから、口にしてよかったと思った。
「ありがと、サスケくん」
ゆやは委ねるように、サスケに手をさしだす。
サスケは少し得意そうに笑って、ゆやの手を握る。それから慎重にゆやの爪を染めていった。

「あら、ゆやさん。綺麗な爪ね」
夕食のとき、目ざとい阿国が指摘した。ゆやは嬉しそうに微笑む。
「やっぱり、そう思います?」
「ええ…普通は、利き手の爪で失敗することが多いですものね。両方とも、綺麗に染まってますわ」
にこにこと楽しげなゆやに、阿国は問いかける。
「どなたかに、染めて貰いましたの?」
「ふふ、内緒です♪」
ゆやは染まった爪を愛しそうに眺めながら、悪戯っぽく笑うのだった。