苧環

「これ、あげる」
差し出された花をみて、ゆやは嬉しそうに笑った。
青紫の花弁をした、神秘的な雰囲気をたたえた花。ゆやの好きな花だった。
「オダマキですね。綺麗……ありがとう、ほたるさん」
大切そうに花をうけとり心底嬉しそうに笑うゆやを見ると、ほたるも何となく嬉しい気分になる。
「…これオダマキって名前なの?」
「ええ。機織りのときに使う糸巻き(オダマキ)に、形が似てるでしょう?だから、オダマキって名前なんですって」
「……機織りって、何?」
呟かれた言葉に、ゆやは一瞬、耳を疑う。だが、よくよく考えてみれば、ほたるは漢で侍だ。機織りが女の仕事であることを考えればわからいでもない。ふんわりとゆやは微笑んだ。
「私や、ほたるさんが着てる着物を作る、反物を織る機械があるんです。縦糸と横糸でもって」
ゆやはほたるの長い袖を持ち上げてみせる。ほたるがじーっと顔を近づけてみると、それは確かに糸の集合体だった。
「これ、機械で作るんだ」
「はい。私や、ほたるさんが着てる布も誰かが機織りで織ったんですよ」
そうゆやに言われると、ほたるは自分の着物を複雑な目でみつめ、次にゆやの着物を更に複雑な表情でみつめた。
「……なんか、ムカツク」
「な、何でですか?」
「何処かの誰かの手が、俺やゆやに触れるのって…なんか嫌」
わがままな子供の言い分に、ゆやは苦笑するしかない。
「しかたありませんよ。私にも、ほたるさんにも、反物は織れないんですから」
そう言ってみても、ほたるは拗ねた雰囲気のままだった。
ゆやは、手の中のオダマキの花を見つめながら、昔、兄から聞いた話をほたるに伝えたいと思った。
どうしても、目の前の漢に聞いてほしかった。
「ほたるさん、知ってますか?異国では、人の一生は糸なんですって」
「…糸?」
「人の運命を定める三人の姫神がいて、一人が糸を紡ぎ、一人が長さを決めて、もう一人が糸を切る……だから、異国では人の一生は糸に喩えられるんだそうです」
「やな神さまだね」
無表情に言うほたるにめげることなく、ゆやは続ける。
「私は、そういうことがあってもいいかなぁと思うんです。神様に一生を決められてるってトコじゃなくて、人生が糸みたいってトコロなんですけど」
「なんで?」
きょとん、と不思議そうに首をかしげるほたるを、ゆやは眩しそうに見つめた。
「…世の中には、縦糸な人と横糸な人がいると思うんです。縦糸な人同士や横糸な人同士って、出逢ってもこんがらがったり、どうしてもある程度以上は近づけなかったりするけど、縦糸な人と横糸な人は……」
「上手くいくよね」
ゆやが言いたかった言葉は、あっさりとほたるに引き取られていた。言葉を先取りされたゆやは、ほんのりと頬を染める。伝えたかった想いも先取りされたような気がして。
「ゆやは、縦糸?それとも横糸?」
ゆやの想いを知ってか知らずか、真剣な表情でほたるは聞いてくる。ゆやは恥ずかしそうに目を伏せ、手の中のオダマキを見た。
「……どっちでも、いいんです。ほたるさんに、出逢えたから」
耳まで紅く染めてうつむくゆやを見つめて、ほたるは微笑む。幸福の笑みだった。
「俺も、どっちでもいいや……でも、きっと俺たちは布を織れるよ」
告げられた言葉に、ゆやは顔をあげる。そして、輝くような笑顔で答えていた。
「はい…!」

ほたるの腕がゆやを抱きしめる。優しい、けれど熱い腕でもって。
ゆやは、ほたるの胸元に頬をよせながら、逢うべき糸に出逢えた仕合わせを感じていた。
重ねられた人生が、どんな布を織ってゆくのかはまだわからない。
ただ、願ってみる。
織りなす布が、いつか誰かを…何処かの誰かを暖めうるかもしれない、と。

※イメージは中島みゆきの「糸」です。歌詞の変形が文章中にちらほらとでております。ご不快になられた方は、すいませんでした…※