除虫

華やかな花には、虫が群がる。
芳しい果実にも、虫が引き寄せられる。
虫を遠ざけるのは、簡単なことではない。
それが貴重なものであれば、あるほどに。

虫の多い季節が近づくと、ゆやは憂鬱になる。
幼い頃から、羽虫に悩まされることが多いのだ。一時期は体臭がキツイのではないかと悩み、赤むけになるまで身体を洗ったり、髪を洗ったり、いろいろ試してみたのだが、一向に効果がなかった。最近になって、ようやく原因らしきものに思い当たったので、それ以降はあきらめることにしている。
原因は、たぶん髪の色のせいじゃないかなぁと、ゆやは考えている。
夕刻の羽虫は、光に近づいてくる。自分の髪の色が、光を反射しやすいとの自覚はあった。虫よけに、髪を染める気にはなれなかったので、もうあきらめることにしたのだ。
よってくる羽虫は、自ら払う。これが最善の解決方だとゆや思っていた。
だが最近、ゆやはもっと良い方法にめぐりあったのだ。
「瑠璃、すごーい!」
小さくゆやが手を叩くと、ヒタキ科の小鳥は羽虫を銜えたまま自慢そうに胸をはった。もともと瑠璃は、村正と一緒に暮らしていた小鳥なので人によく馴れていた。今は、死合以外のときの狂の天狼の鍔が定位置となっている。
ただ時折、ゆやの肩に留まったりもしていた。それはゆやが村正の小太刀をもっているせいなのかもしれない。
瑠璃が旅の道連れになって以来、ゆやは羽虫に悩まされなくなった。
よってくる数も少なくなったし、つきまとわれてもパクッと瑠璃が食べてくれるからだ。
「いつもありがとう、瑠璃」
ゆやがそういうと、瑠璃はちょんとゆやの指にのってピルルッと鳴いた。どういたしまして、と言わんばかりの姿に、ゆやは零れんばかりの笑顔を見せていた。
それを遠目にみながら、
「…わいも小鳥になりたい…」
と呟く紅虎に、アキラはすかさず突っ込みをいれる。
「あなたなど、焼き鳥で十分です」
「うん。あれは美味い…俺、作るの得意だけど」
ぼーっとほたるも、ずれた相づちをいれるが隣のサスケに突っ込まれていた。
「あんた、意味理解してねーだろ」
「うん?」
時折、激しい口喧嘩などをしつつも、小鳥と戯れる少女というほのぼのとした光景を、周囲の漢たちは微笑ましく思い眺めていた…ただ一人を除いて。
「…………」
無言で不機嫌のオーラを放つ漢は、すいっと席を外そうとした。
いつもの事なので、周りも何もいわなかったが、自分の定位置が移動したことに気づいた瑠璃が、パタタッと飛び立ち狂の後を追う。すると当然、瑠璃と遊んでいたゆやもそれに気づいた。
「狂…!どこに行くの?」
瑠璃の後を追うように、ゆやも狂の背中を追いかける。
「………」
「返事くらい、しなさいよっ!」
あっという間に遠ざかる二つの影。残された漢たちは臍を噛む。
サスケが不満たっぷりに呟く。
「……大人げねー奴」
「…あからさますぎだよね」
隣で、むっとした表情のほたるも頷くのだった。

一方、別行動となった二人の方は。
「また、お酒を買いにいくんじゃないでしょーねっ!」
「……悪いか」
「誰のお金だと思ってるの!」
きゃんきゃんと子犬のように吠えるゆやを、狂はふん、と鼻で笑う。どこか満足そうに。
「ちょっと、何笑ってるのよっ!」
「下僕のモンは、俺のモンだ」
「なんですって──っ!」
ゆやを背後に張り付かせて、鬼眼の漢は歩き続ける。少女の歩幅にあわせて、ゆっくりと。
羽虫程度なら、瑠璃で十分。
チンピラ程度なら、下僕どもで間に合う。
ただ下僕クラスの漢となると。腹立たしいことだが、自分から動かねばならない。
護りたい者からムシを遠ざけるのは、簡単ではないのだ。
背後から感じるのは、むくれた気配。それでも自分から離れようとはしない。
手にした天狼の鞘に留まっている小鳥と同じように。

「…最凶最悪の虫除けだな、ありゃ」
ゆやと狂の後ろ姿を見送りながら、梵天丸はぼやいた。
……ちなみに彼にも周りの漢どもにも、自分がムシだという自覚は、ない。