団欒

川を挟んで、二つの宿場町があった。旅人は、どうして二つに分かれているのか首をかしげつつ、足を踏みいれると納得する。通りかかった一行もまた、ご多分にもれず納得していた。
「なるほど。こっちに飯盛旅籠があって向こう側が、平旅籠になってるんだね♪」
幸村が嬉しそうに指摘すると、きょろきょろと首を巡らせていた紅虎も口にする。
「遊郭とかも、こっちみたいやな」
すると梵天丸がにへら、と笑った。
「ほほう…なら泊まるのは…」
「向こう側です」
きっぱりと言い放ったのは、ゆやだった。財布を握る彼女の発言権は、絶大だ。漢どもは不平を顔に表しながらも、川向こうの平旅籠に泊まるしかない。しかし、大人しく引き下がるような枯れた漢たちでもなかった。
ゆやが風呂に入るために席をたつと、幸村がにっこりと狂に笑いかけていた。
「それじゃ、狂さん。出かけよーか♪」
「………」
狂は無言で幸村を睨む。だが幸村はへこたれない。
「ふふふ。みちゃったよ?ゆやさんの財布、獲ったでしょ」
幸村に言われると、狂は舌打ちして立ち上がる。そのまま、部屋をでていく狂に漢たちもまた慌てて続くのだったが。思い出したように振り向いて、幸村は言った。
「あ、サスケは来なくていいからね」
「……言われなくても、いかねーよ」
手の中の剣玉を弄びながら、サスケは答える。幸村にしてもゆやを平旅籠に一人で残すのは、やはり気がひけるのだろう。出かける漢たちを冷たい視線で見送ると、サスケは帰ってきたゆやをどう宥めようかと思案を巡らすのだった。


前々日まで、この辺り一帯は大雨が降っていた。ようやく天気が回復すると、旅人たちは移動しはじめる。だが移動するのは、人間だけとは限らない。
雨がふると、川は増水する。しかし雨が降った直後に、増水することはあまりない。上流の山に雨がふり木々が水をからめとり、溢れた水が川に流れ込んで、ようやく増水する。しばらく時間がかかるものなのだ。
一行が泊まった宿場町に増水が達したのは、雨がふって二日後。ちょうど、漢どもが平旅籠をぬけだして橋を渡った夜だった。
空が白み始めたとき、橋は既に流されていた。
「いやー…困ったね」
「そうだな」
幸村と梵天丸は、増水した川を眺めていた。狂は、困ったそぶりもみせず煙管をふかしている。その背後では。
「ゆやはんが心配やーーっ!」
「大丈夫ですよ。サスケくんがいますから。あなたよりは、よっぽど頼りになります」
「あんなちびっ子、信じられるかっ!」
「あーら、カワイイから大丈夫よ♪」
ほほほと笑う灯と、諍いのたえないアキラと紅虎の姿があった。何故か、ほたるはいない。昨晩、一行と一緒に橋を渡ったのは、確かなのだが。
「そういえば、ほたるはんは何処や?」
キョロキョロとする紅虎に、灯が肩をすくめながら答える。
「飲んでるときは、いたわよね」
「ええ。女に誘われてましたよ」
アキラがあっさりと言うと、納得するように灯も頷く。
「じゃ、その女のトコにしけこんでるのよ。まだ寝てるんじゃないかしら」
「…ほたるはん、寝起き悪いからなぁ」
紅虎も、それ以上の追求はしなかった。最近、外泊したほたるが、朝起きて来ずに一行から後れることは多々あった。そして二三日すると、ふらりと戻ってくる。だから、ほたるの心配をするものは誰もいない。
「下流の橋は流されたけど、上流の橋は、大丈夫だって」
才蔵から情報をうけとった幸村がいうと、漢たちは腰をあげた。
ゆやを残してきた平旅籠に帰るためには、大回りになるがそれしか道がない。
「でも、ちょっと遠くて……二日はかかるそうだよ」
「おいおい。それなら水が治まるのをまって、渡し船を出してもらうほうが早いんじゃねーの」
「水がいつ引くかは、わからないって船頭さんがいってたらしいけどね」
梵天丸がいうと、そつがなく幸村は答える。才蔵の情報は確実だった。
「あてもなく待つのって、退屈だわぁ」
「そうですね。動いていた方がマシです」
灯とアキラが言うまでもなく、狂が歩き始める。歩みが早いような気がするのは、幸村の気のせいではないだろう。
「サスケがいるから安心だけど。ゆやさん、心配してるかもしれないね」
「…………」
狂は答えない。ただ、じろりと幸村を睨んだだけだった。


しかし幸村の想像とは異なり、ゆやは窮地にたっていた。
サスケでさえも、どうすることもできない窮地だった。
そして夜遊びに出かけた漢どもの心配など、これっぽっちもしていなかった。
「……困ったわ」
「ねぇちゃん、ごめん…」
「ううん、サスケくんは全然悪くないの。悪いのは、あいつらなんだから…っ!」
ゆやは拳を握りしめて口にする。拳は、怒りでもってふるふると震える。
現在、ゆやとサスケは路頭に迷う一歩手前にいた。路銀が、底をつく寸前だったのだ。理由は、狂が財布をかっぱらっていったからである。いつもなら用心のために財布をふたつに分けていた。だが、今回はたまたま分けていなかったのだ。財布以外にゆやが携帯している路銀は少ない。旅籠に一泊した代金を支払うのがやっとだった。泊まった平旅籠は、早々に引き払っていた。連泊する路銀がないのだから、しかたない。持ち合わせもないのに連泊できるほど、ゆやの神経は太くなかった。
橋のたもとで聞いた話だと、増水がいつ引くのかはわからず、遠回りして上流の橋を渡るには二日か三日かかるらしい。出て行った漢どもが帰ってくるのも、それぐらいだろう。その間、サスケと二人、どこに泊まるのかが当面の大問題だった。
「ごめんね、サスケくん。野宿になっちゃいそうなんだけど…」
「俺はかまわないけど…ホントに何処にも泊まれないのか?」
サスケは、自分のことよりもゆやの方が心配だった。人が多い町で、野宿は危険だ。ならず者や追いはぎが出没するからだ。もちろん、ゆやを護りきる自信はあるが、サスケとしてはあまり修羅場を見せたくなかった。
「そうね…」
しばらく考えて、ゆやは口にする。
「木賃宿くらいなら、何とかなるかも」
「俺も泊まれる?」
「きゃっ!」
背後からかけられた声に、ゆやは飛び上がって驚いた。サスケの眼が、すうっと細められるが臨戦態勢はとらない。ゆやに声をかけた漢が、ほたるだったために。
「ほ、ほたるさん…なんで、ここに…」
「あんた、昨日の晩、みんなと出かけたはずだろ?」
「うん。そうだけど……途中で帰ってきた」
「ど、どうしてですか?」
「飽きたから」
ほたるの台詞に主語はない。ゆやもサスケも、酒かどんちゃん騒ぎに飽きたのだろうと納得する。実際のところ、ほたるはまとわりつく女に飽きたのだけれど。それに平旅籠に残してきたゆやが気になっていた。このところ、ずっとゆやの事が頭から離れない。女が欲しいのか…と思い、女を抱いてみるがやっぱりゆやを思い出す。昨晩もそうだったから、さっさと女の部屋から戻ったのだ。だが橋を渡ったのはいいものの、平旅籠の場所を忘れてしまいふらふらとしていた。運良く道ばたで話しているゆやとサスケと合流できて、ほたるはご機嫌だった。無表情ではあったが。
「それで、どーするの?」
「そうですね…」
ゆやは巾着の中の路銀を見つめた。木賃宿で二人なら何とかなりそうだが、三人は難しい。あとは値切るしかあるまい。
「何とかします。とりあえず、宿を探しましょう!」
元気よくゆやが言うと、ほたるとサスケは申し合わせたようにこっくりと頷いていた。タイミングがまるっきり同じだったから、思わずゆやは微笑む。ほたるとサスケも驚いて、まじまじと相手を見つめるのだった。
近くの店で木賃宿の場所を尋ねると、店主は驚いた顔をした。それから声をひそめ、そっとゆやに耳打ちする。
「…大きな声じゃ言えないがね。あそこは止めておいた方がいい。ごろつきやならず者、タチの悪い浪人がウロウロしてるんだ。あんたみたいな若い娘さんがいく場所じゃないよ。お兄さんも弟さんも細っこいし、頼りにならなさそうじゃないか」
耳の良いほたるとサスケは、店主の「頼りにならない」発言に、むっとなる。殺気を放つまでは行かないが、険悪な空気を纏い始めていた。ついでに心の中で思いっきり「兄/弟なんかじゃない」と否定する。そんな不機嫌な二人を背後に従えつつ、ゆやの機嫌は一気に上昇していた。
「ごろつきや…タチの悪い浪人が…いっぱい、いるんですね?」
「ああ。だから、行くんじゃないよ?」
「教えて下さって、ありがとうございます!」
異様なほど上機嫌で、ゆやは店主に礼をいう。そして、ぐるんと振り向いたゆやの瞳はキラキラと輝いていた。
「ほたるさん、サスケくん!カモネギよっ!」
ほたるとサスケは、またしても同じタイミングで呟く。
「…鴨?」
「……葱?」
最近、うっかり忘れそうになるが。ゆやの職業は「賞金稼ぎ」であった。


「ああ…日がくれちゃうね。やっぱり橋までは無理だったか」
山際に沈む夕日をみつめて、しみじみと幸村が呟く。
「今夜は野宿だな」
梵天丸が肩をすくめて言うと、灯がしなをつくって叫ぶ。
「いやーん、寝不足はお肌の敵なのにぃ〜」
「何で肌を気にするんです?漢なのに……ぐぅっ!」
うっかり口にしたアキラは、灯の鉄拳制裁をくらって悶絶する。
「今夜は早く休みましょうねー…ア・キ・ラ・く・ん?」
「……これはアカンな…」
紅虎は冷や汗を流すばかりで、狂は相変わらず無言。だが慌てた様子もない。夜を徹して歩かないだけ、マシだよね〜と幸村は呑気に考えていた。それくらいサスケが彼らに信用されているのかと思うと、保護者としてはちょっぴり誇らしい気分もするのだ。


同じ時刻。ゆやとほたるとサスケの三人は、大金を手にしていた。
店主の話は真実で、木賃宿は賞金首の巣窟になっていたのだ。ゆやにしてみれば、まさしく鴨が葱をしょって鍋に入って醤油をかぶっているくらい、美味しい状況。さらに今回は、ほたるとサスケというこれ以上はない強力な助っ人もいた。そういう訳で、勝敗はあっという間についていた。
ちなみに死人もナシ。賞金首は、全員半殺しで番所に突き出され、町の治安はすこぶる良くなった。根城にされていた木賃宿の主にも感謝され、懐もあったまって、ゆやは機嫌が良い。
「……なのに、何で木賃宿に泊まるんだ?」
サスケが首をかしげて問うと、ゆやは笑って答える。
「だって宿代、ただにしてくれるんですって♪狂たち、いつ帰ってくるか解らないし、出費は抑えないと」
金銭感覚の発達した、ゆやらしい答えだった。ここに狂や幸村らがいれば、不平不満もでたろうが、居合わせるのは、そういうことに無頓着なほたるとサスケの二人。二人とも、ゆやが構わないなら、特に気にしないのだった。
祝杯も兼ねて洒落た小料理屋で食事すると、木賃宿へと戻る。普通寝具の貸し出しはないが、主の感謝の気持ちとして寝具を貸してもらっていた。そう言うわけで部屋に戻ると、布団がのべてあった。
さほど広くはない部屋に、川の字に布団が並べてある。
「一緒でいいの?」
ほたるが平坦に尋ねると、ゆやは心配そうに問い返してくる。
「個室の方が、よかったですか?」
そんなことはなかったので、ほたるはふるふると首を左右に振る。サスケは、さっさと真ん中の布団に陣取っていた。なんとなく、ほたるとゆやを隣り合わせると、危険な予感がしたのだ。残念そうな表情を一瞬だけほたるは見せるが、特にごねたりはしなかった。そのままサスケの隣りの布団に入り、ゆやも反対側の布団に潜り込む。
「行灯、消しますよ?」
「うん」
「いいぜ」
二人の返事を聞きながら、ゆやがはにかむように微笑む。どきりとするくらい魅力的な笑顔だった。思わずほたるは言葉をなくし、サスケは頬の赤みに気づかれないようにと願いながら尋ねてみる。
「…何で、笑うんだ?」
「だって…こうして川の字になると、私たち、家族みたいだから。何だか、いいなぁ…って思って。それだけなの。じゃ、おやすみなさい」
恥ずかしそうに言うと、ゆやは行灯を消して眠りにつく。ゆやにしてみれば、深い意味は無いのかもしれないが、耳にした二人にとっては違った。
(この場合…俺とゆやが夫婦で、真ん中は子供だよね………いいかも)
(俺が子供…?それは、すげー嫌だ…!勘弁してくれよ、ねぇちゃん…)
正反対の思いを抱きながら、眠りにつくほたるとサスケだった。


翌日の昼過ぎ。ようやく漢たちの一行は、平旅籠のたちならぶ町へと戻っていた。
これで、ようやくゆやにあえると思いきや。ゆやとサスケは、泊まっていた旅籠を引き払っていた。
「えーっ!」
「なんでやねん!」
「まさか…」
灯と紅虎がそう言いアキラが呟くと、旅籠の女中は慌てて言葉を付け足していた。
「な、なんでも路銀が不安だから、安いトコを探すって言ってましたよ」
女中の言葉に、梵天丸が狂を見ると。
「…路銀って、おい狂…!」
「そーいや、いつもより重かったな」
路銀を危なくした当人は、しれっと答えていた。隣で、幸村は困ったように笑うしかない。
「ははは…サスケにお小遣い、持たせとけばよかったねぇ」
一行は、周辺の平旅籠を片っ端からあたるが、ゆやとサスケの二人づれの姿はなかった。姉と弟で探してみても情報がない。
「うーん…これは野宿してるのかもしれないよ」
「そうかもしれんなぁ」
幸村と梵天丸の発言で、一行は町の周辺をそれぞれに調べるために散るのだった。


実のところ一行の存在に、ほたるもサスケも気付いていた。遠目にも目立つ集団に気づかない筈がない。
二人は夕食の食材を調達した帰りだった。ほたるが魚が食べたい発言をしたため、川魚を数尾捕まえたのだ(主にサスケが)。一行を見つけたとき、二人は申し合わせたように気配を殺した。そして互いに視線を交わすと……何となく相手の思考がわかっていた。確認のため、サスケが口を開く。
「じゃ、そーゆーことで」
「そだね」
サスケの言葉に、うんうんとほたるも頷く。二人は、何も見なかったことにして宿へ戻るのだった。
「おかえりなさい!」
木賃宿では、ゆやが満面の笑みで迎えてくれる。この笑顔を、もう少しの間、自分立ちだけで独占したいと二人は思っていた。
「ただいま、ねぇちゃん」
「ただいま」
「どうでした?お魚」
ゆやが尋ねると、得意そうにほたるが川魚をしめす。
「みてみて。大漁」
「…獲ったのは、俺だけど」
「だって俺、水キライだし」
「………」
あっさりと口にするほたるを、サスケは呆れたようにみつめるが、ゆやは会話する二人を楽しそうに見ていた。
「ご主人から、お米と大根を貰ったんです。菜飯と汁物の具にしようと思うんですけど、いいですか?」
「うん」
「手伝うよ、ねぇちゃん」
ゆや一人に支度させるのも気が引けてサスケは言った。それからちょっと考えて、ほたるに告げる。
「あんた、魚、焼けるよな?」
「たぶんね」
「炭にするなよ」
そういってサスケは、米をゆやからうけとる。ゆやは魚とにらめっこしているほたるに、少しだけ心配そうに言った。
「お願いしますね、ほたるさん」
「うん…何とかするし」
川魚をもって、ほたるは囲炉裏へと向かった。火をおこすのは得意だから、たぶん何とかなるのだろう。
ゆやが汁物の支度をし、サスケが米を炊き、ほたるが魚を焼く(見てるだけ)。仲良く三人で、夕食の支度をする姿は、他人がみたなら家族にみえる光景だった。実際、宿の主は三人を三兄弟だと思っていたし、番所の役人たちもそう思っていたことを、三人はまだ知らなかった。


陽が暮れても、ゆやとサスケは見つからない。しかたなく狂たち一行は、とりあえず別の平旅籠に泊まることにした。
「サスケは、野宿が得意だから…ゆやさんも大丈夫だと思うよ」
幸村がそう言っても、ゆやに対しての罪悪感が消えるわけではない。紅虎は、姿の見えないゆやに向かって叫んでいた。
「ゆやはん、すまん…わいが不甲斐ないばっかりに…!」
「ゆやさんが、あなたの甲斐性を期待するわけがないでしょう」
「そーよねー期待してるのは、賞金だけよ、きっと」
アキラと灯のWツッコミを受けても、紅虎はくじけない。言い返そうとして、ふとあることを思い出していた。
「そういや…この町に賞金首はおらんかったんかいな」
「そうだな。ゆやちゃんなら、小遣い稼ぎをしそうなんだが…」
梵天丸も紅虎の言いたいことを理解した。二人の視線が、幸村をみる。なんといっても、一番情報が早いのは、忍を複数かかえる幸村だった。期待の籠もった視線に、幸村は残念そうに告げた。
「何でも、木賃宿に凄腕の賞金稼ぎ三兄弟がいるんだって。この町の賞金首は、根こそぎやられたそうだよ」
「賞金稼ぎ三兄弟か…ゴツそうな連中やなぁ。賞金小町やったら、よかったのに」
「まったくだぜ」
ゆやとサスケの話題を無視するように、狂は無言で酒を飲んでいる。纏っている雰囲気はとげとげしく、見るからに機嫌が悪い。触らぬ鬼に祟りなし、とばかりに全員、狂を避けていたた。
だが事態は、白けた遅い夕食の席で幸村が女中と会話したことにより急展開を迎えるのだった。
「へぇ…じゃ、治安が良くなって、良かったね」
「ええ。みんな助かったっていってます」
女中との話題は、活躍したばかりだという賞金稼ぎの事だった。
「そんなにスゴイ賞金稼ぎなら、さぞかし強そうなんだろうね。ボクなんか、適いそうもないなぁ」
ははは、と爽やかに笑う幸村。居合わせた連中は、絶対勝てると思ってるクセに…と胸中で突っ込む。そんな心の声を知るよしもない女中は、ころころと笑って同意するかと思いきや。
「見た目だけなら、お侍さまの方が強そうですね」
意外な発言に、幸村は驚いたらしい。興味をそそられたらしく、目が好奇心で輝いている。
「ボクの方が強そうなんて…どんな賞金稼ぎなんだい?三兄弟って聞いたけど…」
女中は、遠目にみただけですが、と前置きして話始める。
「一番上のお兄さんは、細身な方でしたよ。着物の着方が、ちょっとだらしなくて。妙に似合ってはいるんですが」
…なんだか、何処かで見たことがある人物を思い出させる説明だった。
「一番下の末っ子さんは、まだ小さくて。刀も背負ってるんですけど、剣玉も手放せないんでしょうね。でも一番上のお兄さんが、ちょっとぼーっとしてる分、しっかりしてたらしいですよ」
……ものすごく知っている人間の説明をされた気がした。いつしか、漢どもは真剣に女中の話を聞いている。箸を持つ手はとまり、咀嚼音さえ聞こえない。
だんだんとひきつる笑顔で、幸村は女中に尋ねていた。
「真ん中は…ひょっとして女の子だったりするのかな…?」
「まあ、お侍さま。その通りですよ。私よりも若い女の子で、短筒をそりゃあ上手に使ってたそうです。賞金稼ぎになんて、とても見えないんですけど…お兄さんや弟さんがいるから、できるんでしょうねぇ。こんなご時世ですから、兄弟で力を合わせて仲良く頑張ってるんですよね」
女中は、しみじみと感心した口ぶりだった。だが聞いていた連中は、箸を折ったり茶碗にひびを入れたり、湯飲みを凍らせたりしている。幸村の笑いも完全に強張り、こめかみには青筋が浮かんでいる。
「そ、その人たちは…何処に泊まってるか、知ってるかな?」
「たぶん町外れの木賃宿ですよ。主人が感謝してて、是非泊まって欲しいっていってましたから」
その台詞が終わらぬ内に、がたがたと漢たちが立ち上がり始める。灯などは、お膳を蹴倒したりしていた。慌てる女中に、幾ばくかの銭を握らせて幸村もまた立ち上がっていた。
彼らが真っ直ぐにむかったのは、件の木賃宿だった。

木賃宿の前に、二つの影がいた。どうやら彼らを待っていたらしい。
「…そんな殺気を放ってちゃ、おちおち眠れねーだろ」
「クソジャリっ!」
「あほたるっ!」
紅虎、アキラ、灯が口々に叫びつめよるが、対する二人は悪びれた風もない。
「……サスケ。これはどーゆーことかなぁ…?」
幸村が引きつりながら言うと、ようやくサスケがあっさりと答える。
「俺は、ちゃんとねぇちゃんの護衛をしてたぜ。路銀が必要だったから、稼ぐの手伝っただけだし。ついでに、そっちにも手伝ってもらったけどな」
示されたほたるは、こっくりと頷く。
「大体、なんであなたが此処にいるんです、ほたる!」
「橋が流される前に戻ったから」
「そーゆーことが知りたいんじゃないわよっ!」
「そうだ!大体なんでお前が、ゆやちゃんのお兄さんなんだっ!」
「え…?それは違う。ゆやとサスケと俺とで、川の字になって寝たから、俺とゆやは夫婦…」
ほたるがそう言いかけると、すかさずサスケの剣玉が後頭部を直撃した。
「違うだろーが」
サスケが冷たい視線でほたるを睨むと、ほたるは拗ねたように口をつぐんだ。
「な、何かよーわからへんけど、今のツッコミはナイスやったで」
「そ、そうですね…」
すばやいサスケに毒気を抜かれた紅虎とアキラが、どこか間抜けな会話を交わす。一方、サスケは幸村に向かって、はっきりと告げた。
「幸村、詳しい報告は明日するから。いいよな?」
「え、あ、まあ、もう遅いし…って、サスケ、何処いくの?」
すたすたと歩き始めるサスケに、あわてて幸村が呼びかける。サスケは、振り向くとあっさりと言った。
「もう布団も敷いてあるし。ねぇちゃんも寝てるから、俺も寝るんだけど」
「……俺も、寝よう」
ほたるもサスケの後を追おうとするが、がしっと襟首を掴まれた。襟首をつかんだのは、怒気を纏った鬼眼の漢。しかし、それくらいの怒気で怯えるほたるでもない。
「何?何か用?」
「…………」
きょとん、と見つめられると、狂は舌打ちしてほたるから手を放す。言いたい事がたくさんあるらしいが、どうも上手く言葉にならないらしい。無口な人間には、ありがちなことだった。
狂の手から逃れたほたるは、さっさとサスケと一緒に木賃宿へと戻っていく。ぼそぼそとサスケに話しかけながら。
「川の字嫌なら、布団かわって?」
「それは、もっと嫌だ!」

狂が止めなかったのだから、自分たちが止めるのも憚られる…残された連中は、ただただ呆然と二人の背中を見送るのだった。